第1220話 「家路」
転生者と源生種。
両者の死亡ペースは世界の寿命に直結する事もあって、グノーシスも前者の保護に力を入れていた。
そうする事によりタウミエルの出現するタイミングをコントロールしていたのだ。
結局、そのグノーシスもローというイレギュラーのお陰で肝心の勢力を維持できずに滅ぶ事となった。
独立した辺獄がどのような変化をするのかは不明だが、これまでの世界の例を見ると源生種が発生する可能性は高い。 そしてその謎の生き物達は他者に阿る事はないだろう。
ならば発生するのは衝突。 つまりは戦いだ。
首途にとっては世界の平和やオラトリアムの安寧は割とどうでもよく、定期的に敵が湧いて来る環境こそ彼の求める理想の世界だった。 贅沢を言うのならそこそこ苦戦する相手なら尚良い。
苦戦するという事は倒した場合に得るものが確実に存在するので、自身の作品の性能を見せつけつつ敵を吸収して更に面白いものが作成できる。 今まで首途はそうやって自己を高めて来たので、敵がいなくなるのは非常に困るのだ。 ある意味、彼の本質――行動の方向性はローに近いのかもしれない。
「さーて、どうなるんやろうか? ま、折角生き残ったし、上手く行って欲しいけどなぁ……」
正直な話、どうなるか分からない事は理解しているが、最大の難所であるタウミエルを乗り切った事もあって何だかんだと上手く行くだろうと楽観していた。
だから、彼の考える事は無事に乗り切る事よりも新天地ではどんな敵が現れて、そいつらにはどんな使い道があるのだろうかといった期待しかなかったのだ。
「取りあえず、散らかったこの街を掃除して兄ちゃんが気持ちよく帰って来れるようにしとこか」
首途は最後にそう呟くと指示を求めに来た部下に応えながら作業に戻った。
――あぁ、もう人生最悪の日だ。
瓢箪山は薬が抜けて冷静さを取り戻したが、副作用でテンションが極限まで落ちていた。
無茶な使い方をしたギターは弦が切れて使い物にならなくなり、ストラップで首からぶら下げている。
そしてその背には疲労とダメージで動けなくなったグアダルーペ。 周囲にいる僅かに生き残った者達と合流地点へと徒歩で向かっていた。
聖剣使い達はローが戻って来るまで大陸の動力維持の為にその場を動けないが、帰還次第引き上げとなる。 彼が向かっているのは転移設備がある場所で他の地点で戦った者達も同様に向かって来ているようだ。 聖剣使いの護衛は大丈夫なのかとも思ったが、もう大陸を動かした時点で防衛に必要なリソースの大半を使用しているので襲撃されればどうにもならない。 その為、配置する意味がなかった。
瓢箪山からすればそんな事はどうでもよく、持ち場を離れる許可が貰えた事が全てだ。
これで家に帰れる。 もうこんな危険な戦いに駆り出される事はない――かは分からないが、少なくともしばらくはない筈だ。 平和な日々が帰ってくる。 そうなればラジオ放送をもっと頑張ろう。
あそここそが自分の居場所だったのだ。 スタジオでの時間がキラキラと宝石のように輝いているように思える。 梼原も来てくれるようになったし何か新コーナーを考えよう。
二人でアイデアを出し合えばきっと楽しい番組ができる。 何なら視聴者からアイデアを募ってもいい。
いつもの日々を思い返すだけで温かい気持ちになる。
――後は背中の上司がもう少し優しくしてくれるなら言う事ないのだが……。
グアダルーペは意識を失っているのか静かだ。
いつもこれぐらい静かなら平穏なのだが――
「――なんて考えてるでしょう?」
――ひぇ!?
「――はぁ、こうなるって思ってたんだよねぇ……」
「もう私にはロー君が何を考えているか理解できないわ」
穴へと沈んでいき徐々に空が夜とは違った闇に包まれつつある空を眺めてアスピザルはそう呟く。
隣の夜ノ森も不安げに空を見上げており、その声には困惑が滲んでいる。
彼女にはこの状況が本当に理解できなかった。
タウミエルの撃破が完了した時点でオラトリアムに敵はおらず、制圧したクロノカイロスを拠点に勢力を伸ばすなり発展するなりやれる事はいくらでもある。
敵対勢力も存在しないので平和と恒久的ではないが最低でも十数年の安全が保障されている状態を放棄して辺獄へと向かう事が信じられなかった。 愚かな事だと思わなくはないが、その選択を躊躇なく選択できるローの考えが本当に分からないのだ。
その為、文句よりも先に困惑が表に出る。
逆にアスピザルはやはりこうなったかと諦めに近い心境だった。
「そりゃローは平和や安全なんて求めてないからだよ」
「……なら何を求めているの?」
そう聞かれるとアスピザルとしても答え辛かった。 ただ、強いてあげるなら――
「その「求めるもの」が何なのかって所じゃないかな?」
「どういう事?」
「うーん。 何て言えばいいんだろう。 前にさ、僕とヴェルとトラストさんでダンジョン攻略の助っ人に行った事覚えてる?」
「確かオフルマズドを攻める前の話だったかしら?」
「そうそう、エンティミマスって所で蓋を開けたら巨大な生き物でしたってとんでもないオチが待っていたけどね。 ――まぁ、それはどうでもいいとして、あの辺りぐらいだったかなぁ。 ローが何かに焦っている感じがしたの」
「焦っている?」
いつも能面のような無表情で精々、不快感を抱いた時に眉が動く程度の変化しか見られないローが焦っている? 夜ノ森からすれば俄かには信じられない話だった。
「多分だけど梓はローの事を「何を考えているか分からない危ない奴」って認識していると思うんだけど、よくよく見れば彼は合理性の塊だよ」
「合理性? あれで?」
合理。 ローの存在と行動からは欠片も結びつかない言葉だったので思わずそう返してしまった。
アスピザルは苦笑して頷く。
「頭に「彼なりの」ってつくけどね。 万人が思いつく合理とは別で自分にとって最も効率が良い、または都合が良い事を主眼に置いて物事を決めているから見方を変えれば割と分かり易いんだよね。 ――とは言っても理解した気になっているとそれはそれでかなり危ないからほどほどにしてるけど」
自身を脅かす外敵は速やかに消し去り、潜在的に裏切る可能性を内包した存在は洗脳し、それ以外の者は裏切っても問題がない条件下で庇護下に置く。 そう考えればローという生き物の生態は非常にシンプルなのだ。
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