第1175話 「要因」
オラトリアムの軍勢が敵の勢いを抑えきれずに後退。
そんな中、前線で味方の後退時間を稼ぐ為にクリステラは聖剣で敵を片端から斬り伏せていた。
状況はかなり悪い。 クリステラもタウミエルに関しては聞かされてはいたが、相応の時間をかけて用意された戦力と迎撃体勢はそう簡単に崩れないと考えていた。
だが、敵の勢いは彼女の想像を遥かに越えた凄まじさでオラトリアムを圧倒する。
グノーシスを打倒した戦力群ですら圧倒的な物量の前に抗しきれない。
絶望的な状況だが、クリステラは諦めずに剣を振るい続ける。 こんな危険な存在を世界に放つ訳にはいかないからだ。 彼女は敵と対峙した事で改めて世界の滅びを強く意識した。
リブリアム大陸でも同様の光景が広がっている事を考えるとアイオーン教団の仲間の事が気がかりだ。
フシャクシャスラに空いた穴はこちらに比べるとかなり小さいと聞いていたのが、無事を信じる事しかできないのは彼女にとっては歯痒い事だった。 イヴォンはウルスラグナに残っているがモンセラート達は参戦しているので、その気持ちに拍車をかける。
ここで自分が戦果を上げる事が仲間達の安全に繋がると信じてクリステラは率先して前に出て聖剣を振るう。 敵を減らす事は大事だが、それ以上に味方の損害をいかに減らす事がこの戦いの肝だ。
その為、撃破ではなく勢いを削ぐ事を念頭に置いた動きをしている。
敵の密集している辺りに巨大な鉄塊を殴り飛ばし、寄って来る個体群は鉄塊を纏った聖剣で叩き潰す。
かつてユルシュルとの戦いで使った対軍勢の戦い方だったが、物量差があり過ぎて効果が出ているように見えなかった。 確かに一振りで数十の敵を叩き潰し、飛ばした鉄塊は上手く当たれば百以上の敵を一度に薙ぎ払う。
個人単位での戦果を考えるなら彼女は上位に位置する程の敵を撃破している。
だが、それでも不足していた。 状況は個人の武勇でどうにかなる段階を越えており、時間経過で徐々に悪化していく。 それはクリステラ自身にも言える事で、聖剣という強大な魔力源は誘蛾灯のように敵を引き付ける。 彼女が戦えば戦う程に敵が引き寄せられ、その分オラトリアム側は動き易くはなるが――
クリステラは聖剣に纏った鉄塊を排除して敵を殴り飛ばす。 敵が振り回していた鉄塊の間合いの内側に入ってきたからだ。 寄ってきた敵を瞬く間に斬り刻むが、手数が違いすぎるので捌き切れない。
そんな時だった。 敵の一撃が彼女の腰にあった魔剣を縛る鎖を断ち切ったのは。
反応は即座だった。 魔剣サーマ・アドラメレクは自身を縛る拘束が緩んだ事を悟ると鞘から抜け出し回転して虚無の尖兵を斬り刻み、周囲の敵を減らした後に静止。
本来なら生者を憎む魔剣はタウミエルの眷属に利する動きをするはずなのだが、この時、この瞬間だけは違った。 何故なら声が聞こえたからだ。
――証明する為にここに来たと。
自分達の戦いは無駄じゃなかった。 無駄にさせない。
その力強い声の主は高らかにそう宣言したのだ。 本来なら聞こえるはずのない声だった。
それでも感じる。 彼が居るのは穴の向こうの遥か彼方だ。
魔剣の自我を構成する最も強固な意識はその声を聞いて立ち上がる。
――行かなければならない。
残滓となり果てたその存在はあくまで一部、人体で言うのなら細胞の一つでしかない。
だが、その強固過ぎる自我は魔剣の憎悪すら凌駕する。 全ては果たせなかった友との誓いを果たす為に。 魔剣は怒りや憎悪、行動原理である全てを置き去りにして飛翔する。
クリステラは咄嗟に鎖で再度拘束を狙おうとしたが、敵の処理を優先せざるを得ずに対処が遅れる。
その間に魔剣は彼女の手を完全に離れて穴へと飛び去って行った。
魔剣が消えた事で何か不都合が起こるのではないかと彼女は肝を冷やす。 この戦いでは些細な失敗が命取りになりかねないからだ。
深く呼吸して強引に動揺を捻じ伏せて精神を落ち着かせる。
今やるべき事は目の前の状況への対処と報告だ。 こういった事は早ければ早い程、立て直しが図り易い。
魔剣の喪失を報告はしたのだが、返ってきた答えは彼女にとって意外なものだった。
気にする必要はないのでそのまま後退しつつ敵の足止めに注力するようにと。
ファティマとしてもイレギュラーは余り歓迎したくはないが、魔剣に関してはこれまでに得た知識とオフルマズドでの一件からタウミエルよりは魔剣――ローに利する可能性が高い。
現状、増援を送れない――送っても無駄な事もあり、不確定でも味方になる可能性があればと考えて放置を選択したのだ。
徐々に防衛力を上回りつつある敵戦力を見れば内部も想定を越える事態になっている可能性は高い。
本来ならどうなるか予想の付かない要素を嫌う傾向にあるファティマだったが、今回ばかりは藁にも縋る気持ちで見送る事にしたのだ。 ただでさえ、この戦いは博打の要素が強い。
だからこそ普段はしない期待を込めて見送れと咎める事はしなかった。
それにこの状況でクリステラの集中を削ぐような真似は論外だ。 気にさせない意味でもそう言うしかなかった。
――それにクリステラはそろそろ使えなくなる。
ファティマとしても彼女を外すのは歓迎したい状況ではないが、そろそろリブリアム大陸の戦況も厳しくなってきたので戻す必要があるからだ。
タイミングは向こうの動き次第だが、場合によっては先に戻す事も視野に入れなければならない。
地上、空中とどちらも劣勢。 空中はエグリゴリシリーズの損耗もそうだが、ディープ・ワンも損傷が激しく、一体はそろそろ戦闘継続に支障がでるレベルのダメージを負っているので可能であれば一度下げて治療させる必要があった。
地上はミドガルズオルムの投入により、空中に比べるとまだマシではあったが凄まじい密度の攻撃に曝されておりそこまでの時間は稼げそうにない。
こうなる事自体は分かり切っていたが、崩れていく自軍にファティマは悔し気に歯噛みする。
――そして戦場の思惑の一切を無視し、魔剣は穴に突入。 音すらも置き去りにするような速さで飛ぶ。
目指す場所は一つ。 友の戦っている最前線だ。
これはほんの僅かな可能性の果てに立ち上がった一人の男が起こした奇跡なのかもしれなかった。
彼がこの戦いに参戦する事には様々な要因が存在している。 一つはクリステラの油断。
一つは魔剣がそこを通る瞬間、少年の展開していた
最後に魔剣の内部に存在する男を基にした無限光の英雄がいた事。
以上が魔剣サーマ・アドラメレクの起こした結果を引き寄せた要因だった。
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