第1195話 「落魂」

 ローは攻防をこなしつつ敵の戦力を分析。 効果的な攻撃を模索する。

 現状ではっきりしているのは攻撃手段は手足を用いた肉弾のみ。

 脅威度が低いと判断されてまだ使っていない可能性もあるので楽観は危険だ。


 影や邪視による拘束は効果があったのは収穫だった。

 光線や魔法攻撃の類はあっさりと防がれたが、極伝は当たったかよく分からないので効果がないかは不明。

 隙も出来たので躊躇なく使用する。 本来なら体に多大な負担をかける大技ではあるが彼の体はその程度で消耗するような構造はしていなかった。


 ――どうなる?


 タウミエルを中心に黒い雲のような塊が発生。 雲は煙を吐き出すように周囲に拡散し、霧のような形へと姿を変える。 そして極伝がその威力を発揮した。

 霧に覆われた範囲から熱が消え失せたのだ。 本来なら熱を伴う技のはずだが、ローが使用した場合は逆に熱を奪う。 それによりタウミエルは凍り付くはずなのだが――


 ――駄目か。


 霧が晴れた――というよりは何かに吸い込まれるように一点に集まって行き、タウミエルの姿が見えるがダメージを負ったようには見えない。 片手を小さく開き、その掌の上には球のような何かがあった。

 どうやらその球に霧が吸い込まれたらしい。 何なのかはさっぱり分からなかったが、今まで滅ぼした世界由来の能力だろうと解釈して攻撃を継続する。


 極伝は他の攻撃より力を入れて防いでいるように見えるのでもしかしたら当たれば効くのだろうか?と思いつつ分身させた魔剣を変形させ攻撃をばら撒く。

 第二形態の光線、第三形態のワーム、第四形態の円盤に加えて、第一形態に変形させた魔剣の複製を連続射出。 とにかく攻撃のバリエーションを増やして防御を飽和、難しいなら防ぐのが難しい攻撃を探ろうと考えていたのだ。


 今のところは殴る蹴るだけなので、妙な事をされる前に突破口を見出そうとしていた。

 

 ――が、極伝を二度も使用した事で脅威度が高いと認識されたのかタウミエルの動きが変わる。


 地面から無数の樹の枝のようなものが大量に噴出。 放った攻撃の全てが絡め取られる。

 円盤やワームだけでなく光線は樹の枝を焼き払えはするが、触れた瞬間に減衰。 接触した感じから吸収されているようだ。

 ローはその樹の枝に見覚えがあった。 リブリアム大陸の北部――辺獄の領域で襲ってきたものと全く同じだったからだ。 あの時は女王に庇われた事により無傷だったが、あの時に仕掛けて来たのはやはりこいつだったかと叩き潰す理由が一つ増えた。


 ――あの時、女王は俺に言った。


 命を救われた借りを返す為にローは彼女に問いかけた。 自分に何かできる事はないかと。

 消え去ろうとした女王が口にした願いは一つ。


 ――結末を変えてほしい。


 そう彼女は願った。 頷いた直後は彼自身も何を以って約束の履行とするのか理解してはいなかった。

 ただ、旅の目的の一つに加え、明確な答えが見つかるまで探していたのだ。 この旅を通してその答えも見つける事が出来た。 ローは彼女の願いをタウミエルを打倒し、滅びの運命を打ち破る事と解釈。


 どちらにせよ狙ってきた以上は敵なので消し去るつもりではあったが、彼女の要望を叶えるという意味でもタウミエルと戦うつもりだったのだ。 勝てる勝てないは問題ではない。

 やると決めた以上は持ちうる全てを以って目の前の敵を消し去る。 先に神剣を抑える事も視野に入れてはいたが、巨大な樹があるだけなのでどうすればいいのか良く分からなかった。


 あの樹に刺さっているのか、それとも樹そのものが神剣なのか。

 調べるにもタウミエルの妨害があるのは間違いないのでさっさと消してしまった方が安全と判断したので突破は狙わずに早々に撃破を選んだのだ。 普段なら力技での突破を狙うのだが、冷静に枝を破壊して距離を取る。


 枝に貫かれるとどうなるのかは知っていたが、それ以上に彼の行動に干渉している存在があった。

 魔剣だ。 本来なら怨嗟の声を響かせるだけなのだが、聖剣へと変じた剣はローに知識を齎す。

 極伝を始め、各種戦闘法にタウミエルの攻撃に対する具体的な警告。 あの枝は接触した存在の根幹――つまりは魂にまで干渉するので、その在り方を魂に依存している転生者には非常に危険な代物だった。


 枝に見えるが本質的には樹の根に近い物で辺獄がタウミエルを介して転生者という肥料を摂取する為の消化器官だ。 この世界の構造上、辺獄は魔力を得る事には貪欲で足を踏み入れた転生者を見かければ幻覚という餌を見せて喰らおうと常に付け狙う。 何せ異なる世界で死んだ存在を引き寄せるぐらいなのだ。


 常に飢えていると言っていいかもしれない。 広い範囲で生えて来る枝による攻撃を凌ぎ続けてはいたが、ここはタウミエルの領域だ。 ローが気が付いた時には周囲の地面全てが光り輝き、枝による森が出来上がりつつあった。


 光線で焼き払う事も可能ではあるが、吸収能力があるので思った以上に効果がない。

 ワームも同様で絡め取られればあっさりと消滅する。 一番効果があるのが第四形態の円盤で、絡め取られても半端な形ではあるが物質化している所為なのか消化に時間がかかるようで消されるまで少し間があった。 効果があるので円盤を大量生産して枝の処理を行っていたのだが、このままでは埒が明かない。


 触れただけで危険なので地面には立てずに魔法による飛行で回避するしかなかった。

 周囲は枝で埋め尽くされているのでそろそろ逃げ場がなくなりそうだ。

 これを覆すには極伝で一掃するか、空間そのものに干渉する何かが必要だった。


 極伝は少々の時間と地面に接している必要があるので飛んでいる状態ではできなくはないが難しい。

 飛蝗や武者達は空間内に存在する龍脈から噴き出す魔力を手繰って空中でも使用可能なのだが、今のローには難しかった。 基本的に彼の攻撃手段は魔力にものを言わせた攻撃がメインなので、枝との相性はあまり良くない。 ここに来るまでの彼であるならそのまま物量に押し潰されて敗北していただろう。


 ――だが、幸運にも魔剣から齎される知識に打開する為の手段が存在した。


 ローは無言で腕を突き出すと肌に無数の切れ込みと文字の羅列が浮かび上がる。

 切れ込みは長方形で均一。 文字の記述が完了したと同時に皮膚が剥がれて宙に舞い、剥離した端から修復される。 それを凄まじい速度で繰り返す。


 瞬く間に皮膚は空に散らばりドーム状に配置される。

 そして――


 ――十絶じゅうぜつ落魂陣らっこんじん

 

 彼を中心に半径数百メートルの範囲から地面が消え失せた。

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