第1247話 「看破」

 俺が軽く外の状況を伝えようとするとクリステラは小さく呻きながら身を起こしていた。

 

 「おい、無理をするな。 もう少し寝ていろ」

 

 心配をする素振りを見せながらも俺は内心ではまだ動けるのかこの女はとやや忌々し気なものを感じていた。 捕獲して引き込むのが正解かもしれないが、こいつが素直に捕まるとは思えない。

 やはり始末が妥当な判断か。 さて、どうしたものか。 手負いとはいえクリステラの戦闘能力は極めて高い。 少なくとも今の俺でも勝てる気はしないので、さっきと同様に囲んで仕留めるのが無難だがその為にはここから引っ張り出す必要がある。 外に戦力は集めているがこの狭い空間だと数の利をあまり活かせない上、でかい図体も不利に働く。

 

 ……時間をくれてやるのは良くはないが少し時間を置いて様子を見るとでも言って――


 クリステラは何を思ったのか持っていた剣を俺に向けて来た。

 サリサは状況に理解が追いついていないのか俺とクリステラを交互に見ている。

 俺はなるべく自然に見えるように驚いて見せ、不信感を滲ませるような表情を作った。


 「何の真似だ?」


 気付かれたと半ば悟ってはいるが、勘違いの可能性もなくはないので正体を現すのはまだ早い。

 それにしても何故気が付いた? 聖堂に誘導した事で怪しまれたか? それともお得意の野生の勘で俺が怪しいと判断したのか? こいつは馬鹿なのかそうじゃないのかはっきりしないからどっちか分からんな。


 「……さっき会った時から違和感がありました。 貴方は本当にエルマン聖堂騎士ですか?」


 声は苦し気だったがはっきりとそう口にし、その視線には怒りと猜疑が入り混じった複雑なものが浮かんでいた。 疑っているが確証が得られないので判断に迷っているといった感じか。

 

 「どういう意味だ? 俺が他の何に見える?」


 とぼけながらも大したものだと感心する。 俺に投げかける疑問としては満点をやれる内容だ。

 俺はエルマン・アベカシスだが、本当の意味では少し異なる。

 あくまで俺はエルマンの記憶と知識を模倣された個体だ。 見方を変えればエルマンではないと言える。


 どこまで察しているのかは知らんが疑いを持てるのは流石だ。

 クリステラは感じている違和感とやらを形にできないのか答えない。

 サリサは俺よりクリステラを信じているので当然のように俺に疑いの眼差しを向けて下がる。


 しくじったとは思いたくないが甘く見ていたと言わざるを得んか。

 俺は敵意はないと両手を上げて見せるがクリステラは警戒を解かない。

 不味いな。 最悪、俺は殺されてもいい――というよりはこうなってしまったのであまり生に執着がないのだ。 ただ、死にたい訳ではないので、打開策を練りはする。 部屋は狭く、クリステラは手負いだが得物は剣で俺は短いが槍だ。 間合いは広いが、狭いここでは不利。 身体能力は改造によって大幅に向上してはいるが、そもそもの技量にお話にならないぐらいの差があるので実力で捻じ伏せるのは現実的ではないな。


 ……隠し通路の類もないようだしもういいか。


 クリステラが仕掛けて来たらさっさと逃げるとしよう。 そうでないなら穏便に消えればいい。

 俺はわざとらしく見えないように小さく溜息を吐くと後退。


 「……分かった。 理由は分からんがこんな状況だ。 疑いたくなる気持ちも分かる」


 内部に裏切者でも居ないと察しない限り、そんな発想は出てこないので気持ちは分かるとか我ながら馬鹿な事を言っているなと思いつつゆっくりと下がる。


 「俺はこの後、どうにかここから逃げて救援を要請するつもりだ。 そうなればここの事を伝えて人を寄越すように言っておく」


 それでいいかと付け加えるがクリステラは無言。 剣を握る手に僅かに力が籠ったように見える。

 余裕がないからか一切警戒を解かないな。 何とか言ってくれと俺は助けを求めるようにサリサに視線を向けるが、クリステラの態度から俺に対する疑念を募らせているのか視線の大半には猜疑が含まれていた。 やれやれ、クリステラといい元同僚相手に向ける視線じゃないだろまったく。


 なるべく刺激しないように後ろ手で扉を開け、ゆっくりと部屋から出ようとする。

 ここを出たら魔法でこの樹に火を付けて炙り出してやろう。 その後は――

 俺が一瞬、出る事に意識を傾けてクリステラから視線を切った僅かな隙を狙って斬りかかってきたのだ。 流石にこれは想定していなかったので驚いたが、強化された身体のお陰でどうにか反応はできた。

 

 短槍で斬撃を弾き、転がるように部屋の外へ。 この女、最初から俺を殺す気だったな。

 

 「サリサ! 彼はエルマン聖堂騎士ではありません。 逃がすと敵を呼ばれます」

 

 サリサは反射といえる程の反応の速さで剣を抜いて俺を即座に敵と認定した。

 敵を呼ばれますだ? 馬鹿が、もうとっくに発見の連絡はしているから近場にいた連中は集結済みなんだよこの間抜け。 俺は背を向けて全力で廊下を駆け抜け、突き当りの壁を蹴って上へ。


 クリステラは足をやられている所為で動きは遅く、サリサは素の能力が低いので全力で逃げを打てば振り切るのは簡単だ。 それでもクリステラは俺を殺す為に追いかけてきている事が分かった。

 見えていないが凄まじい圧を感じるな。 樹の洞を飛び出すと魔法で姿を消す。


 少し遅れてクリステラが飛び出すが待ち伏せていたライリー達、改造種が一斉に襲いかかる。

 クリステラは驚きに大きく目を見開くが当然のように反応していた。 まぁ、もうこうなった時点でクリステラは詰んでいる。 横合いからの一撃を受けてわざと吹き飛ばされる事で距離を取るのはさっき見た。


 一人なら逃げ回るのに有効かもしれんが、今はさっきと状況が違うだろうが。

 クリステラを追って飛び出して来たサリサの背後に回り、その後頭部に短槍の石突を叩きつけて昏倒させた。 同時に魔法による迷彩を解除。 サリサの首に短剣を突き付ける。


 「よーし、そこまでだ。 抵抗を止めろ!」


 まぁ、止める訳がないので、動きを鈍らせればそれでいい。

 クリステラは驚愕に目を見開き、その動きが止まる。 一瞬だが、信仰とサリサの命を天秤にかけた結果だ。 だが、それで充分だった。 ライリーの手斧がその首を捉え、クリステラの首が高々と宙を舞う。


 残った胴体はどさりと崩れ落ち、断面からは血液が噴出。 地面に血溜まりができるが降っている雨に洗い流されていく。 完全に死んだ事を確認して俺はほっと胸を撫で下ろす。

 やっとくたばったか。 まったく、手こずらせやがって。


 疲労感はあったが、忌々しい女が死んだ事で少しだけ胸がすっとした。

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