第1213話 「筋通」

 聖女はセフィラ・エヘイエーで影を一閃。 輝く刃が影を切り裂くと拘束が解ける。

 肝心の斬撃はエロヒム・ツァバオトを真っ直ぐに突き出して対処。

 螺旋を描いた魔剣は簡単に受け止められるものではないが、聖女はその問題を強引に解決した。


 エロヒム・ツァバオトが強く発光すると魔力を伴った衝撃波が炸裂する。

 魔剣の刃は柄から離れており、遠隔で操作される事によりその形態を維持していた。

 つまりは操作に干渉すればどうにでもなる。 彼女の行動は正しく、螺旋を描いた刃はコントロールを失ってバラバラと辺りに散らばる。


 ローは失った魔剣の刃を再構成しながら胴を狙って薙ぐような蹴りを繰り出す。

 聖女は体を大きく捻って小さく跳躍しつつ横に一回転。 躱しながら聖剣を一閃する。

 聖剣はローの胸から顎にかけてを狙う軌道を描くが、僅かに刃は届かず空を切った。


 外したのではなく一歩下がって躱したからだ。 聖女は着地しつつ水銀と銅の武具を生み出して射出。

 ローは応じるように魔剣を第四形態に変形させて無数の円盤をばら撒く。

 円盤と武具は互いを破壊して消滅。 間髪入れずに光線が薙ぐように飛んでくるが水銀の膜で屈折させて防ぐ。


 ――主導権を取られるのは不味い。


 聖女はどうにか押し返そうと考え――ローの動きを見て背筋が冷える。

 踵で地面を踏みつけ、それにより魔法陣が浮かび上がったからだ。

 

 「<九曜ナヴァグラハ・」


 やらせる訳にはいかない。 二本の聖剣に魔力付与を行って重ねて一閃。

 斬撃がローの足元を大きく抉る。


 「千手観サハスラ――」


 言いかけてローが眉を顰めた。 理由は龍脈からの手応えがなくなったからだ。

 聖女の一撃はローと龍脈の繋がりを断ち切り、接続が切れた事で極伝の発動は不発に終わる。

 ローの動きが止まった隙を突いて聖女は畳みかけるように巨大な水銀の長槍を精製して射出。

 

 長槍はローの展開した障壁を突破できずに弾かれた。

 防がれる事は想定していたので問題ない。 本命は距離を取って仕切り直す事だ。

 

 ――強い。


 別れてから冒険者として腕を磨き、聖剣を得た事でそれなり以上に強くなった自負があった。

 そんな彼女から見てもローの戦闘能力は極めて高い。 ここまでの相手は以前に辺獄で戦った「在りし日の英雄」ぐらいだろう。 第一の聖剣による支援がなければさっきの攻防で死んでいた可能性が高い。


 彼女の考えは正しかった。 聖女の持つエロヒム・ツァバオトは幸運を引き寄せる。

 普段ならローにとって不都合な事が連続で起こり、聖女にとって好都合な出来事が発生する事になるだろう。 だが、今回に限ってはその効果は完全に発揮しない。

 

 ローの聖剣へと回帰した魔剣によりその能力が相殺されているので幸運が作用しないのだ。

 残りのアドナイ・ツァバオトに関しては同系統の能力を持っていないローには干渉できずに効果を発揮し続けており、それが彼女の生存能力を大きく引き上げていた。 実際、彼女がタウミエルとの戦いで勝利に貢献し、魔剣を九本揃えたローとまともに戦えているのはこの聖剣の力によるところが大きい。


 第一の聖剣と魔剣の能力は同一。 純粋に本数の多いローが有利に見えるが、クリファ・タウミエル以外でまともに機能している魔剣は聖剣へと戻ったエロヒム・ツァバオト、エロヒム・ギボール。 後は機能しているフォカロル・ルキフグスの三本。 他は魔力の供給源としてしか利用できない。 それを差し引いても聖女が不利ではあるが、勝負にならない程の差ではなかった。


 それともう一点。 聖女にとって有利に働く事があった。

 ローの消耗だ。 タウミエルとの戦闘でローは本体に小さくないダメージを受けており、それが彼の戦闘能力を大きく引き下げていた。 肉体の損傷であるなら魔力源が確保できている現状なら大した問題ではなかったが本体の損傷は致命的で未だに復調しない。


 ――戦闘中に完治は無理か。


 ローはぼんやりとそう思いながら聖女と対峙する。

 彼自身も聖女の脅威度の高さは十二分に理解していた。 在りし日の英雄やタウミエルと比較すると一段も二段も格が落ちるが、今の自分では少し厳しいかもしれない。

 

 装備面では圧倒的に有利ではあるが、コンディションの面では圧倒的不利だった。

 肉体の損傷は魔剣がどうにでもしてくれるが、本体に関しては守備範囲外のようだ。

 一応、時間をかければ癒す事は可能だろうが、他と同様に瞬時にとは行かない。 その理由に関しても薄っすらとだが察していた。


 聖剣は持ち主の肉体は癒すが魂を癒す事はできない。 精々、消耗の緩和止まりなのだ。

 そうでもなければ過去にグノーシスに存在した聖剣使いが代替わりするなんて事はあり得ない。

 以上の事実から本体の性質は生物の魂に近い性質を備えているのだろう。 ローの本体は彼自身の根幹を成す存在なので、失えば肉体がどれだけ無事でも意味がなくなる。 付け加えるなら体の制御も本体に依存しているので肉体の制御にまで悪影響が出るのだ。 ローの本質はあくまで本体――寄生虫だ。 宿主ではなく本体が無傷である事が前提で成り立っている。


 本来ならこれ程のハンデを抱えて戦いに臨む事はあり得ない。 普段の彼ならサベージやオラトリアムから増援を呼び込む事で状況を有利に傾ける選択肢を選ぶ。 幸運の加護に守られた聖女といえど、物量で押し潰す事は可能。 何ならアイオーンの者達を捕えて人質にしてもいい。 目の前で何人かの首を落とせば動きを鈍らせる事は出来る。


 だが、敢えてローはそれをしなかった。 借りを返すといった話に嘘はない。

 その一環として自身が不利になる事を踏まえた上で第一の聖剣を与え、一対一の状況へと持ち込んだ。

 聖女に勝ち目を与える勝負に持ち込む。 確かに筋を通す事にはなっているだろう。

 

 ――ただ、ここまでする必要があるのか?といった疑問は残る。


 彼は黙して語らない。 ただ、目の前の障害を排除する事に現在出せる全力を尽くすだけだった。

 聖女に告げたように彼にとってもはや彼女は赤の他人にしか過ぎず、殺す事に何の躊躇いもない。

 勝ち筋を示しはしたが勝たせてやる気は毛頭ないので彼は目障りな敵を消し去るべく思考を巡らせ、聖女を屠る為の更なる攻撃を繰り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る