第1166話 「着地」
突入直後、穴の向こうに抜けた俺が最初に行った事は魔剣の確認だ。
教皇の持っていた知識によればこの空間は生命の樹と死の樹の連結部分らしく、両方の根幹に近いだけあって聖剣、魔剣の両方が完全な形で使用できるらしい。
その情報は正しく、魔剣が膨大な魔力の供給を受けている事を感じる。
現状は敵から集中して狙われる事を避ける為、鞘などで魔力の漏出を抑えて探知に引っかからないようにしていた。 この作戦の肝はとにかく速攻だ。
敵が出現する前に目的地に到達して神剣を手に入れる。 余計な戦闘は一切しない。
さっさと手に入れてさっさと帰る。 非常に分かり易く、低いが勝算もある作戦だ。
手筈通り、俺が乗っている本体以外の機体から大量の魔石がばら撒かれる。
放射状に広がった魔石はそこそこの魔力を発しながら飛んで行く。
本体の魔力を抑えつつ、同等かそれ以上の魔力量を持ったデコイを大量にばら撒いての時間稼ぎ。
上手く行けばそちらを狙うだろう。 魔力が多い物を優先的に狙うようなので、充分に囮として機能する筈だ。
目的地も遠くで小さく光っている何かが見えるのであれで間違いない。
あくまでタウミエルは機構。 機能はあっても知能はない。
結構な距離があるが、このスピードならそう時間はかからな――何だ?
魔剣から鋭い警告が脳裏に響き渡る。 ここまで明確に危険を訴えるのは初めてかもしれない。
外界に意識を集中して不意打ちに備えようとしたが、遠くで複数の気配がする。
恐らく出現した眷属だろう。 迎撃の為に生み出したにしては遠いな。
かなり距離がある。 位置的には目的地の少し手前ぐらいか。
何もない空間なので距離感が掴み辛いが、概ね間違ってはいないはずだ。
流石にこれほど離れた距離で何かをしてくるとは思えないといった俺の考えは次の瞬間に覆される。
飛んでいるミサイル――右翼側に展開した一つに何かが命中した。
銃弾か何かか? そう認識したと同時に不可視の何かが広がり、命中した機体を中心に展開していたミサイル群がごっそりと消え失せた。 まるで見えない何かに抉り取られたかのようだ。
……!?
同じタイミングで氷でできた槍のような物が無数に飛んでくる。
信じられない速さで、命中するまで飛んで来た事すら認識できなかった。
左翼側の大半が瞬く間に撃墜される。 攻撃の感じからして魔法――それもアスピザルが使っているのと同系統だろう。 だが、奴とは威力と規模、速さの桁が違っていた。
そして最後に中央――俺とその周囲に飛んでいる機体群の真上にそれが現れる。
巨大な黒い影。 恐らくは悪魔かそれに類する存在だろう。
シルエットだけでデザインの詳細は不明。 悪魔は手を持ち上げて握り潰すような動作を行う。
それを見た瞬間、俺は機体内にあったレバーを引く。
座っていた座席ごと真下へと飛ばされる。 緊急時の脱出装置だ。
落下しながら上を見上げると全てのミサイルが消えてなくなっていた。 あの悪魔らしき存在の力で捻り潰されたのだ。 何をやられたのかはさっぱり分からんが、いきなり前途が多難になった事だけは分かった。
まだまだ距離はあるんだが、これから走って行かなければならないとは困ったな。
魔石によるデコイを合わせて万単位の囮を用意したんだが、一瞬で全滅とは思わなかった。
侮っていたつもりはなかったが、こうなってしまうと見積もりが甘かったと言わざるを得んか。
……まぁ、全滅してしまったものは仕方がない。
魔剣のお陰で魔力は引き出し放題なので乗り物なしでもどうにかなるだろう。
俺は魔力にものを言わせて自己強化を行い、目標へ向けて駆け出す。 進む分には問題ないが、この先に居るであろうさっきの攻撃を仕掛けて来た連中はどうやって突破すればいいのだろうか?と首を捻る。
こちらも考えても仕方がないので、何故か追撃が来ない事を前向きに捉えるとしよう。
まぁ、予想できる理由としては距離がある上、単騎の俺を捕捉できなくなったって所か? だとしたら接近すると間違いなく仕掛けて来る。 一度見ているので対策を練る時間が出来た事がせめてもの救いか。
走り始めて少しした頃に周囲に妙な気配。 魔力の漏出を抑えているとはいえ、ゼロにはできないので排除に動くのは読めていた。
……さて、何が出て来るのか。
内部なので生産に制限が存在しない以上、出て来るのは間違いなく最上位である「無限光の英雄」だ。 こいつらに関しては情報が殆どなかったので強い事しか分からない。
現れたのは三体。 影絵のような存在だが、輪郭がはっきりしているのでどんな姿をしているのかは良く分かる。 一人は軽鎧を身に着けた男で見た限りそこまで強そうには見えないが、持っている剣が気になった。 デザインが聖剣に似ていた事もあって嫌なものを感じるな。
もう一人は無手の男で上半身は裸で、拳闘士といった風情を漂わせている。
最後の一人は普通の服を着ているように見えるが持っている獲物が問題だった。
腰のホルスターと手には古めかしいデザインのリボルバー。
拳闘士がトントンと軽く跳ねるようにジャンプをしたかと思ったら次の瞬間には目の前におり、下から掬い上げるようなアッパーを繰り出す。 速い。 印象としてはボクサーに近い動きだ。
咄嗟に魔剣で受ける。 鞘から出せないので盾代わりにと思ったが、一撃受けただけで鞘に亀裂が走っていた。 防御に使う事も視野に入れてかなり頑丈に作っていたはずなのだが一撃でこれか。 ただの打撃ではないようだ。 反撃に
リボルバー使いの攻撃で瞬時に打ち抜かれたのだ。 最後に剣使いが正面斜め上から大きく振りかぶっての振り下ろし。 攻撃動作自体は単純で読みやすいのだが、動きが良すぎるので上手く回避できないのだ。
背後に邪視による視線を出現させて拘束を試みるが、敵の持っている剣が発光して効果を弾く。
ならばと影を出現させて自分の体を覆うように防御体勢を取る。
当然のように切り裂かれるが、元々視界を塞ぐ為の壁なので問題はない。
斬撃に合わせて脇をすり抜ける。 今の応酬だけで撃破に時間がかかる相手と認識したのでいちいち相手にしていたらキリがないと判断した。 それに倒したとしても追加が湧くので足を止めるのは自殺行為だからだ。
追撃に備えて障壁を展開する。 陽炎のように俺の周囲の空間が揺らめく。
一拍遅れてリボルバー使いが連射。 即座に十二の銃弾がこちらに飛ぶ。
貫通はするだろうが軌道を逸らすぐらいはどうにか――何?
飛来した銃弾は障壁に当たる前に停止していた。 何が起こったといった疑問は不自然な軌道で地面へと飛んで行った銃弾が地中を潜って下から襲って来た事で掻き消された。
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