第1239話 「夜待」
「――と言う訳で一応はオラトリアム側にも調査結果を報告する事になったので、俺は二、三人連れて領主の屋敷に一度戻る」
本当の目的は伏せつつ建前を伝えるとクリステラは納得したのか大きく頷き、マルスランは胡散臭いと言った表情を隠しもせずにこっちを見て来る。 はぁ、面倒臭い。
「本当に報告に戻るだけですか?」
「そうだな。 何だったらお前が代わるか? 何も見つけられませんでした。 ここらは安全ですって感じの情けない報告をするだけだが?」
「……いえ、そういった事は先達であるあなたにお任せしますよ」
マルスランはやや小馬鹿にしたように鼻を鳴らすとあっさりと引き下がった。
ふん。 手柄を焦っているのかは知らんが、旨味がないと露骨に態度に出るな。
この手の馬鹿は単純なのでこうやって引いて見せるとあっさり納得する。 狙いが分かり易いからこういった誘導はそう難しくない。
「では我々は引き上げるので後はお任せします」
「あぁ、そうかからずに追いつくから俺の部下は任せる。 適当に連れて行ってやってくれ」
場所は変わってオラトリアムに存在する外と領主の直轄地を区切る壁の内側。
報告を連れて来た部下に任せて俺は魔法で姿を消して侵入。 時間は夕刻なので辺りは薄暗くなり始めていたが、来た時と変わらず綺麗に清掃されており、目立った汚れや景観を損なうようなものは一切ない。
木々も意図して配置されているようで綺麗に並んでいる。
警備兵は俺に気付いた様子はないので、小さく息を吐いてどう動いたものかと周囲へ視線を巡らす。
俺のやる事は喋る魔物を探す事だ。 その過程で余計なものを見てしまいそうではあるが、仮に何かあったとしても知らん顔をするつもりだった。 逃げればいいとは思うが、あの女の恨みを買うと後が怖そうなので触らないに越したことはない。
……どこから探すか。
居ると仮定するならファティマが知らない訳がない。 何らかの手段で飼っている可能性が高いので、隠していると見るべきだ。 問題は何処に隠しているかと言う事になるが……。
まず屋敷は論外。 少し話した感触ではあるがファティマはオラトリアムの――特に壁の内側の景観に随分と力を入れている。 俺は喋る魔物がどんなナリをしているかは知らんが人からかけ離れた姿をしている事は間違いない。 そんな生き物を特に気を使っているであろう屋敷に置くか?
有り得ないとは言い切らないが可能性としては非常に低い。
あの女は他者を見下す傾向にはあるが、値踏みした上で意識して行っている節がある。
要するに権力者としての振舞いを自身に課しているのだ。
……まぁ、素という事も考えられるが。
ならば探すのは屋敷の向こう――オラトリアム領の最北端が最も怪しい。
地図上では荒野の手前になっているが果たしてどうなっているのやら。
屋敷を大きく迂回して警備が手薄そうな場所を探して慎重に移動する。 木々が立ち並ぶ林へ近づくと風に乗って果物特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。 少なくとも最近流行っているオラトリアム印の果物はこの先で作っているのは間違いないか。 そのまま林に接近しようとして足を止める。
「何だ?」
思わず口の中で呟く。 明確な根拠はないが嫌な気配がする。
これ以上近づくと何か危険な事が起こる。 勘ではあるが何故かそう確信できてしまう何かがあった。
探知系の魔法で索敵するか? いや、魔力を発してその反応の返りで周囲の気配を察知する類のものなので相手側に探っている事が知られる可能性が発生する。
……どうする?
本能とも呼べる何かが必死に警鐘を鳴らしている。 このまま引き返せと。
それもいい。 スタニスラスには屋敷の周辺まで見たが何も見つからなかったと言えばいい顔はされないだろうが最終的には納得するだろう。 ただ、問題はその上が納得しない事だ。
枢機卿とかいう顔も見せない訳の分からん連中を納得させる為にも調査を継続するべきだと理性は囁く。 どれだけの時間、葛藤していたのだろうか? 気が付けばすっかり日も落ちて辺りは暗くなっていた。 ここでいつまでも足を止める訳にはいかない。 行くにしても戻るにしてもさっさと決めるべきだ。
行きたくないが立場上、手ぶらで帰る訳にもいかない。
悩む。 どう動くべきかを。 我ながらここまで優柔不断だったかと首を捻りたくなるが、ここまで迷うのはそれ相応の何かが待ち受けているからなのだろう。 こればかりは理屈ではなかった。
結局、俺の決断はある意味では折衷案であるその場で待機し、屋敷が寝静まるまで待って行動するといったものだ。 身を隠せそうな場所を探してしばらくそこで時間を潰す。
その間、林の向こうへ行けばどう動くのか、起こり得る可能性を想定しながら可能な限りの入念な準備を行う。 装備品や魔法道具、魔法薬の確認をしつつ屋敷を監視する。 月が昇り切った辺りで屋敷のあちこちの灯りが消えた。 どうやら就寝に入るようだ。
念の為、もうしばらく待った後に俺は立ち上がって行動を開始する。
気付かれないように細心の注意を払ってそっと林に足を踏み入れて奥へと進む。
入ってみると木々の配置も遠くからの視界を遮れるように計算されて植えられているようで、並びが規則的なのが改めて良く分かる。 林を抜けると開けた場所に出て、風が全身に当たりさっき嗅いだ匂いが強くなった。 視界いっぱいに広がった光景は凄まじいもので、大量の果物が栽培されており大小様々な実を付けている。
……これは凄まじいな。
専門ではないので俺はあまり詳しくはないが、あまり密集して植えても上手く育たないといった話は聞いた事がある。 オラトリアムの果物はそんな話を笑い飛ばすかのように規則的かつ密集して栽培されておりこちらも目的だけでなく視覚的なものを意識した配置となっていた。
ぐるりと視線を巡らせると畑から少し離れた場所に建物がいくつか存在しており、ぽつぽつとだが明かりもついている。 見た感じ、使用人の居住区画と言った所だろう。
調べるならあそこからかと足を向けるが――
「……しくじったか」
思わず声に出して呟く。 本来なら絶対にしないような行動だが、もう意味がないので言葉が口から零れたのだ。 あぁ、畜生。 俺の嫌な予感はいつも当たるんだよ。
いきなり周囲から殺気のような鋭い視線を感じたからだ。 畑の隙間背後の林。 周囲の空間。
気配がどんどん増えていく。 明らかに察知して集まってきたというよりは俺がここに来ると踏んで伏せていたようだった。 つまりは待ち伏せされていたって訳だ。
俺は改めてあのファティマという女の恐ろしさを再認識させられる事となった。
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