第1172話 「損害」
次々と上がる損害報告。
減って行く戦力と残った戦力でどう凌ぐかを考えながらファティマは戦場で采配を振るう。
厳しい。 いや、最初から厳しい戦いになるのは分かってはいたが、敵の強化スピードが対処できる許容範囲を超え始めたのだ。 特に無限の衛兵が出現し始めたところでそれが顕著になりつつあった。
空中、地上と押し込まれており、戦線は徐々に後退。 その弊害として前線で生き残っている者達が孤立し始めたのだ。 空中ではニコラスが地上では首途の歩行要塞やハリシャやトラストといった上位の実力者達。
彼等はよく戦っているが物量の前に押されつつあった。 かなり危険な状況でハリシャに至っては死にかけていたが、前線指揮を行っていたシルヴェイラとアブドーラの判断で前線を下げたようだ。
孤立した者は回収し、体勢の立て直しを図っている。
空中も同様でコンガマトーやサンダーバードなどの改造種は力不足が目立ち、損耗が激しい。
エグリゴリシリーズもよく持ちこたえているが、こちらも撃墜される機体が増えてきている。
新型機もその力を十全に発揮してはいたが、物量の差を覆すには至らない。
空中のディープ・ワンも大きな傷を負っており、酷い個体は今にも撃墜されそうだった。
ファティマは忌々しいと表情を歪めて追加の指示を出す。 想定よりも早く使わされたと内心で歯噛みする。
彼女の指示が出た後、地底から巨大な存在が出現した。 ミドガルズオルムだ。
その巨体は地面を大きく隆起させ、地形を変化させて敵の勢いを削ぐ。 それに同期する形で鉄でできた巨大な壁が地面からせり上がる。
前線で戦っているクリステラの仕業だろう。 首途の歩行要塞も攻撃を継続しながらゆっくりと後退を始める。 前線を下げるのは三回が限度だ。
それ以上下がるとなると山脈に入られる。 そうなれば聖剣使いを投入せざるを得ない。
聖剣使いを投入すると撃破されるリスクが発生し、戦闘に入れば戦場の魔力供給に悪影響が出る。 そして悪影響が出ると四大天使やエグリゴリシリーズの維持に支障をきたす。 状況は悪くなる事はあっても良くなる事はあり得ない。
好転する時はローが神剣を手に入れるか分離に成功した時だろう。 つまりは勝利する時だけだ。
現在は一度目の後退を開始したのだが、この調子だとそう間を置かずにもう一度下がる事になる。
空を見ると完全に日が落ちて夜となっており、月は天頂からやや傾いていた。
このまま行くと保って朝までだ。 昼までは難しい――というよりは無理だ。 どうにもならない。
救援要請があちこちから入り、山脈から予備の部隊が次々と出撃していく。
教皇やサブリナ達、教団に属する者達だ。 四大天使の管理と維持を任せていたが、後方に置いておく余裕がなくなったので投入する事となった。 辺獄から回収したグノーシスの生き残りも同時に送り込む。
気休めにしかならないがないよりはマシだからだ。
とにかく一分、一秒でも時間を稼ぐ。 それだけを考える。
もうここまで来ると小手先の策でどうにかなる段階をとう越えているので各人の奮戦にかかっていた。
――後はサベージの働きに期待するしかありませんか……。
早々に姿を消したサベージはそろそろ動き出しているだろうと考え、前線に手筈通りにと伝える。
ファティマは祈るような気持ちで戦場を見つめ続けた。
――あぁ、クソッ、クソッ。 こんなのどうすりゃいいんだよ!
エルマンは内心で絶望の声を上げる。 それもその筈で、虚無の尖兵の質は上がり続け、遂に無限の衛兵が現れるようになってきたからだ。 オラトリアムに現れた個体に比べればはるかに小型だが、それでも百メートルに届くか届かないかの全長を誇る巨体だった。
はったりでも何でもなく見た目通りの巨大な威容はセンテゴリフンクスから大量に降り注ぐ攻撃を受けてもものともせずに歩みを進める。
『あぁ、これはヤベぇな』
流石の日枝もお手上げだとやや引き攣った声で小さく呟く。
危険性に関しては散々聞かされていたので最大限の警戒をしていたのだが、想像の限界を軽々と越えて来た事もあって二人は内心では頭を抱えつつも表には出さずひたすらに攻撃指示を出すしかなかった。
状況は絶望的に悪かった。 無限の衛兵には攻撃の効果が薄く、集中しようにも虚無の尖兵への対処もあって余力をあまり割けていない。 そんな中、聖女は数十メートルはあるであろう巨大な水銀と銅の槍を生み出して射出。 無限の衛兵へと攻撃を繰り返す。
敵の出現地点とセンテゴリフンクスの間に巨大な亀裂を走らせて、侵攻をある程度防ごうとしたが早々に埋められて破綻。 攻める敵の軍勢は明らかに対処できる限度を超えていた。 このまま行くと間違いなく朝まで保たない。
――その上、あれがあるからな。
ファティマからの指示もある。 実行されれば更に状況は悪くなるだろう。
エルマン達にオラトリアムの戦況は伝わっていない。 その為、どうなっているのかは不明だが、何も言ってこないところを見ると余裕がないのは明らかだ。
それが実行されないならされないで構わないのだが、それによって負けるなんて事になったら目も当てられない。 エルマンはどうすりゃいいんだよと胃の痛みと逃げ出したい気持ちを押し殺してあちこちから上がる指示を求める声に応えていく。
センテゴリフンクスを覆う防壁は次々と乗り越えられもう当たり前のように街に入り込まれていた。
そんな中、ハーキュリーズは迫りくる虚無の尖兵の群れを片端から斬り倒す。
敵の注意を引き、味方の負担を減らす為に彼はさっきから走りっぱなしだ。
下手に街の奥まで逃げると聖女の方へ行かせる事になるのでそれを避ける為に街の外縁を中心に移動する。
肉体的な疲労は聖剣が抜いてくれるが、精神的な疲労はどうにもならないので彼は徐々にだが疲弊し始めていた。 まだどうにか保たせる事は出来るが、味方の被害状況を見るとそう長くはない。
敵を散らす為の装置も使えるようになれば即座に起動していたのだが、効果が薄くなりつつあった。
この装置は魔力を散らして敵の形状を維持できなくするのだが、質の向上と共に構造的に強固になったのか消滅しない個体が増えており数が減らなくなってきたのだ。
敵の増殖に処理が追いつかない。 元々、処理が飽和する事は織り込み済みだが、想定を遥かに超えていた。 そして何より――ハーキュリーズは街の外を一瞥する。
そこでは巨大な影が地響きを鳴らしながら一歩また一歩と迫って来ていた。
――あれは一体どうすればいいんだ?
聖女の攻撃で食い止めてはいるがあんな巨体に入り込まれたらこの街は終わる。
ハーキュリーズは脳裏で大きくなっていく敗北の二文字を意識しながらそれでも自分に言い聞かせ、彼は少しでも時間を稼ぐ為に敵を食い止める。
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