第1174話 「誓果」

 無限光の英雄に混ざって召喚されたらしい悪魔らしき存在が襲ってき始めた。

 飛蝗は苦も無く撃破しているように見えるが、処理速度が落ちている点を見れば敵の質が大幅に向上しているのは明らかだ。


 今代の「在りし日の英雄」それが無限光の英雄へと変じた存在がこの先で待ち受けている。

 それは分かったが、飛蝗の反応がおかしい。 油断しているようには見えないが、困惑が浮かんでいたからだ。


 「何を気にしている?」

 「おかしい。 攻撃が薄すぎる」

 「これでか?」


 悪魔の群れと様々な属性の魔法の雨が大量に降って来ているこの状況で薄すぎるのか。

 俺一人だったらもうダース単位で死んでいる規模の攻撃密度なんだが……。

 

 「あぁ、少なくとも銃撃・・が飛んでこないのが気になる」


 ――銃? あぁ、あいつか。


 恐らく以前にアザゼルを仕留めた奴の事だろう。

 確かにこの距離なら飛んで来てもおかしくはないが――いや、確かにおかしいな。

 目的地らしき場所は近い。 このペースだとそうかからずに辿り着く事が出来そうだが――


 ――不意に敵が途切れる。


 急な状況変化に驚いたが、敵が居なくなったのは目の前にいる連中が精鋭だからか?

 詳細は不明だが、確かなのはそこには待ち構えるように立っている存在が複数いる事だ。

 見ただけで他とは格が違う事が分かる。 数は――六? 初期配置が九で飛蝗を引いて八のはずだが、残りの二は何処へ行った?


 具足を身に着けた武者風の男。

 ドレスとヴェールで顔を隠した女――あの時に助けられた女王。

 聖堂騎士が身に纏う全身鎧を身に着けた男――教皇の記憶にあった救世主。

 

 ヒラヒラとしたカーテンのような大きな布を全身に纏った女。

 両腕に巨大な手甲を着けた豹のような風貌の獣人男。

 巨大な盾を持った大男。

 

 ――以上、六体だ。

 居ないのは拳銃使いと後ろで足止めをしていた辺獄種のオリジナルか。 どこへ行った?

 女王が魔導書を展開するのが見える。 考えている暇はなさそうだな。


 後衛が戦闘体勢に入り、飛蝗も構える。 それに合わせるように獣人と大男が前に出るが――何故か武者だけは動かなかった。 一体だけ不自然な動きをしていたので、俺だけでなく飛蝗も気になったのかそちらを注視する。 武者は俺達に見向きもせずに視線を上に向けて遠くを見ていた。


 ……何だ? 一体何を見ている?


 振り返るとそこには後続の無限光の英雄の群れが迫っているだけで特に不自然な点は――

 目を凝らすと遠くで何かが光る。 同時に消えかかっていた空間の揺らぎが再展開されていた。

 やられたと思っていたがまだ生きていたのか? 追って来ていた敵の大部分が後退、揺らぎへと向かっていく。 それでもこちらへと向かって来る敵がいはしたが来る事は叶わない。


 何故ならその連中は謎の攻撃でごっそりと消滅したからだ。

 消え方に覚えがある。 突入した時に連れて来た囮を潰した攻撃だ。 

 後ろで何が起こっている? 味方が現れるとは思えんが、俺にとって都合のいい事が起こったようだな。


 「はは、お前も来たのか」


 飛蝗の様々な感情の混ざった呟きに反応する間もなく小さな風切音。 後方から飛んで来た何かが俺達の傍を通り抜けて武者の胸へと突き刺さる。 武者は両腕を広げており、それをわざと受けたのは明らかだった。 速すぎて見えなかったが、突き刺さったものは剣――それも魔剣だ。 クリステラが持っていたはずだが何故ここに?


 魔剣が武者の内部へと消え、持っていた刀を霞むような速さで一閃。

 俺達と敵との間に線を引くように何かが通りぬけ、仕掛けようとしていた連中が大きく下がる。

 そしてそれを成した武者はいつの間にか飛蝗の目の前へと移動していた。 飛蝗は構えを解いて武者を見つめる。


 「友よ。 あの時、果たせなかった誓いを果たしに来た」 


 言葉と共に武者の体から闇が抜け、装備が色を取り戻す。

 赤を基調とした鮮やかな色合いの装備を纏った武者は俺の方へと歩み寄る。

 正直、怒涛の展開で完全に蚊帳の外になっており、状況が呑み込めなかったが武者は置いて行かれている俺に構わずに小さく頭を下げた。


 「この好機を与えてくれた事に感謝を。 そして願わくばこの戦いに拙者を加えて頂けないか?」


 良く分からんが味方させろと言っているようだ。


 「好きにしろ」

 「承知! こちらは我等に任せ先に行かれよ。 それと――」


 断る理由もなかったのでそう返すと武者が力強く頷くとおもむろに俺の魔剣を掴む。

 ドクンと脈打つように魔剣が輝きを増す。 何が起こったのかはすぐに分かった。 最後の魔剣であるサーマ・アドラメレクが入ってきたのだ。 だが、怨嗟の声はなく、ただ力だけが伝わってきた。


 「じきに二本の剣は真の姿を取り戻す。 そうなれば内部の者達が力を貸してくれるだろう。 後は自身の力で道を切り拓かれよ」 

 「露払いはここまでだ。 後は君一人で行け」


 二人は既に目の前の敵へと意識を向けていた。 どうやらこいつらの目的地はここらしい。


 「あぁ、助かった。 俺に何かできる事はないか?」

 「――特にはないな。 俺も俺の都合で手を貸しただけだ。 そうだな、何か聞いてくれるっていうのなら――勝てよ」


 大きな借りが出来たので何らかの形で返したかったが、そんな事でいいのか。 言われるまでもない事だ。 恐らく言葉を交わすのはこれで最後だ。 ほんの僅かな共闘だったが、随分と世話になってしまった。 神剣を手に入れる事でそれに報いるとしよう。


 「分かった。 世話になったな。 じゃあ――」

 

 飛蝗は別れの言葉を手で制する。


 「悪いが俺の流儀に合わせてくれないか? ちょっと悲しい別れが多かったんで、さよならって言葉が苦手なんだ」


 ……そうか。


 「だから――またな・・・だ。 縁があったらまた会おう」

 「……そうか。 ではまた会おう」

 「あぁ、ありがとう。 君に会えて本当に良かった」


 最後に武者に頷いて見せると俺はそのまま駆け出す。 立て直した連中が再度仕掛けようとしていたが、俺は構わずに進む。 何故なら、連中に任せておけば問題ないからだ。

 あぁ、それともう一つあったな。 俺は女王の脇を通る時に小さく囁く。


 「約束は守る」


 伝わるかは知らんしどうでもいい。 ただ、やると決めた以上、半端はしない。

 そのまま連中を突破する。 背後からの攻撃は――なかった。

 一人になり、連中との距離が離れて少しした後、背後で戦闘のものと思われる轟音が響き始める。


 不思議だった。 敵が現れない。

 神剣が近いからか、それともここには敵が出てこないようになっているのかは不明だが、もう目的地が見えていた。 

  

 地面から生えている巨大な樹が魔力か何かで発光しているのか淡く輝いている。

 明らかに剣には見えないが間違いなくあれがそうだろう。

 あと数百メートルの距離まで近づいたところで、走る速度を緩めた。


 ――理由は樹の前にそれが居たからだ。

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