第1231話 「旅続」
全身に風を感じながら俺は閉じていた目を開く。
俺を背に乗せているサベージはさっき仕留めた魔物の肉を齧りながら周囲を警戒している。
今俺がいる場所は何もない平原だ。 人の気配どころか文明の気配すらないまっさらな自然。
ここは元々辺獄だった世界だ。
あの後、俺はオラトリアムに戻り魔剣の力を用いて辺獄へと大陸を転移させた。
離れつつあったが位置自体は紐づいているので辺獄側のクロノカイロスの真上に出たのでそのまま横付けして着水。 生活基盤は根こそぎ持って来ているので食うに困ることはないが、やる事は多いらしくファティマを筆頭に忙しく動き回っていた。
はっきり言って俺はどうでもいいのでオラトリアムの管理は任せて早々に旅に出たのだ。
辺獄ではなくなった事により辺獄種も出現せず、仕留めた魔物も消滅しない。
まぁ、元々生き物が死ねば消えるなんて現象が異常だったのだ。 ある意味では通常に戻ったと言えるだろう。 どういった作用が働いたのかは知らんが、地形が同じで命の気配が感じられない荒野だった辺獄と違いあちこちに自然の萌芽が見える。
海も存在し、見覚えのない魔物が徘徊していた。 再構成された世界はこんな感じで始まっていたのだろうか? 魔剣から知識を引き出せばその辺は分かるのかもしれないが、わざわざ自分で自分の寿命を縮めるような真似をするのも馬鹿らしい。 やるにしてもこの世界に飽きてからだ。
死に損なった以上は生きる為に俺は旅を続けなければならない。 少なくとも全く新しい種の魔物が発生しているので全てが既知の世界という訳ではないのは俺にとっては朗報だった。
今のところは人類らしき生き物は発生していないので、技術を持った原住民的な連中に襲われる心配はないようだが未来は分からない。 過去の例から人類やそれに類する知的生命体は必ず発生する。
真っ先に台頭するのが人間なのかゴブリンなのかは知らんが、何かしら湧いて来る事は間違いない。
……まぁ、今日明日の話ではないだろうから今考える事でもないか。
辺獄から随分と様変わりしているが、地形自体はそう変わらないので飽きが来るのが早そうなのが問題だ。 現在地は前の世界で言うリブリアム大陸の北部――北端に近い位置だ。 少し離れた所に海が見え、微かに波の音が聞こえる。
埋蔵資源の確認でヴァーサリイ大陸は真っ先に調査対象となるので先に見て回った事もあって、早々に海を渡ったのだ。 メイヴィスがリソスフェアがあった位置を現在確認中らしい。
埋蔵魔石が見つかるならまた一から採掘都市を作るようだ。 先に見た時は例の亀裂はなかったので、調べるにしてもまずは掘る所からになるだろうが俺の知った事じゃない。
他の連中も好きにやっている。 首途はエグリゴリシリーズの強化や、歩行要塞の再建造。
それとタウミエルが繰り出して来た空中戦艦が琴線に触れたのか再現しようとしていた。
毎日楽しそうだったので俺から言う事はないな。 ヴェルテクスは魔法の研究をしながら合間に自前の潜水艇を浮かべて日がな一日、海で釣りをしていた。 アスピザル達は雑貨屋なだけあって需要も高く、あちこちでこき使われている。
エゼルベルトは地質や魔物の生態調査の為に飛び回っていた。
珍獣は魔導書の需要がなくなってきたので、設備を利用して娯楽用の雑誌を作ろうと企んでいるようだ。 問題は奴にノウハウがないのでネタを探す所から苦労しているようだが。
収穫班はパンゲアをそのまま持って来ているので食料に関しては問題なくいつも通りの作業に戻った。
持ってきた大陸と元々あった大陸で単純に土地の規模が倍になった事もあって急ピッチで開拓が進んでいる。 並行して減った人員――戦力や労働力の補充も順次行っていた。
