第1194話 「複製」

 オラトリアム、センテゴリフンクスでの奮戦。 そして英雄が繋いだ道を辿ってローは目的地に辿り着いた。 神剣らしき物も見つけ、後は手に入れるだけでこの状況に片が付く。

 言うだけなら簡単ではあったが実行できるかはまた別の話となる。 何故なら巨大な樹の前にソレがいたからだ。


 形状は人型。 大きさも二メートルあるかないか。

 何の特徴もないのっぺりとしたマネキンのような人型だった。

 威圧感も殺意も皆無。 それは無感動にローの方へ顔を向けていた。


 ――こいつがタウミエルの本体か?


 思っていたのと何か違うといった感想が泡のようにボコリと思考に浮かび上がったが、消せば何の問題もないのでさっさと仕留めてしまおう。 やると決めれば行動は早い。

 魔剣を第二形態に変形させてタウミエルらしき存在に向ける。 普段ならばそのまま光線を放つのだが、今回は大きく異なった。 何故なら彼の周囲に無数の魔剣が出現したからだ。

 

 その総数は五十を超える。 そしてその全てが第二形態に変形し魔力を充填。

 八本の魔剣による供給量は絶大で、数があるにもかかわらず発射が可能になるのに時間はかからない。 これはつい先ほど武者によって託された魔剣サーマ・アドラメレクの能力だ。


 固有能力は複製。 自身のコピーを作成し、射出したり振り回したりするのが基本的な使い方だ。

 コピーは時間経過で消滅するので使い捨てる形での運用がもっとも望ましい。

 その能力を知った当初、ローは分身させた剣を飛ばすだけなら今まで得た能力や武器で充分に代用が利くので特に欲しいとは思わなかったのだ。


 だが、取り込んだ機能まで複製でき、この場――龍脈から力を引き出せる状態であるなら話は別だった。 魔剣が最大のパフォーマンスを発揮できるここでなら限界まで性能を使用できる。


 ――消えろ。


 発射。 五十を超える光線が一斉に放たれて影絵のような存在に襲いかかる。

 ――が、光線は命中する前に全て捻じ曲げられてあらぬ方向へ飛んで行く。 周囲に空間の歪みのようなものが見えたのでそういった防御魔法の類だろうと解釈。分身した魔剣は魔力を使い果たして消滅。 光線をあっさり防いだ事と雰囲気の違いで無限光の英雄ではなくタウミエルの本体だろうと確信したローは次の攻撃に入る。


 十数メートルはあった距離を瞬時に埋めて魔剣を第一形態に変形。 これまでの動きを遥かに凌駕する速さだった。 これまでも魔剣の強化により身体能力を大きく引き上げていたが、今の動きはそれでは説明できない。 その理由は持っている魔剣にあった。


 本来なら黒く染まっているのだが、今の魔剣は様子が違う。

 部分的に黒さが抜けて輝きを放っているのだ。 赤と橙、二色の輝き。

 ゴラカブ・ゴレブとサーマ・アドラメレクだ。 前者は中身を吐き出しきり、後者は武者が分離する際に全て持って行った事により魔剣としての役目を終えた。


 ――役目を終えた魔剣はどうなるのか?


 元の姿――聖剣へと戻るのだ。 真・聖剣エロヒム・ギボール、真・聖剣エロヒム・ツァバオト。

 本来なら聖剣へと回帰した場合、魔剣としての固有能力は失われるのだが、魔剣を構成していた残留思念達が霧散せずに聖剣内部に留まる事により一時的にではあるが魔剣、聖剣の両方の固有能力の使用を可能としている。 ローの身体能力が爆発的に上昇したのはエロヒム・ギボールの固有能力の恩恵を受けて居るからだ。


 だが、それは一時的なものでしかない。

 骨組みである残留思念を留める怨念が消失した以上、留まり続ける事にも限界があった。

 時が経てば霧散し、元の聖剣へと完全に戻るだろう。 そしてもう一つ、この状態で受けられる恩恵があった。 それは――


 ローの斬撃は普段の力任せの一閃ではなく、剣技を修めた者でなければ放てないような鋭い一撃だ。

 速さだけなら英雄たる武者の斬撃にも肉薄する。 そんな一撃ではあったがタウミエルは危なげなく回避。 後方へと跳ぶ。 距離が開いたが、ローは追撃を行わずに踵で地面を二回タップするように踏みつける。


 ――<九曜ナヴァグラハ虚空蔵菩薩ガガナガンジャ“災”「大暗斑だいあんはん」>

 

 足元に広がった魔法陣から龍脈へと接続。 世界から無尽蔵の魔力を吸い上げて破壊力へと変換する。

 魔剣の柄からドス黒い魔力を纏った風――いや、嵐が吹き荒れた。

 噴き出した闇を纏った嵐は刃とその周囲を侵食するかのように染め上げる。 ローはそのまま大上段に構えた魔剣を振り下ろす。 嵐は凄まじい勢いで規模を増し、ダウンバーストと呼ばれる下降気流に近い現象を発生させるが、発生した威力は桁外れだった。


 回避を許さない規模の魔力の嵐は範囲内の全てを跡形もなく消し飛ばすべく吹き荒れる。

 ローはついでに巨大な樹も消し飛ばしてやろうと巻き込む形で放ったのだが、こちらは無傷だった。

 肝心のタウミエルは――目の前――咄嗟に魔剣で防御。 間に合ったが拳の一撃により吹き飛ばされる。


 地面に叩きつけられる前に態勢を立て直し、第四形態の円盤をばら撒きながら着地。

 勢いを殺しきれずにザリザリと足が地面を擦る。 円盤の群れは当然のように突破されるが、間合いに入ると同時に左腕ヒューマン・センチピードを一閃。 何をされたのか命中前に破裂して破壊される。


 魔剣を分身させて第二形態に変形。 即座に光線を発射する。

 発射と同時に分身は消滅するが、構わずに次々と生み出しては連射。

 タウミエルは先程と同様に光線を捻じ曲げて防ぐ。 さっきから勢い地面を擦って下がり続けているので靴に仕込んだパイルバンカー――ザ・ケイヴを起動して地面に撃ち込んで強引に減速。


 光線が効かないと悟って分身を第三形態に変形。 大量のワームを嗾ける。

 次々と撃破されるがローは冷静に次の攻撃手段を模索していた。 選択肢は多い。

 聖剣を得、内部の残留思念による支援を受けられるようになった事で彼が得られた恩恵――それは彼等の知識を一時的に与えられた事だ。


 英雄程ではないが、ここまで残留できる程の強靭な意思を持つ思念の生前に持っていた戦闘技能は彼の戦いの幅を大きく広げ、極伝の使用すら可能としていた。

 今の彼は英雄に迫る戦闘能力を獲得しており、ここに辿り着くまでとは別人と呼べるほどにその力を高めている。


 制動をかけた効果は即座だ。 停止と同時に背後に邪視を展開し、足元の影を操作して拘束を狙う。

 影がタウミエルに接触すると同時にその動きを止め、一拍遅れて邪視による大量の拘束魔法が効果を発揮。 見えない糸に絡め取られたかのように完全に固まる。


 大きな隙が出来たのでローは踵で地面を二回踏む。


 ――<九曜ナヴァグラハ勢至マハースター菩薩マプラープタ“災”「極成層きょくせいそう」>

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