第1222話 「水揚」

 再会はもう少し劇的なものになるのかと期待はしていたけれど、現実はまるで違った。

 ローは僕の事情に興味はなく、単に脅威としか認識していなかったのだ。

 結局、何も分からなかった。 別れた切っ掛けとなった王都での事件、ウルスラグナの南部――シジーロの街で僕を助けた後に去った理由。 再会するまでの空白の時間に何を思って何をしていたのか、考えれば考える程に話したい事、聞きたい事が溢れて来る。


 だけどそれを聞く機会は永遠に訪れないだろう。 ローはこの世界から去った。

 彼の考えを理解しようと何度もさっきの出来事を反芻している内に、もしかしたら彼は生きている事に疲れていたのかもしれない。 そんな考えが脳裏を過ぎった。

 彼のような人が自ら死を望む理由としてはそれぐらいしか思いつかないからだ。 ローの視線は明らかに僕を見ておらず、どこか遠くを見ているようだった。


 聞く機会が失われた以上は僕の想像でしかない。 彼にはこの世界の未来に悲観的な何かを感じ取って旅立つ事を選んだ。 僕の想像力ではこれぐらいしか思いつかないけど……。

 やはり話を聞くべき――いや、無理にでも聞き出すべきだった。

 

 知らない事は想像する事しかできない。 もしも知る事さえできれば何かしらの助けになれたかもしれない。 ただ、彼がそれを僕に望まなかった事は泣きたくなるぐらいに悔しかった。

 確かに彼はその手を血に染め、多くの人々の命を奪い、幸福を奪い、それに連なる人々の心に大きな爪痕を残した。 ローとオラトリアムが行った事は僕自身も許容できる事ではない。


 その為、何かしらの贖罪は必要となる。 可能であれば僕がそれを支える事が出来ればと思っていたのだ。空虚な偶像でしかないがそれでも聖女という地位は彼の助けになれる。 そんな自負もあった。

 

 ――が、その全てはローにとって何の価値もなかったのだ。


 別に今までローの為に頑張ってきた。 そんな思い上がった事を言うつもりはない。

 ただそれでも彼との再会は僕にとって大きな意味を持つ目標だったのだ。

 それが消えてしまった事による喪失感は大きい。 だから、今の僕は過ぎ去った時を悔やみ、その場で反芻する事しかできないでいた。


 本来なら泳いで陸地を目指すなり、胸にぶら下がっている魔石で転移を試すなりやる事はある。

 最後にサベージが僕に伝えたかったのはこれの事だろう。 使用すれば何処かへ転移し、帰還の大きな助けとなる事は分かっていた。 それでも胸に開いた大きな穴はひたすらに寂しい風を吹かせ続け、僕に何かをする気力を根こそぎ奪う。


 ……どうすれば良かったのだろう。


 そして思考は最初に戻るのだ。 もう結果が出てしまい変える事も出来ないのに。

 はぁと大きな溜息を吐く。 タウミエルの脅威が除かれたとはいえ、これから戦後処理が待っている。

 戻らなければと思うのだけど体は動いてくれない。 また不毛な思考に戻ろうかという所で首飾りが発光。 どうやら僕にはここでぼんやりとする事は許されないようだ。


 首飾りと対になっている魔石が起動したのだろう。 放っておいてくれと首から毟り取りたい衝動に駆られたがそんな事をする気力もなかったので僕は黙ってそれを受け入れる。

 転移範囲が括られ、僕の体は周囲の海水と一緒に何処かへと転移した。

 


 

 べしゃりと水揚げされた魚のように海水と一緒に聖女が転移される。

 それを見たエルマンは無事だった事にほっと胸を撫で下ろした。


 「完全に無事――って訳じゃなさそうだが、生きてはいるようだな。 動けるか?」

 「……えぇ、まぁ」


 立ち上がれるか?と差し出したエルマンの手を少しの間を置いて掴むと立ち上がる。

 エルマンはざっと聖女の全身を眺めるが、装備が破損している以外には特に外傷はない。

 仮にあったとしても聖剣がどうにかするので生きてさえいればどうにでもなるのは分かってはいるが、一番危険な場所に送り込んだ身としてはついつい確認してしまう。 片方の形状がやや変わっているように見えるが腰の聖剣も健在だった。

 

 本音を言えば取られているかもしれないと疑っていたがそれもなかったようだ。

 エルマンがファティマと交わした約束は転移してくるサベージに聖女を預ける事だった。

 戦力的に抜けるのは痛いが代わりにクリステラを戻し、報酬に権能を多用しているハーキュリーズ達に例の治療を受けさせると言われれば頷かざるを得なかった。


 特にモンセラートの状態を見てしまった後だと、他の娘達があの状態になる事を彼の良心が許容できなかったのだ。 本人達にも同意を得て受けさせた以上はもう従うしかない。

 それに下手に反故にしようものならタウミエルの後にオラトリアムと戦わなければならなくなるといった懸念もあった。 付け加えるなら日枝もファティマから紹介された以上はいざとなったら敵に回る可能性も捨てきれないからだ。 そのオラトリアムも消えた。

 

 消えた理由はエルマンには想像もつかなかった。 どこへ消えたかの察しは付くが、何故それを実行したのかが欠片も理解できない。 逆の立場ならまずそんな選択肢は採らないが、今はもうファティマと会話しなくていい――解放されたと考えて素直に喜ぼう。 そう自分に言い聞かせて余計な事からは目を背けた。


 最初から最後までオラトリアムの掌の上で踊っていた感じはするが、生きてこの戦いを乗り切った。

 今は素直にそれを喜びたいがマネシアを始め、死んでいった者達がそれを許さない。

 聖女は立ち上がりはしたが黙ったままだった。


 「おい、本当に大丈夫か?」

 

 エルマンは思わず顔を覗き込むが聖女はややぼんやりとした表情で頷くだけだった。

 何かされたのか? そんな予感が過ぎるが聖剣に守られている聖女に何かできると思えない。

 仮にできたとしてもする意味がない以上は可能性として低かった。 一体何だと可能性を探るが激戦により疲れ切った頭では納得できる答えは出ない。


 「……はぁ、分かった。 取りあえず転移魔石はあるからお前は一度ウルスラグナへ戻って休め。 少し寝て気分が落ち着いたら戻って来い。 出来るな?」

 

 聖女は小さな声ではいと応えて頷く。 エルマンはどうしちまったんだと思ったが、気を使ってやれる余裕もないので戦力にならない人間を置いておいても意味はないのでさっさと戻れと転移魔石で帰した。

 クリステラやモンセラート達もさっき帰したので彼女達がどうにかしてくれるのではないかと期待しつつ気を取り直して戦後処理の続きに取り掛かった。

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