第1165話 「呑始」

 空中で凄まじい数の攻撃が飛び交っているが、地上の戦闘も同等以上に激しさを増す。

 後方で常に吐き出され続けているガブリエルの眷属や改造種達が虚無の尖兵を屠り続け、ラファエル、ウリエルの支援は戦場全体に伝播し、常に全軍を強化し続ける。


 そんな中、イフェアスは遊撃として戦場を走り回っていた。

 彼は比較的大型の個体を狙って敵の気勢を削ぐ事に専念している。

 長射程の兵器への接近はまだ難しいので、手近に居る敵を狙う。 大型個体は足を破壊し、突出した個体は頭部に一撃入れて動きを止める。


 オラトリアムの兵達は優秀なので動きを止める敵を狙わない訳がなく、瞬く間に集中攻撃を受けて消滅。

 最初はそこまで苦戦していなかった。 敵の個々の戦闘能力はそこまで高くなく、明らかに性能に頼った戦いなので撃破はそう難しくない。


 ――だが、その尋常ではない数は少々の実力差を容易に覆す。


 敵の姿は統一感が一切ない。 迫って来るのは足の速い個体で、地竜や馬のような魔物を模したものばかりだ。 そこからやや遅れて人型が続く。

 謎の騎獣に騎乗した騎兵が真っ先に突っ込んで来ていたが、これらは乗り手と同一個体扱いらしく騎獣を仕留めると纏めて消えるのだ。


 大雑把ではあるが個体のカテゴライズとその対処法が見えてくる程度には観察できているが、総数が無限なので根本的な状況打開に繋がらない。

 イフェアスは突進用の長槍を振り回している騎兵の跨っている騎獣の足を銃杖で吹き飛ばして転倒させる。

 倒れた個体は手近に居た者達がとどめを刺す。 上手に立ち回ってはいるが、状況は刻一刻と悪くなっている。


 後方の者達は敵の長距離攻撃持ちを仕留める事に集中しており、前線にまで手が回らない。

 四大天使の支援があってこの状況だ。 最大火力のミカエルの炎の剣は連射できない上、無限の衛兵を仕留めるのに使用されているので前線へ使用されることはない。


 ガブリエルの眷属による増援は送られ続けているので辛うじて支えられているが、敵の増加スピードと釣り合っていないのだ。 状況が悪くなっているが、作戦全体で見るなら好都合となる。

 この戦いはあくまでも時間稼ぎと陽動。 こちらに来れば来るほど、突入したローが楽になるからだ。


 イフェアスは空を見上げると日は完全に落ちて、月は天頂で輝いている。

 これだけ戦ってまだ半日経ったか怪しいぐらいの時間しか経過していない。

 戦い始めてから動きっぱなしだったので、恐ろしく長く感じる。 想定されている作戦期間は最長で丸一日。


 内部に突入したローとの連絡が不通となるので、その期間を過ぎるとローが敗北、または失敗したと判断され、最終プランである全員で玉砕前提の特攻を行って終了となる。

 内部の詳しい状況が不明な以上、余裕を持って一日と区切ってはいるが、実際は一日もかからないはずだと聞いている。 その点にはイフェアスも同意だった。


 彼の見立てではどれだけ長引いても朝までだろう。 それを過ぎるようなら負けはほぼ確定となり、後はそのままズルズルと押し込まれるだけになる。

 勿論、彼はローの勝利を信じているが、負けた時の事も想定しておくべきだろう。


 ――そうなれば死ぬだけなのだが……。


 盲目的に信じたいところではあったが、考えてしまうのは彼の性分だった。

 イフェアスは勢いを増す敵の軍勢を見ながら、果たして自分達は生きて朝を迎える事が出来るのだろうか?とやや悲観的に考えつつ、次の敵へと向かっていった。




 戦艦――兵器を模した個体群が現れてから戦況は一気に悪化した。

 オラトリアムの総軍はその機能と能力を最大限に発揮しているが、尚も押され始めている。

 最前線では首途の歩行要塞が様々な兵器を駆使して次々と敵艦を撃沈しているが、その巨大さ故に最も攻撃に曝されており、ダメージの蓄積が目立ってきた。


 エグリゴリシリーズも一機、また一機とその数を減らす。

 前線の機体の損耗に合わせて後方で支援している機体がプラスパーツを排除して前線に加わって穴を埋める。

 ファティマは前線の損耗に合わせて山脈で控えさせている予備戦力の投入や戦力の配分を変えたりと臨機応変に対応していくが圧倒的ともいえる戦力差を覆すのは彼女の采配を以ってしても難しかった。

  

 魔石に映されている映像を忌々し気に見つめながら指示を出す。

 彼女がいる城の外では転移によって運び込まれた怪我人の治療が行われており、研究所では損傷した機体の修復が大急ぎで進んでいた。


 運び込まれてくる負傷者が多いので早くもフル稼働だ。 

 魔法による治療は短時間で大きな怪我を癒し、研究所に用意されていた設備によって中破した機体は完全とは行かないまでも修復される。 傷を癒した者達は即座に戦場へと舞い戻り、今も戦う仲間達の下へと急ぐのだ。


 同時に遠く離れたリブリアム大陸の戦闘も非常に苦しい事になっていた。

 こちらは元々開いていたアザカルヴァーに比べて穴の拡大は遅く、未だに無限の衛兵は現れていない。

 それでも虚無の尖兵はその数と質を増やす。 聖女達もよく防いでいたが、オラトリアム程に戦力が充実していないこちらの戦力では支えきるのは厳しかった。


 防壁を突破して街に入り込む個体が徐々にその数を増し、早くも仕掛けで一掃する事に限界が見え始めていたのだ。 日枝、エルマンは指示を出しているが、軍としてはもう機能しているかも怪しい程に継戦能力を失いつつあった。


 ――これは朝まで保たんぞ。


 間違いなく人生で一番長い夜になるであろうこの瞬間を乗り切らんと弱気を捻じ伏せる。

 見ている先で次々と味方がその数を減らしているのを見て、絶望に泣き出したくなるが弱音を吐く事すら許されない彼は何の問題もないと言わんばかりに指示を出し続ける。


 地上はまだどうにでもなるが航空戦力の対処がまるで追いつかない。

 例の仕掛けを使っての処理も地上の敵には効果があるが、空中になると効き目が薄いのだ。

 その為、上空から攻撃を仕掛けて来る個体はどうにもならない。


 空からの攻撃に対しての備えは可能な限りしたのだが、不足だったと言わざるを得なかった。

 準備不足に対する無念はあったが後悔はない。 限られた時間内で持ちうる全てを注ぎ込んで備えたのだ。 後悔の入り込む余地はない。


 オラトリアムとアイオーン。

 この世界で展開されている二つの戦場に少しずつだが絶望という黒い汚濁が侵食を始めていた。

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