第1171話 「露払」

 強いのは知っていた。 目の前の飛蝗は今の俺より遥かな高みに居る存在だ。

 それは理解していた。 だが、ここまでとは――

 拳を振るえば発生した衝撃波で次々と進路上の敵が粉々になり、四方から飛んでくる攻撃は地面を踏みつけるだけで放った敵ごと全て掻き消される。 訳が分からない。


 飛蝗は文字通り道を切り拓いて前へと進む。 魔剣による強化があるはずの俺でも着いて行くのがやっとの早さだった。 本当に訳が分からない。 一体何なんだこいつは?

 無限光の英雄は最上位個体だけあって一体一体の動きはかなりいいはずなのだが、まるで歯牙にもかけずに片付けていく。


 「この先の事だが、最初に謝っておく事がある。 多分だけど俺は最後まで一緒に行けない」

 「どういう事だ?」

 

 飛蝗は敵を薙ぎ払いながら話を始める。 敵を仕留めつつ、俺のフォローをしながら話をする余裕まであるのか。 飛蝗がいちいち敵の攻撃を掻き消しているのは身を守りながら後ろを走っている俺の防御が突破されそうになっているからだ。 つまり俺は介護されている。


 ここまで実力差があると不快にすらならない。 もうタウミエルに挑むのはこいつでもいいんじゃないかといった気持ちすら湧き上がる。 余裕があるのは迫って来る敵がその数を大きく減らしていた事も大きい。 理由は俺達の背後だ。

 

 空間に巨大な揺らぎのようなものが発生し、それに誘われるように敵の軍勢が消えていくのだ。

 何をやっているかさっぱり分からんがさっきの辺獄種が食い止めている事だけは理解できた。


 「まずはこの先の問題。 神剣を守る最終防衛線には俺の仲間の複製がいる。 俺がここに居る以上、俺のコピーはいないけど八対一だと君を守りながらでは勝てない」

 「つまりはお前と同格が居ると?」

 「あぁ、自我がない分、格はかなり落ちるけどあいつ等の力は俺が一番良く分かっている。 まともにやれば俺は負ける」

 

 おいおい、現在進行形でこれだけの強さを見せつけておいて負けるのか。

 さらっと俺を足手まとい扱いしている事にはもう突っ込まない。

 

 「それでも道を抉じ開けて足止めはできる。 どうにか突破してくれ」

 「……なるほど、話は分かった。 それで? 他にどんな問題があるんだ?」

 「後は俺の問題だな。 今の俺は無限光の英雄扱いだ。 俺も含めて連中には実体がない。 その為、長く戦ったり大技を使いすぎると体の構成が維持できずに霧散する。 長期戦にするつもりはないからこれは気にしなくてもいいけど、神剣に近づきすぎると体の制御を奪われる危険があるからその可能性を潰す意味でも俺は露払いに徹して適当な所で消えておくべきだ」


 ……確かに。


 目を凝らすと飛蝗の体から小さな光の粒が出ていた。

 恐らく魔力が漏れており、本人の言う通り先は長くなさそうだ。 敵に回られたら詰むので適当な所で使い潰せと言う事か。 それとは別に懸念もあった。


 「仮にお前が消えたとしてそのまま敵として復活する可能性は?」

 「そこは心配しなくていい。 確かに撃破した個体は時間を置けば再出現するが、最低でも数日はかかる。 俺の記憶している限りでは最短でも三日はかかった」


 ……この連中相手に三日以上も戦い続けたのか?


 事情を知れるのはありがたかったが、とんでもない事を言っているな。

 オラトリアムの総軍でも一日保つか怪しいというのにこいつ等は数日耐えたのか。

 嘘を吐く意味もないし、本人がそういうのならそうなんだろう。


 「――最後は無事に辿り着けるかだな。 今はそこまで強い敵じゃないが、そろそろきつめの奴が出て来るはずだ」

 「なるほど」


 つまりこのまま行くとどんどん敵の質が上がると。

 要は叩き落された時点で俺は詰んでいたんだな。 今の状態で殺されかけている現状を見ればどう頑張っても突破は無理だったようだ。


 ……まぁ、結果として何とかなったからよしとしよう。


 ただ、敵が強くなっている事を考えると外で囮になっている連中はそろそろ不味いかもしれんな。

 だからといって何かできる訳でもないので俺が決着をつけるまで精々粘ってくれ。




 斬る。 斬る。 斬り刻む。

 ハリシャは笑いながら敵を刻み続けているが、向上していく敵の質を前に内心でこれは良くないと思い始めていた。 パキリと嫌な音がして刀が折れる。


 ――保った方ですか。


 折れた刀を投げつけて腰の予備を抜く。 長期戦になる事は想定していたので予備は大量に用意していたのだが、もう持参した武器は手持ちの六本を除いて使い切ってしまった。

 ハリシャは困ったとは思っていたがそこまで問題にしていない。 武器がないならその辺で拾えばいい。

 

 ただ、問題は自身にあった。 敵はその強さを増し、彼女も相応の手傷を負っているからだ。

 斬撃でなく、魔法による火傷などの様々な傷が彼女の全身に刻まれている。

 彼女はレブナントとして生まれ変わり、人間から逸脱した存在ではあるが無敵ではない。


 傷を負えば再生するが相応の消耗が発生し、消耗が限度を超えるとやがて死に至る。

 騎士風の個体を袈裟に両断して仕留めるが、次の瞬間には他の個体による斬撃を貰う。

 背後からの攻撃を背の腕で受けたのだが、武器が耐えきれずに砕けて大きな傷が刻まれる。


 ゴポリと口腔内に血が溢れ、それを吐き捨てながら折れた刀で相手をお返しとばかりに滅多刺しにした。 さぁ次の獲物と狙いを定めようとすると肩や足にナイフや手裏剣のような刃物がザクザクと刺さる。

 

 「飛んでくるところが見えませんでしたが――あぁ、なるほど当たるまで見えなくなる武器ですか。 面白い」


 抜いている暇がないので追加で飛んで来た見えない刃物を叩き落すがそれで残りの刀も折れた。

 敵は次々と押し寄せる。 斬るべき対象はまだまだたくさんいるのだ。

 なのに自分の体が限界とは情けない。 彼女は体の損傷より斬れなくなる事に悲しみを覚えた。


 「あぁ、無念。 もっと斬りたかったのですが、そろそろ潮時ですか」


 周囲を見ると一緒に戦っていた仲間の数が大きく減っており、彼女は戦場で孤立しつつあった。

 味方はおらず、足は今しがたやられて上手く動かない。

 敵は間断なく攻め来る。 ハリシャは最後まで自分らしくと折れた刀を振るおうとしたが無数の魔法が彼女の少し前に降り注ぎ敵の勢いが途切れた。


 同時にゴブリンが運転する戦闘車両が荷台に積んだ銃杖を大型化した砲を撃ちながら走り回る。

 車両の一台が彼女の横で停車。 運転手のゴブリンが乗れと言わんばかりに手招き。

 それを見て彼女は笑みを浮かべる。 周囲でも同様に生き残った味方を回収する為の部隊が展開していた。


 「――まだまだ、楽しめそうですね」


 ハリシャはそう呟くと車両の荷台へと飛び乗った。

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