第1211話 「何故」
目の前で起こった状況を理解できず聖女はそのまま凍り付く。
心のどこかで受け入れたくないといった思いがあったのか、完全に棒立ちとなり数秒ほど向けられた魔剣の切っ先を見てようやく思考が回り出す。
これまでの経験からローはこういった冗談をいう手合いではない。 つまり本気だ。
「どうして……」
聖女自身が驚くぐらい擦れた声が出た。 ローはその反応に小さく首を傾げる。
そんな事も分からないのかと話を始めた。
「タウミエルが片付いた以上、残った脅威はアイオーン教団の聖剣使い――つまりはお前達だけになる」
ローの言っている意味が全く理解できず聖女は混乱に思考を乱されながらもどうにか言葉を紡ぐ。
「僕が君にとっての脅威? どうしてそうなるんだ!」
「お前こそ何を言っているんだ? お前は俺の味方ではなく、潜在的な脅威だろう? 共通の敵であるタウミエルが消えた以上、排除するのは当然だ」
返す言葉は切って捨てられる。 彼女にはローが何を言っているのか理解できなかった。
聞きたい事、聞いて欲しい事がいくらでもあったのだが、その全てが目の前の光景の前に消し飛んだ。
疑念、疑惑は多くあったが、それでも聖女はローに対して幻想に近いものを抱いていただけあって受けた衝撃は本人が思っている以上に大きい。 彼女の反応に興味すらないローはここまで言っても理解できないのかと小さく眉を顰める。 それでも納得はさせるつもりなのか、すぐさま襲いかかる真似はしなかった。
「僕は敵じゃ――」
「――この空間は辺獄とこの世界を繋ぐ連結部だ。 タウミエル――いや、神剣がそれを維持している。 で、だ。 それが別れた以上、二つの世界も同様にこのまま分断されてそれぞれが単独の世界として確立されるだろう」
「だから――」
「黙って聞け」
聖女は二の句が継げずに口を閉ざす。 黙った事を確認したローはそのまま話を続ける。
「聖剣はこの世界から、魔剣は辺獄から力を得ている。 供給元と切り離されれば魔剣は使い物にならなくなる」
正確には扱えはするだろうが、聖剣に比べると大きく見劣りする事になるのは間違いない。
つまり、魔剣は聖剣に勝てなくなる。 現在、第一の魔剣を手に入れ九本になった剣を以ってしても難しい。 そしてまだ連結が解かれていない今なら魔剣も性能を発揮する事が可能で、聖剣使いを仕留める事は充分に可能。 それが剣を向ける理由だとローは語った。
「要は今を逃せばお前を仕留める事が難しくなる。 それがお前をここで始末したい理由だ」
ローの言葉は彼女の理解の遥か斜め上を言っており、聞き取れはするが聞けば聞く程に分からなくなる。
「……分からない。 僕には君の言っている事が何一つ理解できない。 そもそも何故、僕が君の敵って事になるんだ。 僕達は――」
「赤の他人だ」
ローからすれば聖女との関係は以前に命を救った事で清算が済んでいる。
つまりは彼の中ではとうの昔に終わった関係だった。 聖女が混乱しているようにローもやや困惑を浮かべる。
――こいつは今更、何を言っているんだ?
確かに聖女――ハイディとは以前に冒険者としてパーティを組んでおり、体の元の持ち主と言う事で行動を共にしていた。 だが、それ以上でもなければそれ以下でもない。
つまりは友人でも何でもないただの同行者だ。 ――にもかかわらず仲間面されるのは不快だった。
彼は自分にそういった仲間や友人はいない――一応、首途がそうかと思うが、例外は彼だけなのでローにとって聖女は特に執着するような存在ではない。 対峙する聖女からすればローにここまで明確に拒絶された事は大きな衝撃で胸を深く抉られる。
いや、拒絶ならまだいい。 どうにかする事も可能かもしれないからだ。
誤解があれば解く努力をすればいい、すれ違いがあるなら歩み寄ればいい。
だが、ローが聖女に対して向ける視線は目障りな障害物へのそれだ。 つまるところ、
その為、彼女が何を言っても彼の考えは変わらないだろう。
――が、行動はその限りではない。
「理解できないか? なら別の選択肢をやろう。 その聖剣を置いてここから消えるなら見逃してやってもいい。 あぁ、アイオーンの信者連中に対する示しがつかないと思っているなら後で精巧な偽物をくれてやる。 そいつを振り回して布教活動をすればいい」
聖女は答えられずに沈黙するが、続く言葉には黙っていられなかった。
「――決めるなら早くしてくれないか? お前の聖剣を処理したら次はクリステラともう一人の聖剣使いに同じ話をしなければならんからな」
そしてまぁ、あの女が素直に渡すとは思えんから始末する事になるかと付け加えたからだ。
「クリステラさんを殺す? 君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
「お前はいい加減に俺の言っている事を理解してどうするのかを決めてくれないか?」
取り付く島もなかった。 聖女はここに来てようやく話し合いでは止められないと理解した。
それでもローと戦う事には強い抵抗がある。 だから、彼女は自身の心を納得させる為に疑問をぶつける事にしたのだ。
「……決める前にいくつか聞かせてくれないかい?」
「何だ? 言ってみろ」
「センテゴリフンクスを知っているかい?」
「リブリアム大陸の中央部――ヴェンヴァローカにある都市だな」
「以前に襲撃があった事は?」
「何度かあったな。 どれの事だ?」
「辺獄の一件が片付いた後、グノーシスが駐留していた時だ」
「あぁ、あったな。 それがどうした?」
知っている事は関与している事の明確な証明だ。 その事実に聖女の胸は痛み、喉元から不快感が湧き上がってこの先の質問をする事に躊躇が生まれる。
今の段階では疑惑止まりだが、彼が持っている魔剣を見れば答えは出ているようなものだった。
それでも確定ではない。 違ってほしいと祈りながらも質問を続ける。
「あの時に街を襲撃したのは君達なのかい?」
「そうだ」
「僕を攻撃したのは?」
「俺だな」
「街にいたグノーシスの人達は?」
「一部を除いて皆殺しにした」
もっともその一部も全員洗脳を施されたので人間的には死んだ事と同義だった。
聖女は乱れる呼吸を抑えながら、最も重要な――最も聞きたかった質問を投げかける。
「枢機卿がいたはずだ。 彼女を――ヘオドラをどうしたんだ?」
ローはヘオドラと聞いて思い出すのに若干の間があったが、鬱陶しかった事もあって記憶の片隅にしっかりと残っていた。 名前は洗脳した者達から吸い出した記憶から照合し――
「殺した」
――そう端的に何をしたのかを告げた。
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