第1210話 「切先」
前線で戦っていた改造種は転移で一部後退した者を除きすべて戦死。
過去にも大きな戦いはあったが、ここまでの被害が出た事はない。
それ程までにタウミエルとの戦いは熾烈を極めた。
「止まったって事はローはタウミエルを仕留めたのか……。 正直、無理かなって思ってたけど、本当に倒すとは思わなかったよ」
「そ、そうね。 ひとまずは安心していいのかしら?」
アスピザルはもう疲れたとその場に座り込み。 夜ノ森は持っていた大量の武器を下ろす。
サブリナと教皇も負傷こそ目立つが、致命傷を受けた様子はない。
ただ、彼女達の配下には脱落者が多かった。 洗脳を受けていないグノーシスからの転向組に至ってはヒュダルネス以外は全滅と聖剣使いを中心に守りを固めていたとはいえ、死者の数は尋常なものではない。
ヒュダルネス自身も装備にかなりのダメージを受け、権能の連続使用によりその表情には疲労を通り越して憔悴が浮かんでいた。 彼が思うのは街に残して来た妻と娘の事だ。
非戦闘員の避難はしっかりと行っているとの事ではあったが、街が襲われている以上は楽観はできない。
今すぐにでも街に戻って家族の安否を確認したいが、敵が消滅しただけで戦闘が終了した訳ではないので別命があるまで待機となる。 そんなヒュダルネスとは対照的にサブリナは目を爛々と輝かせ、やはりタウミエル程度では神の座す高みには届きませんでしたかと分かり切った結果に大きく頷く。 教皇に至っては素晴らしい素晴らしいと感動の涙を流していた。 タウミエルの恐ろしさを深く理解している彼女だからこそ、それが打ち破られた解放感と打ち破った神に対する尊敬が涙となって双眸から溢れている。
アスピザル達はその様子に呆れた表情を浮かべ、ヒュダルネスに至っては何が彼女達をあそこまで変貌させたのだと恐怖に震えていた。
サブリナは消耗を感じさせない表情で空に開いたままの穴へと視線を注ぎ、神の凱旋を待ち続ける。
「あははは。 すっげー、俺って生きてんのかー??」
地面を転がりながら高いテンションでそう声を上げるのは瓢箪山だ。 敵が居なくなった事でその場で倒れて夜が明けつつある空を見上げていた。 消耗により倒れていたグアダルーペはその様子を侮蔑の籠った眼差しで見つめ「量が多すぎましたか」と小さく呟く。 瓢箪山がこの有様なのには理由があった。
あまりの絶望的な状況に心が折れかかっていた瓢箪山にヒストリアから提供された転生者専用の興奮剤を投与して一時的に疲労と死の恐怖を麻痺させたのだ。 一応ではあるが、行き過ぎないように成分は調整されていたが、投与前の精神状態が悪かった所為か反転するように興奮して戦闘能力が大きく向上。
代償として精神の均衡がやや崩れ――要はテンションがおかしくなっていた。
それでも軽率に解放を使わなかった点を見れば最低限の理性は残っていたようだ。
グアダルーペとしては瓢箪山のいつもの泣き言と苦しむ顔が見られない事に大きな不満を抱いていたが、死んでほしいとは思っていないので彼を生き残らせる為の処置だった。
判断自体は間違いではなかったと思っているがこれは瓢箪山ではなく、瓢箪山の形をした別物だ。
すぐにでもどうにかしたい所ではあったが、薬が抜けるまでは放置するしかない。
その間も瓢箪山はへらへらと笑っており、倒れ込んでいるのは単純に立てない程に消耗しているからだ。 笑いながらも瓢箪山は自分の状況に自覚がなかったのでどうなっているのか分からず、愉快そうに地面を転げまわる。
「すっげー、すっげー」
ついには語彙力まで消失した瓢箪山を見てグアダルーペは小さく溜息を吐き、自身も限界を迎えたので目を閉じて意識を手放した。
硬質な音が何度も響き渡る。 聖女はどうすればいいのだろうかと無言で魔剣を巨大な樹に叩きつけているローの背中を見て所在なく立ち尽くす事しかできなかった。
小さく振り返るとサベージがじっと視線を向けている事も不穏で、僅かに動くとサベージも同様に位置を移動する。 明らかに一定の
聖女はローとの再会に理想を抱いていた事もあった。 もっと快く受け入れられるのではないか?