マザーを増やしておいたので時間をかければ死んだ連中の穴埋めは問題なくなる。
ただ、聖剣の魔力源が消えたので発電機としては使えなくなった問題が浮上はしたが、魔剣を数本置いて来たのでこちらも解決した。 俺は腰の魔剣に視線を落とす。
こちらに来てから魔剣からの怨嗟の声が聞こえなくなった。 それどころか徐々にではあるが闇色が抜けつつあったのだ。 教皇やエゼルベルトの見解では憎むべき世界と切り離された事により、感情の矛先がなくなって浄化されつつあるのではないかと言っていた。
流石に汚れのように簡単に落ちるものではないようだが、将来的には聖剣としての姿を取り戻して固有能力も戻るのではないかと考えられる。 正直、今更固有能力が戻った所でそこまで嬉しいものでもないのでそうかと流しておいた。 タウミエルの再来に対しての警戒はしているが、それらしき兆候は今のところは確認できない。 発生原因を考えれば当然だが、確実に来ないとも言い切れないので戦力の回復と並行して増強を図り、次は「英雄」の助力なしでも打倒可能な戦力を揃えるとファティマが意気込んでいた。
……英雄か。
結局、タウミエルとの戦いは連中がいなければ勝てないどころか成立すらしなかっただろう。
その点は見積もりが甘かったと言わざるを得ないが、どうやってもあれ以上の戦力は用意できなかった。 不本意ではあるが素直に運よく勝ちを拾えたと喜ぶべきなんだろう。
俺としては楽になれるチャンスを潰された事もあって何とも言えんが。
それにしてもとハイディの事を思い出して少し不快な気持ちになる。 我ながら非常に珍しい事でここまで他人に対して関心を抱けるのは今のところはあいつだけだ。
やはり俺のような奴でも期待を裏切られるとそれなり以上に不愉快になってしまうのか。
しかもそれが時間が経っても尾を引いているのは珍しい――というよりはなかったかもしれない。
今までも要らん干渉をしてきて目障りな連中は居たが、そいつらは明確な障害として認識していたので積極的に排除を狙ったのであって失望感を抱いたのは今のところあいつだけだ。
……まぁ、もう二度と会う事もない女だ。
見かけたら殺したくなりそうだがまずそれはないだろう。
俺はふと何の気なしにサベージに指示を出すと海へと走らせる。 切り立った崖に視線を落とすと波が豪快に寄せては返していた。 俺はサベージから降りる。
「……ふむ」
小さく呟くと少し離れた海面が山のように盛り上がる。 そこには烏賊と蛸を合体させたかのような巨大な生物が姿を現した。 源生種。 世界の始まりに存在するという魔物の祖たる巨大生物だ。
この手の連中は大喰らいらしく魔力を大量に保有している存在に襲いかかる傾向にあるらしい。
どうやら俺が気に入ったらしく、喰いたいようだな。
何度も出て来られても面倒だが、旅にはこういった変化も悪くない。
俺は魔剣を抜いて第二形態に変形させて巨大生物へと向ける。 こちらでは聖剣とほぼ同等のパフォーマンスを発揮できる魔剣は即座に必要な魔力を充填。
「消えろ」
巨大生物の触手が真っ直ぐに向かって来ると同時に俺は光線を発射した。
そう遠くない未来、俺にはまた停滞が立ちはだかるだろう。
退屈という名の毒に呑み込まれた瞬間、俺は最期の時を迎える事となる。
どうにかできるのかは分からない。
それでも、自身に死ぬ事を許せない俺は旅を続ける事でその未来を乗り越えるべく旅を続けるのだ。
たとえどれだけの屍の山を築く事となっても俺が死ぬその時までこの旅は終わらない。
生きる目的、生きる意味。 それを見つけるまで俺は俺の未来に期待し続けるだろう。
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