第1221話 「解散」

 「別にローは戦いが好きだって訳じゃないと思う。 戦闘に発展するのはそれが一番早いって考えているからいつもあんな感じになるんだよ」

 

 アスピザルの言っている事は理解できるが、夜ノ森の価値観としては許容できるものではなかった。

 いや、付いて行けないと言い換えてもいい。


 「気持ちは分かるけど諦めた方が良いよ。 いや、僕としても折角一番危ない敵を仕留めたんだからこの世界でのんびりやりたいとは思っているけど、肝心のローにその気がないとどうにもならないからね」

 「……黙って従うしかなさそうね」

 「そういう事。 僕達にできるのは無事に移動できますようにと祈るだけだよ」


 完全に穴へと呑み込まれたオラトリアムで二人は小さく溜息を吐いた。

 



 「……あぁ、マジかよ」


 もう訳が分からない。 敵の追加が現れなくなり、出現する穴が徐々に小さくなってきた事を聞いて俺――エルマンはほっと胸を撫で下ろす。 取りあえず危機は去ったと判断して負傷者の救護や生存者の確認作業を指示しようとした矢先に衝撃の報告が入った。


 最初に聞いた時はあまりの内容に耳を疑って報告して来た部下の正気を疑い、その上で復唱させたぐらいだ。

 クロノカイロス――オラトリアムの支配下にあるあの大陸が丸ごと宙に浮かんで、そこに発生している穴に消えたらしい。 訳が分からない。


 大陸が丸ごと空を飛んだ事も意味不明だが、穴の向こうに消えた事も理解できなかった。

 ファティマからは聖女を送り出す所までは話が付いていたが、それ以上の事は聞かされていない。

 どうなっているのかさっぱり分からないと頭を抱えているといつの間にかヒエダが通訳を連れて近くまで来ていた。


 『よぉ、お疲れさん』

 「あぁ、そっちもな。 ちなみにこの先の事は何か聞いているか?」


 とにかく情報が欲しい。 疲労もあるが余りの出来事に思考が追いつかないのだ。


 『この世界から手を引くから好きにしろだとさ』

 「おい、何だそれは?」


 聞いてないぞ。 この世界から手を引く?

 そのまま受け止めればオラトリアムはこの世界から姿を消すようだが何故そうなるのかが理解ができない。

 ヒエダは肩を竦めて見せる。


 『俺としても大口の取引先がいなくなるのは残念だが最初から聞いていたし、報酬も貰っているから特に言う事はないな』


 どうやら話は付いていたようだ。 知らないのは俺だけって事かよ。

 信用されていないのは分かっていたが、ここまで開示される情報量に差がある事に理不尽を感じるな。

 何故、俺と同じ立場なのにこいつはこんなにも元気そうなんだろうか? もしかしなくても苦しんでいるのは俺だけなのか? いや、今はそれはいい。 そんな事よりもっと重要な事がある。


 「おい、だったら向こうへ行った聖女はどうなった。 まさかとは思うが――」

 『いや、それはない。 放り出すから後で回収しろだとさ』


 嫌な予感を口にしようとしたが察したヒエダがそれを否定する。 話によれば穴の出口までは送り届けるらしいので転移魔石で回収しろとの事。 ヒエダが何処からか取り出した転移魔石を受け取る。

 そこまで言うとヒエダは疲れたと口にして大きく伸びをしてグリグリと腕を回す。


 『さてと、俺は生き残った連中を連れて帰るわ。 後始末はお前等に押し付けていいらしいからな』

 「は? 何だそれ?」

 『あれ? それも聞いてない? お前、もうちょっと女の機嫌の取り方勉強した方が良いんじゃねぇか? ファティマは適度にローを持ち上げときゃ勝手に機嫌が良くなるんだから割と付き合いやすい女だぞ』

 「え? は? ロー? 何の話だ?」

 『あー、そこからか。 お前マジで何にも知らされてないんだな。 そりゃ除け者にされるわ』


 言葉は単語しか拾えていないが呆れている事だけはよく分かった。

 というかファティマが付き合いやすい女? こいつは正気で言ってるのか?

 いや、まさか俺の要領が悪いだけなのか? そう考えて愕然とする。


 ヒエダは俺の様子が面白かったのか小さく笑うと背を向けてヒラヒラと小さく手を振った。


 『じゃあな。 あぁ、もしもウチに用事があるなら旧オラトリアムに来い。 近々窓口を置く予定だから連絡は付くようになってる』

 「おい! 本当に帰るのか!?」

 『当たり前だろうが。 残った連中を連れて帰りたいし、死んだ連中の弔いもあるしでこっちはこっちで忙しいんだよ』

 

 ヒエダは部下に何事かを指示しながら話は終わりと言わんばかりに去って行った。

 これ以上の話は聞けそうにもなかったので俺は大きく溜息を吐くと受け取った転移魔石を起動させた。

 

 


 空を見上げる。 日が昇り黎明を迎えようとしている世界で僕――ハイディはぼんやりとしていた。

 全身から力は抜けており、今の僕の無気力さをこれ以上ない程に示している。

 今僕がいる場所は海の真ん中で周囲には何も見えない。 両手足を力なく広げて海面を漂っている。


 空の一部に視線を向けると巨大だったであろう穴が徐々に小さくなり消えようとしていた。

 ローが去った後、在りし日の英雄と思われる存在と戦う事となったのだけど、信じられない強さで我ながらよく生き残ったものだと感心すらしてしまう。


 お陰で装備はほぼ全損。 聖剣とサベージから貰った首飾り以外は手元に残っていない。

 ただ、そうなって海に浮く事が出来ているので悪い事ばかりじゃなかったかもしれないけど……。

 英雄は散々僕を痛めつけた後、時間切れとなったらしく仕留め損なった事に大きく舌打ちし、「命拾いしたな」と言って消えた。


 手酷く痛めつけておいてその反応は少し理不尽じゃないかとも思ったけど、ここは首から上が繋がっている事を素直に喜ぼう。

 その後、ローを追いかけようとしたけど既にサベージは見えなくなるぐらい離れており、完全にその姿を見失ってしまった。


 外に向かったであろう事は分かっていたので追いかけようとしたのだけど不意にここに来る前にサベージに貰った首飾りが発光し、気が付けば出口付近の空中で僕はそのままこの空間から放り出されてそのまま海へ。


 ――そして今に至る。


 クロノカイロス――オラトリアムの上空に大本の穴が開いているのは聞いていたので現在位置はそこのはずなのだけど驚くべき事に陸地が丸ごと消えていた。

 放り出される瞬間、穴の向こうに巨大な何かが見えたので恐らくだけど大陸は向こうに消えたであろう事は何となくだけど察しは付いた――というよりこの状況を見ればそう判断せざるを得ない。


 つまりローはこっちに戻る気はないのだ。 追いかけたかったけど手段もない上、行けばもう戻れない事は簡単に想像が付いたので追おうといった考えも湧かなかった。

 考える事はただ一つだ。


 ……どうすればよかったのだろうか?


 それだけだった。

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