第1248話 「好調」

 「オラトリアムの勝利を祝して――乾杯!」


 場所は変わってオラトリアム内にある建物。 戦後処理を一通り済ませた俺達は引き上げて祝杯を上げている所だった。 改造種やレブナント、ゴブリンやオークなどの亜人種達が楽し気に酒を呷る。

 ダーザインの犯行に見せかける偽装工作も済ませたので今頃は廃墟みたいな有様になった拠点が発見されて騒ぎになっているだろう。

 

 結果として成功に終わったのでファティマからの受けも良く、そこそこいい評価をされたようだ。

 ただ、完璧に思い通りに行ったかは何とも言えないので、俺の中でも及第点って所だな。

 スタニスラスの確保、マルスランの始末までは問題なく済んだが、クリステラに関してだけは反省点が残る内容だった。 充分に仕留められる戦力を差し向けたつもりだったが、突破されたのは見積もりが甘かったと言わざるを得ない。


 「その顔だとこの前の事でも思い返しているのか?」

 「まぁ、そんなところだ」


 差し向かいで飲んでいるスタニスラスの質問に肩を竦めて答える。

 洗脳が済んで知識を吸い出された後、俺と同じ処置を受けてここに座っていた。

 俺と違って拷問を受けていないので羨ましい限りだ。 


 「済んだ事を気にしすぎるのも問題だと思うが?」

 「切り替えも大事だとは思うが、同じ失敗をする訳にもいかんからな」


 オラトリアムは成果至上主義だ。 結果を出している内は良い待遇を得られるが、無能を晒すと扱いが一気に悪くなる。 ファティマの価値基準は非常に分かり易いので、勤勉に仕事をこなしていい生活を送れるように努力をするべきだ。


 「それで? お前はこの後、王都だったか?」

 「あぁ、ムスリム霊山での一件を深堀りされるのも鬱陶しいらしいからな。 王都へ行って事情聴取だ」

 「お前しか適任が居ない以上は仕方がないだろう」


 王都でグノーシスの連中をごまかしに行く奴が必要なのだが、スタニスラスだと責任を問われて信仰心を試されかねない。 その点、俺だと王都から派遣されて来た身なので嫌味は言われるだろうが、処分されることはないはずだ。 


 「ついでにグノーシスの連中に適当言ってこっちに注意が向かないようにしてこいだとさ」

 「何とも損な役回りだな」

 「まったくだ。 下手すれば処分、良くても長い期間、同じ話をさせられるだろうな」


 かなり危険な仕事を任された形になるので期待されていると前向きに捉えるべきか、貧乏くじを引かされたと嘆くべきか――


 「――ただ、せめてもの救いは一人じゃないって事か」

 「そう言えば助手を付けて貰えたんだったな」

 「あぁ、細かい仕事は任せても良さそうだ」


 誰かと言うとサリサだ。 あの後、ついでに洗脳されて俺達の仲間入りをした。

 クリステラも一応、洗脳を試そうとしたがロートフェルト様が着いた頃には首の鮮度が落ちていたようで駄目だったようだ。 あいつを護衛としてこき使えれば最高だったのだが、死んだものは仕方がない。


 何故か知らんが気に入らん女だったので、居なくなっても大して惜しいとは思わんがな。

 

 「こうなった以上はオラトリアムの為に働くのだが、エルマンよ。 お前は将来、勢力を拡大しつつあるこの領がどうなると思う?」

 「さぁな。 今のところは何とも言えん」


 聞けばロートフェルト様はダーザインの連中との取引で何かをやらされるらしいので、それ次第で未来は大きく変わる事となるだろう。 あの方の性格上、穏便には済まないのは目に見えている事もあって、最悪の場合は国と戦り合う事になるかもしれない。 ファティマもその辺を懸念しているのか、戦力の拡充に力を入れるようだ。 


 「そういえば聞いていなかったがお前は何か言われているのか?」

 「私か? 差し当たっては特にないので亜人種や改造種を率いて山脈の掃除だ。 済んだら森で伐採の指揮かそうでないなら畑でも耕すんじゃないか?」

 「……何か羨ましい立ち位置だな」

 「そうか? 手っ取り早く功績を積むにはお前のように特殊任務に就く方が将来的には為になると思うが?」

 

 手柄は立てておくに越した事はないのは俺も充分に理解しているが、オラトリアムに限って言うなら完全な非戦闘員になって与えられた仕事を過不足なくこなしている方が安全のような気がする。

 

 ……とは言っても能力で役職を決められる以上は諦めるしかない。


 俺は聖堂騎士としての知識と経験、ついでに生前の立場を有効活用すると上が決めたので、それに従うしかない。 ロートフェルト様はうるさい事は言わないがファティマはそうでもないので、精々期待に応える事とするさ。 スタニスラスの大変だろうが頑張れといった言葉でその話題は終わりとなった。


 後は朝が近くなるまで飲み食いし思う存分騒いだ後、その場はお開きとなり皆はそれぞれの仕事へと向かう。 当然ながらそれは俺も例外ではなかった。




 「お酒の臭いが酷いです」

 「宴会が終わってそのまま来たからな」


 解散後、俺は次の仕事に就くべくオラトリアムを出て国の中央――王都へと向かっていた。

 隣のサリサは俺の酒臭さにやや嫌な顔をしていたが、俺は大目に見てくれよと肩を竦めて見せる。

 宴会の日程は変わらない以上、機会を逃すとあの面子では飲めないのだ。 なら多少の無理をしてでも参加したいだろう? それにこの身体ならどれだけ無茶な飲み食いをしても、一睡もしていない状態でも問題なく動く事が出来る。 いやまったく、こうなってから体の調子が良くてたまらないぜ。


 精神的に負担がかかると胃が痛む事もあったがそれもなくなり、抜け毛も減るどころかなくなった。

 ついでにやや後退していた生え際も元通りだ。

 サリサも問題ないと理解はしているが元々の性格上、良い顔はできないと言った所か。


 「心配するな。 仕事は問題なくこなせる」

 「それは分かっていますが私は心構えの話をしているんですよ!」

 「はは、そうカリカリすんなって。 仲良くやろうぜ相棒」


 気楽な調子でそう言うとサリサは呆れたような表情を浮かべ、諦めたのか小さく溜息を吐いた。

 物事を円滑に進める為に必要なのは諦めと慣れだ。 その辺はお互い探り探りやって行こうじゃないか。

 王都での仕事は面倒だと思うが、そこまで悲観はしていない。 眷属となった以上はその手の悩みとは無縁だからな。 根本的な部分で悩まなくて済むのはいい。


 俺は何とも言えない前途に対して気楽に向かい合うべきだと笑う。 足取りは軽い。

 まぁ、大変だろうが何とかなるだろう。 そう思える程度には前向きに生きて行ける。

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