第1245話 「吹飛」

 雑魚は他に任せておけばいいが、クリステラだけはそうもいかない。

 クリステラ・アルベルティーヌ・マルグリット。

 この女は国内――特にウルスラグナ北方では最も知名度が高い聖堂騎士と言えるだろう。


 その理由の多くを占めるのは容赦のないやり口だ。 魔物、盗賊と討伐対象となった相手を残らず殲滅して見せる。 そんな調子で派手に殺しまくっているものだから、後ろめたい事のない連中からすれば諸手を上げて歓迎したくなる相手だろう。 グノーシスとしても分かり易く力を示せるので積極的に推していった事も大きい。 そんなこんなでクリステラは今の地位を確立したのだ。


 大抵の噂は誇張されたものも多く、本人の実力と直結しない場合もあるがこの女に限ってはそれは当て嵌まらない。


 凄まじい音がしてライリーが聖堂の壁をぶち破って吹き飛ばされていた。

 俺が駆け付けた時には死屍累々といった有様で送り込んだ主力の改造種やレブナントがあちこちに転がっている。 強いのは理解していたが、ここまでとは……。


 見積もりが甘かったか? 内部では激しい戦闘が繰り広げられているのか建物自体を揺るがすような音が連続して響く。 そのまま混ざってもいいが、俺の技量じゃ邪魔になりかねない。

 なら、裏切がバレていない事を最大限に活かすべきだ。 魔法で姿を消す。 クリステラの勘の良さは手負いの魔物と同等かそれ以上だ。 下手に奇襲をかけようものなら即座に気付かれるだろう。


 ……ここは機を窺う所か。


 一応、ロートフェルト様とファティマに隠れている旨は伝えている。

 手を抜いていると思われるのも心外だからな。 さて、戦況はどうなっているんだ?

 俺は軽い動作で近くに木に登り、それを伝って聖堂の屋根へと飛び移る。 戦闘の余波であちこちに穴が開いているので好都合と覗き込む。 中に居るのはクリステラとロートフェルト様、トラスト、サベージ、ダーザインのアスピザルと転生者のヨノモリ。 後は生き残ったレブナントや改造種が十数体。


 結構な数を送り込んだはずだが、ここまで減らされたのか。

 だが、相応の犠牲を払っただけあってクリステラも大きく消耗していた。

 装備は大きく破損し、全身には無数の傷が刻まれている。 それでもこれだけの数に囲まれながらも行動に支障が出るような傷を負っていないのは凄まじいな。


 ……とは言っても肩で息をしており、もう一押しで仕留められそうではある。


 この状況で俺に何ができるのか……。

 思案している間に状況は動く。 ロートフェルト様が動き、他がそれに合わせるように援護に入るがクリステラはそれを読んでいるかのように掻い潜って手近に居たシュリガーラを斬り倒す。


 ……なるほど。


 あいつがここまで生き残っている理由に察しが付いた。

 動きが読まれている。 俺達眷属の特徴としてロートフェルト様に使役されているといった前提があるので大抵の奴はあの方の動きを起点として行動してしまうのだ。 つまりはロートフェルト様の動きに合わせ、尚且つ邪魔にならないような立ち回りを無意識に行っているので、そこに気が付けば全体の動きを読みやすい。 そして最大の問題はそれに誰も気づいていない点だ。


 俺はそっと<交信>でロートフェルト様に許可を得て部下の指揮権を預かる。

 クリステラの認識を逆手に取るのだ。 ロートフェルト様の攻撃を囮にして他で手傷を負わせる。

 数的有利はまだ有効だ。 動きを鈍らせればどうにでもなる。

 

 あの女は下手に急所を狙うと異様な程に躱すので、無理に仕留める事を考えずに手足を狙うべきだ。

 突然の動きの変化にクリステラは対応できずに大きく体勢を崩す。 シュリガーラが上半身を大きな動きで狙い、クリステラが対処しようとした所で本命の一人に指示を出した。 あの女の対応力は尋常じゃないので同じ手は通用しない。 やるなら狙いを一点に絞って確実に取る。 


 シュリガーラがやったのは足への噛みつき。 下手に知能があって武器を持っているから噛みつきは想定し辛いだろう。 こいつ等の顎の力は半端じゃない。 鎧に守られていてもただでは済まん。

 バキリとここからでも聞こえるような鈍い音が響き、クリステラの足の骨を噛み砕いた。 よしとそのまま追撃させようとしたが、クリステラは噛みついたシュリガーラの首を即座に捻り上げて圧し折ったのだ。 どうなってるんだあの女は。 噛みついた奴からの反応が消えた所を見ると即死したようだ。


 力なく垂れた腕が最後の足掻きとクリステラの首飾りを掴み、引き千切って落ちる。

 信じられん。 あいつ本当に人間なのか?

 だが、ここまでだ。 ロートフェルト様の左腕ヒューマン・センチピードが飛んであの女の首から上を――仰け反って躱しやがった!? 隙を与えずにトラストの斬撃。 剣で防ぐ。


 サベージの尻尾が一閃されるが転がって回避。 しぶとい。

 他との距離が開いた所でアスピザルの魔法による攻撃。 無数の氷柱が飛ぶがクリステラは近くにあった椅子を掴んで投げつける。 やや古い椅子は砕け散って破片や戦闘で粉状になって積もった建材が撒き散らされて煙幕のように撒き散らされた。 視界が途切れるがアスピザルは構わずに掃射。

 

 当たった手応えがない。 いつの間にやったのかクリステラは鞘を括りつけて足を強引に固定して姿勢を保って走る。 狙いはアスピザルか? 剣を構えながら突っ込み、咄嗟にヨノモリが反応して間に入った。 ロートフェルト様ではなくアスピザルを狙った理由は何だと一瞬、考え――


 ……よせ! そいつの狙いは――


 気が付いて<交信>でやめさせようとしたがヨノモリは眷属ではないので止められない。

 振り抜かれた彼女の拳をクリステラは跳躍して空中で受け止める。 地面に接していないので衝撃はそのまま入ってクリステラは吹っ飛んで行った。 クソッ、この土壇場で逃げる算段を立てられるのかよ。

 

 ご丁寧に吹っ飛ばされる位置も調整していたらしく壁に開いた穴から外へと抜ける。

 あぁクソが。 逃げられると面倒な事になる。 スタニスラスの回収は終わっているので作戦としては成功だが今後を考えるとあの女は今の内に消しておかなければならない。


 幸いにも俺から見える位置だったので<交信>で逃げた方向を指示。 手の空いていた連中があちこちから集まり、まだ動ける面子が聖堂から飛び出す。

 クリステラは片足とは思えない程の機敏な動きで木々の中へ姿を消した。 少し遅れて改造種達が追撃に入る。 少しするとロートフェルト様とアスピザル達がゆっくりと出て来た。


 ロートフェルト様はこちらへ振り返ると<交信>を送ってくる。


 ――状況は?


 そう尋ねられた。

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