第1227話 「後片」
……何故だ。 どうしてこうなるんだ。
俺――エルマンはこの目の前に広がる現実に胃だけではなく頭まで痛くなってきていた。
タウミエルの撃破に成功し、未来永劫関わり合いになりたくないオラトリアムも去って悩みの種が全て消え失せたのだと喜ぶべきなのだが現実は欠片も俺に優しくなかったのだ。
それを知ったのはヒエダが後片付けを始めた時だった。 そのまま帰るのかと思ったが、人員を引き連れて戻ってきたのだ。 後片付けを手伝ってくれるのかと思ったが、俺の考えは少し甘かったらしくヒエダは部下に身内の遺体の回収を命じて転移で順次運び出していた。
気になって尋ねた後に返ってきた答えは衝撃的な内容で「死体が消えなくなるから処分しないと病気が蔓延するぞ」との事だ。 ヒエダ曰く、タウミエルが消えて神剣が消滅した以上は辺獄との接続も絶たれるので、死体が持って行かれなくなる。 つまりはこのまま放置すると腐敗といったこの世界ではあまりお目にかかれない現象を経て病が蔓延するとの事。
元々、この世界では死体は勝手に消えるものと定義されているので、今回も消えるまで邪魔にならない位置に移動させるだけに留めていたのだが、消えないとなると話が違ってくる。
今回の対タウミエル戦での動員は数十万規模で損耗率は九割を越えているのだ。 つまり生きている連中の数を大きく越える死体の処理をしなければならない。
……で、最大の問題は死体をどう処分するかだ。
一応、ヒエダに尋ねたが基本的に焼くか埋めるかの二択となる。
これだけの数の死体を焼く? 集めるだけで何日かかるか分からんぞ。
だったら埋めるか? 更に現実的ではなかった。 どこに埋めろというんだ。 それぞれの故郷に持って帰らせるのか? 駄目だ。 どこの誰か判別の付かない奴も多い。 間違いなく、難色を示す奴が大多数を占める事になる。
ヒエダは連れて来た自前の戦力と一緒に来たダーク・エルフの死体は回収していたがそれ以外には見向きもしない。 いっそ他も持って行ってくれと頼むか?
間違いなく断られる上、白い目で見られるだろう。 いい事が欠片もないので間違っても口にできない提案だ。 そうなると執れる手段はそう多くない。
取りあえずウルスラグナから人員を派遣し、生き残りの確認作業を行っている他国の連中に死体を持って帰らせるぐらいしか思いつかなかった。
……あぁ、めんどくせぇ……。
普通なら勝手に消えるだけの代物を手間暇かけて持って帰る事の必要性をいちいち説明しなければならない労力もそうだが、まず納得させる事が出来ないのでどうやって言う事を聞かせるかを考えなければならないからだ。 その手間を考えるだけで胃が痛くなる。
戦闘が片付いてから一切休んでいなかった事もあって疲労で頭も痛い。
一段落付いたら休む必要があるか。 空を見ると太陽が天頂を指そうとしている事からそろそろ昼が近い。 もう面倒なのでクリステラ辺りを呼び戻して力で従わせるか?
そんな乱暴な手抜きを本気で実行したくなる程に俺は疲れていた。
アイオーンやウルスラグナから連れて来た連中は素直に言う事を聞いてくれているので、死体の問題が明らかになってから早々に指示を出して片付けさせているが一日、二日で終わる仕事じゃない。
こういう時は聖女に音頭を取らせる方が効果的なのだが、何があったのか今のあいつは使い物にならない。 今はクリステラ達が話を聞いているので気持ちが紛れれば落ち着いて戻って来るだろう。
いや、戻って来て貰わないと困る。 夕方になっても戻らないようならこっちから呼び出すべきか。
ルチャーノに相談しようとしたが何故か連絡が付かず、問い合わせても昨夜から所用で出ていると捕まらない。 こんな時にあいつは何をやっているんだ。 この状況で最も頼りになる男の不在はかなり厳しかった。
タウミエルとの戦いの事は奴も知っているはずだ。 ――にもかかわらずに城に詰めずに姿を消す理由は何だと考えながらいつ頃に戻って来るのだろうかと考えて――不意に背筋に嫌な震えが走る。
本当にルチャーノは帰って来るのだろうか? そんな可能性に思い至ったからだ。
普段ならいないと聞いた時点で思い至る可能性だったが、どうやら俺は自分で思っている以上に疲れているようだ。 頭がまともに回っていない。
奴は少し前――具体的には俺の見合いの話が持ち上がった辺りでオラトリアムからの引き抜き打診のようなものがあったという話をしていた。 正確には俺と同様に見合いの話ではあったが、そんなものは建前に決まっている。 オラトリアムがわざわざ分かり易い形でウルスラグナとの関係強化を図る意味がない。 つまりは見合いにかこつけて優秀な人材を囲いたいといった目的なのは明らかだ。
何らかの形で取引があったのか、それとも脅迫されたのかもしれない。
ルチャーノはああ見えて内政だけでなく軍団指揮も高い水準でこなせる。 もしかしたらタウミエルとの決戦に臨むに当たって起用したのかもしれない。 部外者にいきなり指揮権を渡すのかといった疑問はあるが、オラトリアムからの打診はかなり前からあった事は分かっているので面通しは済ませていたのかもしれんな。 考えれば考えるほどにルチャーノがオラトリアムへ向かった可能性が大きく膨らんでいく。
用事が済めば解放されるだろうといった楽観はなかった。 そのオラトリアムはどこぞへと消えたのだ。
ルチャーノが望もうが望むまいが連れて行ってしまえば奴に拒否権はなくなる。
何故なら戻って来る手段がないからだ。 親友と永遠に会えないかもしれないと考えると気持ちが大きく落ち込む。 アイオーンを立ち上げて、王国と本格的な協力関係を築いてからの付き合いだが、あそこまで気が合う奴は後にも先にもそう多くない。
溜まった心労を吐き出す相手としても俺にとって奴は掛け替えのない男だ。
……畜生! ファティマ、あのクソ女め! 俺からどれだけ搾取すれば気が済むんだ!
居なくなったとはっきりした所為か疲れた頭で自制が効き辛くなっている所為かファティマへの呪詛が自然と思考に漏れだす。 口に出せない辺り我ながら非常に情けないが、万が一にも聞かれたらといった恐怖があったので声にするのは憚られたからだ。
この肝心な時にルチャーノの不在の理由としてはそうとしか考えられなかったが、出来れば外れて欲しい。 またいつもの店でどうでもいい話をして酒を飲み交わしたい。
どうか無事であってくれ、俺の予感よ外れろと祈る事しかできなかった。
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