第1168話 「約束」
砂糖に群がる蟻の群れ、大海に溶けようとしている一欠片の氷。
今のローが陥っている状況を一言で形容するならこうだろう。
空から見れば、闇色の光が闇を薙ぎ払うといった異様な光景が広がっている。
魔剣から放たれる膨大な魔力を放つ光線は剣のように敵の軍勢を文字通りに切り裂く。
使用者であるローはこの危機に厳しいとは思いつつも焦りや動揺はなく、淡々と目の前の状況に対応する。
魔剣は彼の意志に応えてその力を開放し、敵を消し去り続けていた。
彼が一振りする度に魔剣――ゴラカブ・ゴレブから悲鳴のような軋みが広がり、その亀裂が徐々に深くなっていく。 この現象に関して彼は酷使した所為と解釈しており、その認識は正しかった。
魔剣の固有能力は魔剣の内部に堆積している怨念を燃料として駆動する。
特にゴラカブ・ゴレブは怨念をそのまま攻撃に利用しているので魔剣の中でも特に消耗が激しいのだ。
そして消耗が激しいにもかかわらず光線として発射している事でそれは加速する。
結果どうなるのか? 魔剣としての機能が維持できずに末端から崩壊するのだ。
魔剣の内部に存在する自我は自身の終わりを自覚していた。
このまま行けば消滅は免れない。 それでもその存在は足を止める事はなく、最後の最後まで憎悪を叫び続ける。
――戦え、戦え、目の前の敵を屠り続けろと。
恨む事、憎む事がその存在を構成する大部分を占めており、それを吐き出す事こそが自身が世界に在る理由。 そして吐き出し尽くして消滅する事でその役目は完了となる。
過去、全ての世界において歴代の魔剣が到達できなかった最果て。 行き場を失った全ての残滓が行きつく最後の場所だ。 だからこそ魔剣は憎悪を謳いながらもその胸中には僅かな歓喜が渦を巻く。
――あぁ、もう少し。 後少しで――
ローは手数を増やす必要があると判断し、魔剣だけではなく自身に備わっている全ての能力を惜しみなく吐き出す。 光線、雷、巨石、影、炎などのグリゴリ由来の能力を始め、魔法に権能。
思いつく限りの全てをばら撒く。 その姿は燃え尽きて地表に飛来する流れ星のようだった。
ローはこの世界で屈指の戦闘能力を誇り、全力を振り絞っている今は並の相手では近寄る事すらできないだろう。 だが、彼の相手にしている存在達はかつての世界に存在した英雄達の成れの果て。
その力は「英雄」を冠するだけあって簡単な相手ではない。 ローの周囲を制圧せんと言わんばかりの全方位にまき散らす様々な攻撃を掻い潜り、一撃、また一撃と攻撃を通す。
剣による斬撃は体に傷を刻み、槍による刺突は体に穴を空け、銃による射撃は体の一部を抉り取る。
そして飛来した一矢は体を貫いて魔法はその体を焼き焦がす。
常人なら一撃で死んでいるであろう傷を負ってもローはまったく意に介さない。
体が斬り刻まれれば即座に塞ぎ、穴が空けば即座に埋まる。
末端の欠損は補填され、魔法によって焼かれた体は瞬く間に元に戻っていく。
ローは短絡的に動く傾向にあるが何も考えられないという事はない。 完全に包囲されているこの状況でも魔法での飛行などを駆使して一歩、また一歩と目的地への距離を縮めていく。
ローはどのような悪路も簡単に踏破できる――だが、そんな彼の力を以てしても神剣までは遠い。 流石の彼もこれだけの敵を捌きながら進むのは難しかったのだ。
魔剣はその力を全開にして無限光の英雄を焼き尽くすが、消え去った以上の早さで敵が増えていく。
津波のように視界を埋め尽くす真っ黒な群れにローは絶望も恐怖もしない。
ただただ、冷静に無機質に突破の可能性を探り続ける。
彼は死を恐れてはいない。 だが、生に執着している訳でもない。
それもその筈だった。
ローと名乗る男も魔剣と同じく、自らの終わりに向かって疾走するだけの存在だからだ。
彼の目的も魔剣と同じで自らの終わりを目指す事で、あくまで生きる目的を探るのは死ねない自身と折り合いをつける為であって本質的に求めているのは終わり。 自分自身が燃え尽きる事も厭わない彼はどんな時でも前に進み、命が終わるその瞬間まで彼自身で在り続けるだろう。
だが、現実は無情だ。 彼が他者に対してそうしてきたように力が足りなければ敗北して消滅する。
明らかに彼の力はこの状況を突破するには圧倒的に足りていなかった。 その証拠に攻撃よりも防御に割く割合が大きくなり、被弾の数は徐々に増えていく。
状況は絶望的で誰が見てもこの盤面はひっくり返せない。 そう言い切れる程の圧倒的な物量と質。
それでも彼は諦めない。 どう足掻いても死ぬと確信した瞬間まで彼の意思は折れないだろう。
まだまだこの程度では終わらないと、ローは更に足を進めようとして――不意にバキリと魔剣の内部に致命的な何かが発生した。 同時に魔剣から無数の破片が飛び散り、魔力放出が一瞬途切れる。 理由はゴラカブ・ゴレブからの反応が完全に消滅したからだ。 即座に切り替えたが、発生した隙は致命的だった。 次の瞬間、無数の攻撃が彼の全身を射抜く。 足が千切れ、体のあちこちに穴が空いた。
ダメージの自己診断をする暇もなく一度崩れた均衡は戻らない。
立て直そうとするが破壊された体の損傷修復に余力を根こそぎ持って行かれ、一瞬で彼の命の火は消え去ろうとしていた。
――覚えているだろうか? 俺とした約束を。
処理が追い付かずに懐に入り込まれる。 剣で斬りかかってきた個体の斬撃を際どいところで躱し、お返しとばかりに膝を叩き込んで仕込んだドリルで風穴を空けて仕留めた。
背中に無数の銃弾や弓矢が突き刺さるが、構わずに魔剣の光線を撃ち返す。
――もしも君がどうしようもない窮地に立たされた時――
魔力を纏った斬撃が胴を薙ぎ、上半身と下半身を切り離されそうになるが強引に接合して修復し、反撃に第三形態のワームを嗾ける。
――絶望に心が折れそうになった時――
無数の槍がローの全身を貫いて大地に縫い留める。 小さく舌打ちし、
「不味いな」
思わず呟く。 少々のダメージは問題ない。
だが、動きを止められるのは致命的と言っていい程に不味かった。
的の動きが止まった事で空を覆いつくすほどの攻撃が降り注ぐ。 味方を巻き込む事すら厭わないあらゆる防御を飽和させる圧倒的な質と量を備えた攻撃。 まともに喰らえば魔剣使いといえど跡形も残らない。
それを見てローはぼんやりとあぁこれで終わりかと――
――俺は必ず駆け付けると。
彼は気が付かなかったが魔剣の攻撃が途切れた瞬間にある出来事が起こっていた。
それは今この瞬間に形を成す。 無限光の英雄――その一体がローの前に立った。
攻撃と彼の間に割り込み、まるで守るかのように。
軽鎧を纏った剣士風の姿だったが、ぐにゃりと歪むようにその姿を変化させていった。
まるで別のコピー対象へと上書きするように。 その存在は踵で地面を二度ほどタップするように踏む。 踵を起点に一度目で魔法陣が展開。
『
二度目で展開された陣は曼荼羅と呼ばれるものに似た形状を描きそして――
『<
――その力が開放された。
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