第1228話 「蠅湧」

 センテゴリフンクスでの戦後処理は困難を極めた。

 過去にあったグノーシスとの決戦時も時間はかかったが今回は前提が違うからだ。

 それは辺獄とこの世界が切り離された事により、死体の消失現象が発生しなくなり大量の亡骸が山を築く事となった。


 この世界において戦争によって発生した死体は放置すれば消失するので後始末という点で見れば非常に楽なのだ。 だが、今回からはそうもいかない。

 死体は緩やかに劣化し、腐敗という過程を経て大地に還る事となる。


 問題はその腐敗だ。 腐った死体は何処からともなく蠅に似た生物が現れ、瞬く間にあちこちで無数の虫が飛び回るブンブンといった音が聴覚を苛む。

 このような状況を経験した者は居ないので消滅せずに徐々に腐敗していく死体の山と付随して発生する虫と悪臭、そして体調不良を訴えるものが続出する。


 それによって作業は遅々として進まず、気が付けばセンテゴリフンクスはタウミエル襲来とは別種の地獄と化していた。 最初は土に埋める形での埋葬を行おうとしていたが、虫の発生に伴ってそんな事を考えている余裕がないので今では死体を集めて魔法で焼却する事で作業の効率化を図っている。


 元々、遺品を持ち帰るだけなのだが、遺体といった形で残る事となったので処分に迷った事も遅れた要因だった。 何もかもが初めての事だったので指揮を執っていたエルマンからしても軽々に決められる事ではなかったのだ。 そうこうしている内に腐敗が進み、虫が湧いて焼き払う以外の選択肢が消えてしまった。


 そして戦死者の数に対しての作業人員の少なさも状況に拍車をかけており、ウルスラグナや各国から追加の人員を送り込んではいるが余りの状況に早々に心を病むか体調を崩して戦力にならなくなるケースが多い。 それでもやらない訳にはいかないので現場の悲鳴をエルマンはどうにかしろと黙らせる。

 

 後は任せると言って体よく逃げようとする国に関しては復調した聖女やクリステラの聖剣を見せびらかして強引に従わせた。 当然ながらそんな無茶な指示を出されれば下からの不満が溜まっていくが、死体の山をどうにかする事を優先したのでその全てを力で捻じ伏せたのだ。


 エルマンはこれが片付いたら身を隠す必要があるかもしれないなと真剣に検討しながらも開き直って力で従わせる事を止めない。 当の本人も良くない方法だとは理解していたが、疲労と心労で濁った思考ではそれ以上の案は出なかった。 顔色はどんどん悪化し、目の下は隈で覆われ表情からは徐々に生気が失われていく。


 当然ながら周囲は何度も休むよう勧めたが目の前に広がる地獄絵図が彼に安眠を許さない。

 一応、横にはなったのだが、いくらやっても眠れないのだ。 魔法的なもので意識を落とす手段も採用されたが僅かな時間で跳ね起きてしまうので疲労が中々抜けない。 結局、現場にいた方がマシだと判断してふらつきながらも指揮を執り続けている。 そんな彼を諫められそうな日枝は身内や連れて来た者達の遺体を回収すると早々に消えて帰って来なくなった。 無理だとは思ったが手伝ってくれと打診はしたが、葬式やら何やらで忙しいと断られてしまう。 エルマンとしては残念ではあるが薄情とは思わない。


 転生者である日枝はこうなる事を予見しており、過酷な作業になる事が目に見えていた。

 そんな現場に部下を送り込む事を嫌がるのは当然だろう。 加えて日枝の獣人国は完全な飛び地に存在している以上、無理に国交を結ぶ必要もなく正式に結んでも居ないので協力する理由がないのだ。


 劣悪な環境である事は分かり切っていたので、そんな場所に少なくなった部下を送り込む事に難色を示すのは当然だった。

 逆の立場ならエルマンもそうしたかもしれないので強くは言えない。 そして日枝という例外が存在するので他からの不満も溜まるといった悪循環が続く。


 街の修復と遺体の処理。 本来なら数百日はかかりそうな途方もない量の作業だが、魔法という偉大かつ便利な技術はその時間を大幅に短縮する。

 エルマンとしても湧いて来る虫と死体の山に関しての真っ当な対処は諦め、効果範囲の広い魔法で焼き払ったのだ。 街の中にある死体も同様で建物ごと消し炭に変えた。


 作業員の中には余りにも凄惨な作業に心を病む者が続出したが、犠牲を厭わなかったかいあってか想定よりも大幅に早い時間で戦後処理を完了させたのだ。

 こうしてセンテゴリフンクスで繰り広げられたタウミエルとの決戦は幕を閉じた。


 ――赴いた者達の心と体に多大な傷を残したが。

 


  

 それからしばらくの――正確には数年の時が流れた。

 場所はウルスラグナの王城に存在する大きな広場。 そこにはウルスラグナの現王と世界各国から集められた王族や権力者――各国の舵取りを行う者達が巨大な卓を囲んでいた。 転移魔石の普及によって大陸間の移動が容易になった事もあり国家間での交流が増えたのだ。 それにより、各国での取り決め――要は友好条約の締結を行う事となった。


 ウルスラグナは飛び地に存在していた事もあってこのような経験がなかったので不慣れではあったが、転移用の設備の設置や関税など細かい事は時間をかけて詰めていく事になるだろう。

 出席者達が渡された書類にサインを行いそれぞれ持ってきた大きな判子を力強く押してウルスラグナ王へ提出する。 この構図から友好と銘打っているが上下関係が出来ているのは明らかだった。


 関係こそ同盟となっているがウルスラグナが上で他が下といった形になっているのだ。

 それには理由があった。 まず第一にアイオーン教団の存在だ。

 現存している全ての聖剣を保有しており、オラトリアムがいなくなった現在、戦力としては世界最大の勢力となった。 加えてグノーシスの消滅によって代わりを早々に用意する必要があったのでアイオーン教団を当てようといった事もその一因だ。 全ての国のトップがアイオーン教団に入信する事によって、教団に最低限の公平性を持たせる事も含まれている。 つまりは万が一戦争になった場合、アイオーン教団が一方に肩入れする事を防ぐ為だ。


 聖剣使いを三人も抱えている勢力と敵対する事はタウミエル戦での傷が癒えていない各国としてはどうしても避けたかったのでこの条件を呑むしかなかった。

 だが、かと言ってウルスラグナを頂点に据える必要があるのかといった疑問が発生する。


 それにも大きな理由があった。 それは―― 

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