第1250話 「遅刻」

 その日は温かく、春の訪れを示す過ごし易い気候となっている。

 彼――山埜和やまのわ 雅哉まさやは暖かな日差しを全身に感じながら道を歩いていた。

 去年から通い始めた高校へ向かっていたが、足取りはゆっくりだ。


 何故なら寝坊してしまったので遅刻が確定しており、開き直ってのんびりしていたからだった。

 別に遅刻したとしても死ぬわけじゃない。 教師のお小言は面倒だが、そんなものは我慢すればいいのだ。

 楽観とも取れる思いを抱きながら雅哉は人通りの少ない通学路を進む。

 

 片手にはスマートフォン。 表示されているのはニュースサイトだ。

 

 「うわ、あれまだ見つかってないのかよ。 ヤバ……」

 

 そう呟きながら記事を眺めている。 ニュース内容は半年前の事件で、修学旅行中にバスごと一クラスが失踪した事件だ。 本当に跡形もなく消えたので現代の神隠しと呼ばれていた。

 数名が見つかりはしたが、大半が未だに見つかっていないらしい。


 ――世の中、訳の分からない事が多いな。


 雅哉からすれば完全に他人事だったが、そういった世に隠れている不思議には興味があった。

 マンガやライトノベルなどのフィクションのようにそんな事件に遭遇してそれを格好良く解決する自分の姿を夢想して小さく笑う。


 「なんてな」

 

 そう呟く。 スマホを懐にしまって思考をこれからに切り替える。

 考える事はこの後、小うるさい担任相手にどう言い訳するかだった。

 定期的にやっている事なので軽く考えており、十数分後にはそれが現実になると彼は根拠もなくそう信じていたのだ。


 ――次の瞬間までは。


 不意に足が動かなくなった。 何か踏んだかと雅哉は地面に視線を落とすと足元には光る何か。

 複雑な紋様はまるでフィクションに出てくる魔法陣のようだった。

 次の瞬間、光は一気にその強さを増し、たまらずに雅哉は顔を手で庇う。

 

 そして彼の姿は瞬時に消え去った。

 周囲から見れば何かが一瞬光り、コマ落ちのように雅哉の姿が消えたように見えただろう。

 ただ、この時間帯は人通りは少なく、誰も彼が消えた瞬間を目にしなかったが。



 

 雅哉は視界を塗り潰す程の強烈な光が収まった所で手をどけて目を開くとそこはまったく見覚えのない場所だった。 足元は石か何かでできた巨大な円盤。

 そして全体に複雑なパターンが掘られており、魔法陣としか形容できない形をしていた。

 

 周囲には円盤を取り囲むようにローブ姿の者達。

 フードを目深に被っているので顔は分からないが体格から年齢も性別もバラバラだという事は分かった。 そして彼らを守るように全身鎧を身に纏った者達。 バイザーがしっかりと下りているのでこちらも表情を窺い知る事はできなかった。


 そんな中に一人だけ表情を確認できる者がいる。

 身なりから最も身分が高い事が分かる。 白を基調とした立派なドレスに美しく長い金の髪。

 そして一目で高貴な生まれと分かる。 美しい顔立ち。


 周囲の全身鎧が騎士なら彼女は間違いなく姫だろう。

 雅哉は突然の出来事に頭が追いつかないが、何とか動揺を抑え込んで努めて冷静に状況把握を行う。

 一瞬前まで自分は通学路にいた。 それがいきなりこんな訳の分からない場所にいる。


 そして足元の魔法陣。 これだけ情報が揃えば想像は難しくない。

 異世界転移。 憧れはしたけど、実在しないと思っていたそれに巻き込まれたのだ。

 ほぼ確信に近いレベルで雅哉はこの状況を異世界転移と思っていたが、壮大なドッキリの可能性も捨てきれていないので黙って相手の出方を見る事にした。


 姫は警戒を抱かせない為か雅哉へ笑みを向けたまま近寄り、持っていた腕輪を差し出す。

 雅哉は恐る恐る腕輪を受け取り、促されるまま腕に嵌めると小さく光を放つ。


 「言葉は分かりますか? 勇者様?」

 「あ、はい。 分かります」


 雅哉の返答に姫は安心したように笑いかける。

 異性への対応に不慣れな雅哉は緊張してしまう。


 「私はルクレツィア。 ルクレツィア・マグダレーネ・ラーガスト。 突然の出来事に驚かれていると思いますが、どうか話を聞いて頂けませんか?」


 ルクレツィアと名乗った女性は自らの素性と事情を話し始めた。

 ここは異世界に存在するラーガスト王国で、彼女はその国の姫。 最初に渡した腕輪は意思疎通を可能にするための翻訳機の役割を果たすアイテムで雅哉を召喚したのも彼女だ。

 目的はこの世界の危機を打ち払う為の力を求めての事。


 「でも、俺はただの学生で何の力もないけど……」


 そういいつつも内心では何か特別な力が宿っているまたは貰えるのではないかと期待していた。

 

 「そこは問題ありません。 これから貴方には神聖召喚の儀を行って頂きます」

 「神聖召喚?」

 「はい、異世界から召喚される勇者には『神聖騎エンジェル・アバター』に対しての高い適性が備わっており、強力な天使の力を借りる事ができます」


 ルクレツィアは続きは歩きながらでと雅哉を連れて歩き出す。

 背後に護衛の騎士が付いて来ていたが、特に襲いかかる気配はない。

 雅哉は無言で圧をかけて来る騎士達を努めて気にせずに彼女の話に耳を傾けた。


 神聖騎エンジェル・アバター

 この世界における兵器で、神聖召喚と呼ばれる儀式を経て手に入る力だ。

 生涯に一度しかできず、一度契約すると死ぬまで破棄はできない。 やり直しの利かない儀式だ。


 適性によって何が出るのか決まるので、やってみないと分からない。

 ただ、異世界から召喚した者であるなら高い確率で、上位の神聖騎と契約できる。

 ルクレツィアの話では高い適性を備えた者を呼び出すように召喚陣ができているからだという。


 「――つまりは才能のある奴しか呼ばれないって訳か」

 「はい、本来なら何の関わりもない異世界の人間をこちらの事情で巻き込む事は良くないと分かってはいます。 ですが、私達にはもう手段を選んでいる余裕が……」

 

 ――お約束とも言える流れだけど……。


 雅哉は漫画やライトノベルはそれなりに読み込んでいるので、この手の事象には理解がある方だった。

 悲し気に目を伏せるルクレツィアを見て、本当に心を痛めているんだなと根拠のない共感をしている。

 場の雰囲気と特別な才能がある。 そしてこれから力を得る為の儀式を行う。


 そんな聞こえのいいワードにすっかり思考能力を低下させた雅哉は取りあえずその神聖召喚の儀って奴はやってもいいかなと思い始めていた。

 

 ――これってゲームとかであるスタートダッシュガチャ的な奴だろ?


 そんな楽観を抱いて雅哉はルクレツィアに導かれるままに儀式の場へと向かった。

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