第1223話 「気沈」

 聖女の転移先にはリリーゼとクリステラ、モンセラートとマルゴジャーテが出迎えの為に待っていた。

 事前に連絡を受けた事もあって彼女達は治療と休息が済んだ後、いつの間にか届けられた転移魔石を設置して彼女を出迎えようと集まっていたのだ。 ちなみにリリーゼの弟のエイデンは消耗が激しいので自室で眠っている。


 転移はタイムラグは殆どないので準備の完了と同時に聖女がここ――ウルスラグナの城塞聖堂へと現れた。

 無事な彼女の姿を見てその場にいた者達は安堵の息を漏らすが、肝心の聖女の様子がおかしい。

 俯いて表情は窺い知れず、立ってこそいるが全身に力が入っておらず今にも崩れ落ちそうだった。


 流石に様子がおかしいと思ったクリステラとモンセラートが近づいてその顔を覗き込む。

 

 「聖女ハイデヴューネ? 大丈夫ですか?」

 「ちょっと本当に大丈夫?」


 クリステラが聖女の肩に手を置くとゆるゆると緩慢な動作で顔を上げる。

 能面のような無表情で生気がまるで感じられない。 普段の彼女を知っているクリステラ達から見れば驚くような有様だ。 クリステラとモンセラートは思わず顔を見合わせる。


 「ど、どうすればいいの?」


 困惑の表情を浮かべたモンセラートがそんな事を呟く。 それが引き金だったのかは不明だが、聖女の表情に変化があった。 表情は全く変わらなかったがその目尻から涙がぽろぽろと零れ始めたのだ。

 まさか泣き出すとは思わなかったのかクリステラも大きく目を見開く。

 

 「え、私!? 私が何かした!? よく分からないけどごめん! だから泣き止んで? ね?」 


 モンセラートも動転したのかよく分からない事を口走る。

 リリーゼも動揺して動けなくなっていたので、最も冷静だったマルゴジャーテがパンと手を叩いて注目を集める。


 「取りあえず酷い格好だから着替えと湯浴み。 何か温かいものを用意。 リリーゼ、クリステラ、手伝ってあげなさいな。 動けないなら無理矢理脱がしなさい」

 「そ、そうですね。 聖女ハイデヴューネ。 事情は分かりませんがこちらへ」

 

 クリステラにやや遅れてリリーゼも頷くと二人で聖女の手を引いて浴場へと向かった。

 モンセラートは冷静になったのか何とも言えない複雑な表情で聖女の背を見送る。


 「どう思う?」

 「さぁね。 詳しくは聞いてみないと分からないけど例の穴の向こうで何かあったぐらいしか思いつかないわ」

 

 マルゴジャーテは小さく肩を竦めて見せる。

 モンセラートは小さく肩を落とすと聖女の背を追って駆け出した。 ついて来ないマルゴジャーテを振り返るが彼女は「後で行く」とだけ伝えて先へと向かわせる。


 誰も居なくなった所でマルゴジャーテは振り返るといつの間にかフェレイラが姿を現していた。

 

 「あなたはどう思う?」

 「分からない。 でも、悲しい事があったと思う」

 

 フェレイラは聖女に思う所があるのかやや悲し気な顔でそう呟く。

 マルゴジャーテが「そう」と納得したかのように頷くとフェレイラはモンセラートを追ってシャカシャカと虫のような挙動で去って行った。


 「――何があったのかしらね?」


 結局の所、穴の向こうで彼女が何を見たのかは本人の口から聞き出さなければ分からない。

 見た所、相当な出来事だったようだが、果たして尋ねて答えてくれるのか……。

 終わったと思ったらこれとは一つ片付けば問題は次々と湧いて来る。 マルゴジャーテはままならないなと思いながらその場を後にした。




 場所は変わって聖女の私室。

 聖女はベッドに腰かけ手には温かいスープの入ったコップ。

 隣にはモンセラート、正面にクリステラとマルゴジャーテ、少し離れた位置にリリーゼ。 そして窓の外にフェレイラといった配置になった。


 動き易い服に着替え、体の汚れもすっかり落ちた聖女だったが表情は変わらない。

 

 「――で? 何があったの?」

 「……何を言ったらいいか……」


 モンセラートが尋ねるが聖女の返答は歯切れが悪いものだ。


 「モンセラート。 明らかに考えが纏まってないからこっちから聞いた方がいいわ。 取りあえず、質問に答えて。 できる?」


 聖女は緩慢な動作で頷く。

 クリステラは上手い言葉が出てこないのかモンセラートとマルゴジャーテに丸投げするつもりのようで口を挟まない。 モンセラートは何を聞けばいいか咄嗟に出てこないのかうーんと悩むように首を捻る。

 マルゴジャーテは小さく溜息を吐く。


 「はぁ、私が聞くわ。 まずは基本的な確認から。 穴の向こうに行ったのよね?」

 

 頷く。


 「中はどうなっていたの?」

 「……例のタウミエルの眷属――無限光の英雄が沢山いたよ」

 「その群れを突破したの?」

 「いや、サベージが転移魔石を持っていたからそれで奥まで転移した」

 「サベージ?」

 「僕を連れて行った魔物だよ」


 マルゴジャーテがクリステラを振り返る。

 クリステラは聖女と入れ替わりで戻ってきたのでサベージの姿をしっかりと見ていた事もあって頷いて答える。


 「はい、地竜に似た異形の魔物で知能が高く、明らかに人の言葉を理解しているように見えました」

 「ふーん? 例のオラトリアムってそんな賢い魔物を飼っているのね。 どうやったのかしら? まぁ、気になりはするけど、どうしてその魔物の名前を知っているの?」

 「以前、一緒に旅をしていた仲間だったんだ」

 

 確認作業のつもりだったのに想定していなかった返答が返ってきてマルゴジャーテは驚きに硬直する。


 「え? 賢いって言っても魔物でしょ? というか旅?」

 「多分だけどアイオーン教団の発足前の話なんじゃない?」

 「モンセラートの言う通りだよ。 僕が聖剣を手に入れて聖女になる前の事だ」


 その事実に反応したのはクリステラだ。 何故なら彼女はサベージの姿に見覚えがあった。

 かつてムスリム霊山という山で彼女はサベージと戦ったからだ。 姿は多少変わったがその雰囲気は見間違えようがない。 首を落としたにもかかわらず平然と立ち上がって攻撃された事は後にも先にもあれだけだった。 サベージがオラトリアムに属しているのなら聖女は関係者という事になる。 

 

 「聖女ハイデヴューネ。 貴女はオラトリアムの関係者なのですか?」

 

 聖女はクリステラの質問に力なく首を振る。


 「正確には関係者だった・・・かな。 あそこの領主と一時だけど一緒に旅をしていたんだ」

 

 自分の出自やローの事に関しては聞かれれば答えるつもりではあったが、自発的に話す事には少し抵抗があった。 ただ、話す事自体は問題ないと思っている。

 何故ならもうローはこの世界のどこにもいないのだから。

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