第1246話 「樹洞」
――クリステラにはご覧の通り逃げられましたが、最優先目的のスタニスラスの確保は成功。 マルスランも始末しました。 聖騎士の掃討もほぼ完了しています。
作戦自体はほぼほぼ完了したと見ていい。 一応、生き残りがしぶとく抵抗しているが、スタニスラスの部屋から頂いた通信魔石のお陰で指示を求めてくる奴の居場所は簡単に割れる。 何なら戦力を集めるとか適当な事を言って狩場に誘い込んでも良い。 もっともそんな必要もないだろうがな。
仮に身を潜めるにしても空から全体を俯瞰しているファティマの目を掻い潜るのは難しい。
聖騎士であるならそもそもここを捨てる選択肢はまず取れないだろう。
ここはウルスラグナ北方を統括するグノーシスの大拠点だ。 取られましたと逃げ帰れば碌な目に遭わない。
教団への忠誠心が高いなら意地でも残るだろし、なかったとしても今後の評価に大きく響くので逃げるのは最後の手段だ。 往々にして先の事を考えてその場に立ち尽くすというのはあり得る話だな。
実際、逆の立場ならどうだろうかね? 果たして俺はどの段階で逃げる判断をできるだろうか?
……まぁ、たらればを考えても仕方がないか。
――そうか。 甘く見ていたつもりはなかったんだがな。
クリステラの事だろう。 この辺は俺の見積もり不足だ。
あの女があそこまでしぶといとは思わなかった。
――いえ、指揮官は俺なんで責められるべきは俺ですね。
――そうか。 で? 捕捉はできそうか?
――今、ライリーを筆頭に足の速い連中が追っかけているので、仕留められるかはさておき発見は時間の問題かと。
あの足で逃げ切られると立場上、追撃しているライリー達の能力を疑わなければならない。
俺としても新しい同僚に対していい報告をしたいので是が非でも見つけてほしい所ではある。
念の為、一部の連中に先回りさせて退路を潰しているので、流石にこれは無理だろう。
ロートフェルト様は見つけたら呼べとだけ言われて<交信>を切られた。
中々に話していて緊張するお方だ。 うるさい事を言ってこないので付き合う分には楽だが、考えが読み辛いので何が切っ掛けで機嫌を損ねるか分からないのが怖い所だ。
……それにしても妙だな。
あの状態で見失うとはどうなってるんだ? 何らかの手段で足の傷を癒した?
間違いなく骨を砕いたと噛みついた当人が死ぬ前に伝えて来たのでそこは間違いない。
俺の記憶にある限り、クリステラは治癒魔法の腕に関してはそこまでじゃないはずだ。 骨折は俺でも時間がかかるし、魔法薬を使った――いや、明らかに持っていなかった。
俺は歩きながら思考を回す。 近くに居た部下数名に付いて来るように手招き。
数名が俺の後ろに付く。 正に打てば響くといった具合で指示に従ってくれるのは楽でいい。
余計な事に思考を割かなくて済むからな。 さて、どうしたものかと可能性を整理する。
傷を自力で癒した可能性は低い。 なら、どうやってライリー達の追撃から姿を晦ましたのか?
まぁ、隠れているが答えとしては妥当か。 ついていない事に先日から酷い雨が降っており、今でこそマシにはなっているが匂いで追う事が難しくなっているようだ。
記憶からこの近辺の地形を引っ張り出すが、隠れられるような場所はあっただろうかと首を捻る。
元々、俺の活動地域はこの国の中央部で北方には余り近寄らない。 その為、このムスリム霊山の隅々まで知り尽くしているとは言えない。 恐らく俺の知らない隠れ場所か何かがあるのだろう。
移動距離と見失った頃を考えればそう遠くないはずだが――
「――ん?」
ふと違和感に気が付いた。 物理的なものではなく、魔法的な違和感だ。
何処かに隠れている事を念頭に置いて探っていなければ気が付かなかっただろう。
それは一見すれば何の変哲もない大きな樹だが、よくよく見れば僅かに表面がブレて見える。
これは雨の所為だろう。 雨粒が展開した魔法に接触して突き抜けている。
魔法で偽装を施しているな。 試しに手で触れてみると何の抵抗もなく樹の中に潜り込む。
隠し通路か隠し部屋か。 前者ならかなり不味いな。 最悪、遠くへと逃げられている可能性が高い。
<交信>で怪しい場所を発見したと連絡を入れ、部下に先行して様子を見ると伝えて中へ。
隠し部屋だった場合は俺だけなら油断を誘えるからだ。 取り付けられた梯子を使用して下へ。
なるべく気配は殺しているが、クリステラ相手だとどこまで通用するか怪しいがやらないよりはマシだ。
短い通路と扉。 僅かに光が漏れている所を見ると隠し部屋の可能性が高いな。
そのまま踏み込むかどうかで迷ったが、一人で来た事を最大限に利用するべきと考え軽く扉を叩く。
「誰かいるのか?」
なるべく声を抑え、疲れているような口調を滲ませる。 内部でビクリと何かが動く気配。
反応がクリステラと違う。 これは外れを引いたか?
「だ、誰ですか?」
聞き覚えのない女の――いや、あるような気がするが思い出せないな。
聖騎士か何かだろうから顔を見れば思い出すか。
「エルマン・アベカシス。 聖堂騎士だ」
警戒を解かせる為にも名乗るとかちゃりと鍵が外される音がしてそっと扉が開く。
中に入るとそこには寝台で横になって苦し気に呻いているクリステラと女が一人。
顔を見て思い出した。 こいつは確かクリステラの世話役の聖騎士見習いだ。
経験を積ませる意味合いで聖堂騎士が世話役を連れて回るのは多くはないが珍しくはない。
俺もそうだったが、大抵の奴は足手纏いになりかねない見習いを連れて歩く事に抵抗があるからだ。
ただ、戦闘以外の実務能力に欠けたクリステラに限っては必須だったようで何人か付いているといった話は聞いた事がある。
「失礼しました。 エルマン聖堂騎士、私はサリサ・エデ・ノエリア。 聖騎士見習いで、クリステラ様のお世話をさせていただいております」
髪を肩で切り揃えており、見習いだけあって若い。
サリサは不安そうな表情を浮かべており、状況が知りたくてたまらないといった様子が見て取れる。
「あの、外の様子は――戦いはどうなったのですか?」
「分からん。 俺も逃げ回っている内にたまたまここを見つけて飛び込んだだけなんでな」
ただ、旗色はかなり悪かったとだけ言っておくとサリサは分かり易く怯える。
見習いと言ってもまだ小娘か。
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