第1173話 「進前」

 空から光線のようなものが弧を描く軌道で飛来し、俺達の真上に来た所で直角に折れて襲って来る。

 似たような攻撃手段を持っている身としては、あそこまで極端な軌道変化には若干の理不尽を感じるな。 だが、そんなふざけた攻撃も飛蝗が全て弾き飛ばす。 霞んで見えるので何をやっているかは見えないが、手の甲で流しているのか? どうやっているんだ? 俺にも真似できないだろうか?


 視線を空へと向けるとそこには光線を放ったであろう戦闘機みたいな見た目をした謎の機体が飛んでいた。 機首部分に光線の発射機構が設置されているのか、不自然な軌道を描く攻撃は過たずにこちらへと飛んでくる。 複数の機体が編隊を組んで飛行しており、同時に発射する事によって逃げ道を塞ぎつつ獲物を仕留める事を目的としたある程度ではあるが統率の取れた動きだ。


 当然ながら飛蝗にだけ働かせる気は毛頭なかったのでお返しとばかりに光線を撃ち返す。

 ひらひらと慣れた動きで回避するが、かなり危ういバランスで成立している機体なのか掠っただけで回転しながら墜落していく。 機動性に極振りしてそれ以外はおざなりなのか? なんともバランスの悪い連中だな。


 ……当たれば落とせるとは言っても動きが速いので当て難い。


 周囲に円盤をばら撒きつつ、光線を撃ちまくってひたすらに敵を削る。

 命中すると撃破はできるので一応は減っているが、何らかの形で防ぐ奴が増えて来たな。

 回避や盾の類、魔法障壁と多種多様ではあるが、防ぐ奴はあっさりと光線を無効化している。


 「大技を使う。 少し頼む」


 俺は応えずに魔剣の障壁とグリゴリ由来の守りを全力で展開する。

 十秒も保たないだろうが四、五秒ぐらいならどうにでもなるだろう。 全開で張った俺の守りはどうにか敵の攻撃を受け止めているが早々に突破されそうな軋みを上げた。

 飛蝗は踵で地面を二回、タップするように踏みつける。 一度目で魔法陣が展開して二度目でそれを踏んで起動。


 「<九曜ナヴァグラハ 千手観音菩薩サハスラブジャ “改” 『月面げつめん』>」


 瞬間、周囲にいた無限光の英雄が全て何かに踏み潰されるようにぐしゃりと圧壊した。

 凄まじい事に範囲は空にまで及んでおり、飛んでいた連中は即座に墜落――いや、地面に引き摺り下ろされた・・・・・・・・・のだ。 俺には全く影響はないが、敵味方を識別しているのか?


 発動の速さもそうだが、本来なら龍脈に接続する為の前準備を完全に省略しているのはどうやってるんだ? 最低でも簡易的な魔法陣を用意する必要があるのだが、それすらやっていない。

 俺の思考はズシンと地面を踏みしめる音に掻き消される。 今のに耐えた個体が圧し掛かる圧力を跳ね返してこっちに向かって来てきた。


 周囲で潰れている連中の様子を見る限り、重力のような物を発生させて相手を潰しているのだろうが突破するのか。 戦闘機みたいな連中がスラスターを全開にしてもまったく抵抗できていなかったにもかかわらず、その個体は五メートル近い巨体に自身の体と同じサイズのでかい剣を大きく振り上げる。

 大剣が発光し凄まじい魔力を放出。 その長さが一気に伸びる。


 「高位の模造聖剣イミテーションか。 だが、それがどうした!」


 模造聖剣。 教皇の記憶にもあったが、例のオブジェクトを動かす際に生み出された副産物のはずだったがあれがそうなのか。

 肝心の魔力の供給機能は真似できなかったが、強度と破壊力だけなら本物に迫る物もあったらしい。

 ちなみに製法は失われているので今回の世界では模造品以下の粗悪品しか作れなかった。 ファティマが持っているタンジェリンがそれに該当するな。


 飛蝗は明らかに危険な攻撃にも臆する事なく、振り下ろされて迫りくる光の剣へ視線を向けるともう一度魔法陣を踏みつける。

 

 「<九曜ナヴァグラハ 不動明王アチャラナータ “改” 『大切断だいせつだん』>」


 応じるように手刀を一閃、一瞬の間も置かずに攻撃が交錯する。

 結果は即座だ。 光の剣は持ち主ごと両断されて消滅した。

 

