第1226話 「肉親」

 「元々僕が旅に出た理由は彼について行けば足りない何かが見えて来るかもしれない。 そんな不純な動機だったんだ。 当時、僕はある事で大きな失敗をしてしまっていてね。 自分に自信が持てなかったんだ」

 

 一通り経緯を話したお陰か聖女は落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 「そんな僕から見れば失敗を恐れず、行動する事に一切の躊躇を持たない彼は眩しく映ったよ。 どうして自分はこうじゃなかったんだろうかって。 彼と行動を共にすれば僕にも彼の強さをほんの少しでも得られるんじゃないか。 ――こうして思い返してみれば依存していたのかもしれない」


 彼女は自嘲気味に笑みを浮かべる。 事実、当時の彼女は精神的な面でローに大きく依存していたと言える。 特に自身の別人格だという話を信じていたので、ローにできる事は自分にもできるようになるのではないのだろうか? そんな期待もあったからだ。


 領主として何の成果も残せなかった彼女からすれば今の自分をどうにか変えたいといった思いもあって、縋るような思いでローの後を追いかけたのだ。 特に旅に出た直後はその傾向が強く、彼の行動に対して無意識に正しいと思い込んで気になる事はあっても無視したのだ。


 話せば話すほどに自分の視野の狭さが浮き彫りになる。

 自分からは何も与えず、他者からは何かを求めているのだ。 そう考えると自分の目の前から彼が去った理由も納得できてしまう。 要するにローにとって自分は邪魔だったのだ。

 

 それを意図的に行ったのか結果的に別れる事になったからその状況を利用したのかは不明だが、ローにとって聖女はわざわざ探して合流する価値もない相手だった事は確かだろう。

 何故なら同じタイミングで別れたはずのサベージはしっかりと合流しているのだ。 姿を消した時期を考えると早々に合流したと見ていい。 ただ、サベージ自身がローを探し当てた可能性もあるので、最終的には探さなかった自分の落ち度といった結論に落ち着いてしまうのだ。


 ある程度の整理は付いたが、冷静になった頭で既に過去となったローとの対面を思い出しても何が正解だったのかさっぱり分からなかった。 どうすれば良かったのだろうか?

 いや、そもそも自分はローに何を求めていたのだろうか? 成長した自分を見てほしいといった思いは当然ながら存在する。 それを見せてどんな反応を期待したのだろうか?


 褒めて欲しかった? 見直してほしかった? 対等な存在として見て欲しかった?

 恐らく最後の一つが正解に近いだろう。 ローは戦っている最中、そして追い詰められて尚、聖女の事を立ち塞がる障害物程度にしか認識していなかった。 だからこそ彼女は自分を見ろと叫んだのだ。


 その結果、ローに自身を直視させる事には成功したが、同時に心底から失望されるといった皮肉も味わったが。 彼女は障害物としてしか認識されていなかったと評していたのは間違いではないが、正解でもなかった。 聖女ハイデヴューネはロートフェルトから僅かながらも感情のようなものを引き出した事により少しだけ特別な存在へと昇華されたのだ。


 ――当人が望んだ形ではなかったが。


 「――なーんか、大恋愛に負けたみたいに見えるわ」

 

 モンセラートの意見は率直だったがそれを聞いた聖女は僅かに目を丸くして苦笑する。

 そんな発想はなかったので少しだけ驚いたからだ。


 「はは、そうだったらもう少し単純だったんだけどね」

 「違うの? 色々言っているけど憧れていた人がいてその人へ近づこうと一途に頑張っているように見えたわ!」

 「憧れは近いかもしれないけど僕は彼にそういった気持ちはないよ。 傍から見れば愛や恋に似ているかもしれないけど本質的には別物だ」


 愛は愛でも親愛――肉親に向けるそれに近い。

 そこまで考えて聖女は何かに気付いたようにあぁと声を漏らす。


 ――もしかしたら僕は寂しかったんだろうか?


 すとんと胸に何かが落ちるような感覚がする。 ローは自身に残った最後の肉親だ。

 打算的な理由こそあったがもしかすると無意識に家族の愛情を求めていたのかもしれない。

 家族同然の付き合いをしていた執事長のズーベルと婚約者のファティマに裏切られた事もあって他に信じられる存在がいなかった事もその感情に拍車をかけていたと今なら思える。


 聖女は自身の内にある気持ちの正体が見えたような気がした。

 最後の肉親と永遠になるであろう別れを経験したのだ。 この胸を抉る喪失感はそこから来るもので、開いた空洞が塞がる事は永遠にないのかもしれない。


 ――それでも。


 聖女は周りを見る。

 心配そうに聖女を見つめるクリステラがいた。 教団の立ち上げの時からの付き合いだ。

 最初は距離の取り方に悩んだが、その実直さにはいつも助けられた。


 元気付けようとしているモンセラートがいた。 クリステラが連れて帰ってきた少女だ。

 いつも明るく場を和ませてくれる太陽のような存在で、今もこうして真剣に話を聞いてくれる。

 悩む様な表情をしているマルゴジャーテがいた。 モンセラートと同じ境遇の少女で、彼女に比べるとやや大人びた感じはするが、ふとした時には歳相応の表情を見せてくれる。


 窓の外にいるであろうフェレイラは――顔を出せばモンセラートに見つかる可能性があるので姿が見えない。 奇行が目立つがマルゴジャーテとも仲が良く、話しかければしっかりと答えてくれる真面目な少女だ。 少し離れた場所にいるリリーゼもクリステラと同様に心配そうに聖女を見つめていた。


 彼女がまだ冒険者ハイディであった頃からの付き合いだ。

 面識があるという理由で世話役に選んでしまったが嫌な顔一つせずに弟のエイデンと一緒に彼女の生活を支えてくれていた。 それだけではない。 ここには居ない者達も聖女にとっては欠かす事の出来ない存在だ。


 エルマン、ハーキュリーズ、葛西、北間達異邦人。

 ゼナイドに死んでしまったマネシア。 アイオーン教団として共に頑張ってきた仲間達。

 周りにいる皆を順番に見つめ、この場に居ない仲間達の事を想う。


 そして思うのだ。 確かに自分は肉親を失ったが、それと同じぐらいに信頼できる仲間を得たのではないのかと。 聖女は少しだけ肩の力を抜き、笑って見せる。

 ローはもう居ないが、自分にはこの仲間達が居ると。 胸に開いた穴は塞がらないが、前には進める。


 ――だから――


 さようなら。 聖女は内心で最後の肉親に別れを告げた。

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