第1212話 「覚決」

 頭では分かっていた。 全ての状況がローの関与を示していたのだ。

 それでも本人の口から肯定されると衝撃は大きい。 聖女としても半ば察していたが、違ってほしい。 そうであっても何か事情があったと、仕方がなかったのだと思わせる何かを聞かせて欲しかった。


 だが、現実は無情にも彼は疑念を確信に変換する。


 「――君が殺したのか?」

 「あぁ、俺が殺した。 大した事のない雑魚だったな」


 その物言いに流石の聖女も怒りが込み上げるが、拳を強く握る事でどうにか抑える。


 「理由を聞いても?」

 「単に邪魔だったからだ」

 「……殺す以外にどうにかする方法はなかったのか」

 

 声が低くなるが、ローは気にせずにそうだなと頷く。


 「ないな。 あったとしても何故そんな面倒な事をしなければならんのだ?」

 「彼女はまだ子供で――」

 「知った事か。 消せばその脅威は永遠に消えてなくなる。 敵である以上、始末するのは最も簡単で最も確実な処理法だ」


 これはローという存在の根幹にある考えであり、彼自身の持つ哲学といえる。

 脅威は完全に消滅させる事で無力化される。 それが生物であるなら殺害、非生物であるなら跡形も残さずに滅ぼす。 傍から見れば苛烈とも言える思考形態だが、当の本人からすれば排除作業に過ぎない。 


 ローは無表情のまま小さく首を傾げる。


 「さて、質問は以上ならそろそろどうするか決めてくれ。 やるのか? やらないのか?」

 

 決断を迫られた聖女はそこで微かな違和感を覚えたが、ヘオドラの事を聞いて頭に血が上っていた事もあってそれ以上意識することはなかった。

 目を閉じて一度だけ深く呼吸をする。 気持ちを落ち着ける意味もあったが、覚悟を決める為だ。


 「最後に一つだけ聞かせてくれないか?」

 「言ってみろ」

 「この先も君はこんな事を続けるのかい?」 

 「あぁ、俺は生きている限り旅を続ける。 その邪魔をするのなら何であろうと叩き潰す」


 ――そこに例外はない。


 「分かった」


 聖女は応じるように聖剣を持ち上げてローへと突き付ける。


 「だけど君の思い通りにはならない。 約束してくれ。 僕が勝ったらもう誰も傷つけないと」

 「断る。 そうさせたいなら俺を殺すしかないな」


 守れない約束は一切しない。 少なくとも彼は自らの言葉を違えるような事はしないだろう。

 だからこそ二人の主張は平行線を辿り続ける。

 聖女は僅かに表情を悲し気に歪ませたが、思い直したかのように目つきに力が宿った。


 「やる気になったようで何よりだ。 では、始める前にそこに刺さっている聖剣セフィラ・エヘイエーを拾え。 今のお前なら扱えるはずだ。 後ろから斬りかからなかった事と併せ、これでお前への借りは返した。 サベージ、邪魔だから下がってろ」


 サベージは何か言いたげにローを一瞥したが、逆らう気はないのか黙って下がる。

 聖女はアドナイ・ツァバオトを鞘に納めると刺さったままの聖剣に手をかけて引き抜く。

 抵抗はなかった。 聖剣が輝くと彼女の表情が大きく歪むがそれも僅かな時間。


 新たな聖剣を得た事で何かが変わったのか、聖女は視線を腰のアドナイ・ツァバオトに落とすと鞘に納まったままの聖剣は光の粒子となってエロヒム・ツァバオトへと吸い込まれた。

 それによりエロヒム・ツァバオトの色が変化し、二本の聖剣が混ざったような配色となる。


 開始の合図はない。 聖女の表情が雄弁に準備ができたと告げていたからだ。

 それを見てローは僅かに目を細め――


 「――ではさっさと死ね」


 瞬時に魔剣を十数に分身させ、全てを第二形態に変形。 間髪入れずに光線を一斉に発射した。

 


 

 

 飛んでくる光線に聖女は水銀を幕のように広げる。

 以前にあっさりと貫通された事は忘れていないが、今に限って言えばこれでいい。

 水銀の薄膜に触れた光線は貫通せず表面を滑るように湾曲してあらぬ方向へと飛んで行く。


 聖女はお返しとばかりに銅の武具を銀幕越しに大量射出。 水銀を貫通した銅の武具はロー目掛けて――


 『Περσονα人格 εμθλατε模倣Μελανψηολυ憂鬱』『Μελανψηολιψ ινφεψτιον

 『Περσονα人格 εμθλατε模倣ενωυ嫉妬』、『Ενωυ嫉妬 ις ηαρδ硬く ανδして σαμε陰府 ας ηελλ等し


 ――そこには標的の姿はなく、代わりに気持ちの悪い何かが通り抜け、青黒い霧で視界が覆われ突き破るように闇色の炎で構成された巨大なワームが突進していた。

 水銀の幕を展開して視線が切れた瞬間に仕込んだようだ。 武具はワームに呑み込まれて焼き尽くされるが、消滅する瞬間に発光。 ワームを道連れに爆散する。


 これは聖剣の能力で精製した金属に特定の魔法を付与して使用しているのだ。 付与魔法――ここまでの効果を発揮するものはこの世界には存在せず、このような使い方をする者もまた存在しない。 そんな魔法を何故聖女が操れているのか?


 理由は彼女が手に入れた第一の聖剣セフィラ・エヘイエーにあった。

 これは第一の魔剣であるクリファ・タウミエルも同様で、その能力は他と趣が異なる。

 第一の剣は限定的ではあるが、世界の記憶に接続してそこから知識を引き出す事が可能だ。 それにより、彼女は本来なら知る機会すらなかった未知の戦闘技能の獲得に成功していた。


 ――だが、当然ながら万能ではない。

 

 得られる知識には限界――いや、上限が存在する。 それは使い手の理解と思考力だ。

 この世界は何度も滅びと再生を繰り返してきた経緯があり、消え去った世界の情報は世界に集積される。 その間に数多の技術、知識が生まれては消えて行った。


 第一の聖剣、魔剣を得る事が出来るならその膨大な知識の恩恵を得る事が出来るが、扱うのは使い手である聖女自身となる。 つまりは彼女に理解できて扱える技術に関する知識のみ使用が可能となるのだ。

 それ以上の知識を無理に得ようとすれば、精神どころか人格にまで悪影響を及ぼす諸刃の剣でもある。


 そういった触れると危険な知識は聖剣が遮断するので、無理に見ようとしない限りは問題ない。

 過去の知識を得た事で聖女の戦闘能力は大きく引き上げられたのだ。

 聖女は見失ったローを探すが霧の所為で姿が見えない。 棒立ちは危険と判断して走る。

 

 姿が見えない以上、何らかの手段での奇襲――不意に空から無数の光線が降り注ぐ。

 さっきと同様の手段で湾曲させて防ぐ。 視線を上げると空中にローの姿が見え、その周囲には分身した魔剣が展開されていた。


 ローは無言で向けたままの魔剣とその分身へ魔力を充填。

 光線ならどうにでもなるとさっきと同様に防ごうと構えたが、嫌な予感に襲われ動きに不規則性を持たせて走り回った。 彼女の予感は正しく、背後から魔法で姿を隠したローが螺旋を描いた刃の魔剣を一閃。


 アレは掠っただけでも不味い。

 魔力による身体能力強化を強め、瞬発力を上げて回避しようとしたが――


 「――っ!?」


 ――体が動かない。 足元を見るとローから伸びた影が聖女の影に接触してその動きを封じていた。

 魔剣が聖女へ向けて振り下ろされる。

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