 ……どこまで再現されているか知らんが、確か高位の模造聖剣とやらは本物に迫る強度のはずなんだが――


 一体、どうなってるんだあれは? 現状、真似できそうもないので今は考えるべき事ではないか。

 周囲の敵を一掃した飛蝗は駆け出し、俺はその後ろに続く。

 飛蝗のお陰でかなり前に進めはしたが目的地まではまだかかる。 いや、その前に厄介な関門が待ち構えているはずだ。


 こいつと同格があと八人――恐らく後ろで足止めをしている辺獄種のオリジナルも居ると見ていい。

 小さく振り返ると後ろから殆ど敵が来ていないのだ。 何をやっているのかは不明だが、教皇の知識では空間に作用する能力か何かがあったはずだがその辺りか? 教皇は元々クロノカイロス出身だった事もあり、知識にかなりの偏りがあった。 グノーシスの内部情報にはかなり詳しいが、異国の戦闘技能などに関しての知識はあまり豊富ではなかったのだ。


 その為、チャクラなどの龍脈を利用した戦闘技能面での収穫は殆どなかった。

 目の前の飛蝗の戦い振りを見れば知ったところで習得できるかは怪しいが。

 さっきの技の効果が切れたのか、出て来ると同時に地面に張り付いて潰れずにいた連中が追って来ようとしていたので気休めだが光線で薙ぎ払う。


 無尽蔵に出て来るとは聞いていたので驚きはないが、実際に目の当たりにすると非常に鬱陶しいな。

 倒しても倒しても後から後から湧いて来る。 俺も死ねばこいつ等の仲間入りになる事を考えるとかなり抵抗があるな。 意識すら定かではなく、滅びの一部として永遠に使われ続ける。


 俺が他人を使い潰す分には全く問題はないが、自分がこんな訳の分からん奴に使役されるのは御免被りたいものだ。 飛蝗が道を切り拓き、俺は背後に攻撃をばら撒き続けて前へ前へと向かう。

 

 「――そろそろ来る。 気を付けろ」


 飛蝗の声に意識を前へ集中させるとその言葉を裏付けるかのように周囲の雰囲気が変わる。

 どうやら捕捉されたようだ。 目の前に巨大な炎でできた竜巻が現れる。 

 飛蝗が地面を踏みつけて震脚。 不可視の衝撃が竜巻を吹き散らすが、中から巨大な影のような存在が飛び出してくる。


 「流石に最低限の連携はしてくるか。 あの悪魔からは離れるんだ。 影すら踏むな!」

 「あれは悪魔なのか?」

 

 無限光の英雄と似たような見た目だから違いがよく分からん。

 

 「あぁ、魔導書の第五位階で呼び出された統合悪魔だ。 七十二体分の特殊能力を備えた強力な個体で、下手に触ると何をされるか分からない」


 言いながら飛蝗は踵で地面を二回軽く踏みつける。 次の瞬間には悪魔の上半分が消し飛んでいた。

 何をしたのか全く見えなかったが、恐らく拳を一閃したのだろう。 厄介な相手じゃないのか? 一撃で終わったぞ。 仕留めたように見えはしたが、飛蝗は警戒を解いていない。 その判断は正しく、悪魔は消滅せずに逆回しのように損傷を復元させていたからだ。


 とんでもないな。 あれを喰らって復活するのか。 しかも再生の仕方に違和感がある。 

 まるで時間を巻き戻したかのように損傷が元に戻ったところを見ると再生とは別の方法で傷を癒しているのか? さっぱり分からんが、旧世界だとこれぐらいの事を簡単にやってのける連中がゴロゴロしているのか。 何とも危険な世界だな。


 「おかしい。 何故追撃が来ない?」

 

 飛蝗は再生しきる前の悪魔にさっきと同じ攻撃を叩き込んで完全に消滅させるが、声には困惑が乗っていた。


 「どういう事だ?」

 「この距離なら後二人、届く奴が居るはずなんだが――考えても仕方がない。 君は奇襲に備えて防御を固めておいてくれ。 君が神剣に辿り着けば俺の役目は終わる。 それに――」


 飛蝗が小さく振り返るともう見えなくなる程に遠くなった場所では微かに見える空間の揺らぎが崩れようとしている。


 「――後ろもそろそろ突破される。 これ以上は考えてもいられない」


 飛蝗は急ごうと付け加えて加速した。

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