再会を喜んでくれるのではないか? 聖女として立派に務めを果たせば人間として大きく成長できるのではないか? 今でこそ彼女なりの考えはあったが、当初はそんな打算的な考えも存在した。
特に聖剣を手に入れる前後はローを探す事と助ける事で自身の価値を証明したいと思っていた事もあって、行動の方向性が定まっていなかったのだ。
結局の所、冒険者ハイディはローに依存する事でしか寄る辺を得る事が出来ない不安定な存在でしかない。 だが、彼と別れ、聖剣エロヒム・ツァバオトを得る事によって彼女は立ち位置を得て人間的にも大きく成長し、望まない形ではあるが自立する事が出来たのは皮肉といえる。
ここに至るまでに彼女は様々なものを見聞きした。
出会い、別れ。 特に後者は死別という想像しうる中で最悪と言っていい。
知った情報からオラトリアム――ローが表に出せないような事をしているかもしれないといった疑念はあった。 それでも確たる証拠がない以上は疑い止まりだ。
問い質す事をするつもりではあった。 持っている魔剣、センテゴリフンクスでの襲撃。 聞きたい事は山ほどあるが、今は素直に再会を喜び合いたいと思っていた。
聖女はローの背中を見ながら声をかけるタイミングを計っていたのだが――不意に状況に変化が訪れる。 一際大きな音が樹から響き渡ったからだ。
ローは樹を半ばまで掘り返した所でそれを見つけた。 白と黒の混ざり合った剣。
神剣セフィラ・クリファ。 この状況を生み出した始まりにして世界の終わりを司る剣だ。
ローはおもむろに手を伸ばして柄を握ろうとしたが、抵抗を受けて弾かれる。
彼はふむと弾かれた手を見て何かを察したのか、再度手を伸ばす。
同様に弾かれそうになるが、強引にその柄を握りしめる。
――抵抗はあるが、触れるな。 魔剣が扱えるからか?
内心で首を捻る。 抵抗はあったが、触れない程ではなかった。 そのまま樹から引き抜く。
神剣はまるで抗うかのように周囲に魔力を放出し、ローの手から離れようとしている。
それでも魔剣部分が彼を受け入れているので、問答無用で弾くような事にならないのだ。
魔剣は彼を拒まなかったが聖剣はそうではない。 適正な担い手ではないと認識し、彼を拒もうとする。
結果、どうなるのか? 聖剣部分と魔剣部分の乖離が発生し、神剣に大きな亀裂が走ると表面が砕け散って何かが分離。
離れた部分は回転しながら聖女の近くに突き立つ。 聖女はいきなり飛んで来た物体に驚き、視線をやるとそこには新雪のように真っ白な聖剣が存在していた。
ローは手に持った剣を眺めながら歩み寄って来る。
彼は自分の持っている魔剣と分離した聖剣を一瞥し、少し離れた位置で足を止めた。
その表情には何も浮かんでおらず、何を考えているか窺い知る事が出来ない。 ただ、聖女には僅かにだがどこかすっきりした――まるで何かから解放されたかのような表情を浮かべているようにも見えた。
「あの――」
「――まずは助けられた事に礼を言う」
「いや、そんな……」
ローの言葉に聖女は思わず言葉に詰まるが、彼はまったく意に介さず勝手に話を進める。
「さて、早速だが借りを返すとしよう。 ――まだ戦えるか?」
「え? あ、うん。 問題はないけど、まだ敵がいるのかい?」
聖女は周囲を警戒するように見回すが敵らしき存在がいる気配はない。
彼の言っている意味が理解できずに困惑を浮かべるが、続く言葉に凍り付いた。
「いるだろう? お前の目の前に」
ローはそう言うと魔剣の切っ先を聖女へと向ける。
「――え?」
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