第1163話 「本領」

 ローの突入成功後、新たに出現した虚無の尖兵と無限の衛兵の群れが真っ直ぐにオラトリアムへと殺到する。 飛び道具は基本的に巨大な無限の衛兵の処理へ割かれていた。

 最も火力が高いミカエルが操る炎の剣とインデペンデンス・デイの兵装は威力の代償に連射が利かない。


 特に後者は一度発射すると転移させてパーツ交換とメンテナンス、最後に魔力充填が必要となるので非常に時間がかかるのだ。

 バーティカル・リミットを始めとした主力兵装群は要塞本体の内蔵魔力、砲自体に積んでいる魔石による魔力、最後に聖剣からの供給魔力を根こそぎ喰らって発射するので燃費が悪いといった次元ではない程の消耗を強いる。


 お陰でエグリゴリシリーズを始めとした他の兵器群は発射の瞬間だけ魔力供給を受けられなくなるといった重すぎるデメリットがあるのだ。 それだけの代償を支払う事で放たれる威力は正に切り札と呼べる破壊力と言えるだろう。

 

 四大天使の支援と首途の歩行要塞、そしてオラトリアムの精鋭達と背後に控える様々な兵器群。

 敵の瞬間的な生産量は聖剣が健在である以上、これで頭打ちとなる。

 抑えるだけなら問題ない。 戦場にいる者達は元々の目的である時間稼ぎは問題なく可能だろうと確信していた。


 ――それが現れるまでは。


 最初に起こった異変は無限の衛兵が出現しなくなった事だ。

 突然の変調に真っ先に警戒心を持ち上げたのはファティマだった。 基本的に敵は物を考えない機械的な存在といった認識だ。 つまり、目的に沿った合理的な行動を執る傾向にある。

 

 それを逆手に取る形で待ち構え、引き付けるといった形でこの戦場が成立しているのだ。

 一瞬、突入したローに戦力を割いたのか?とも考えたが、考え難い。

 魔剣は鞘などで可能な限りその存在を隠しているので、放出している魔力量は無視できるレベルまで落ちているはずだ。 その為、タウミエルの攻撃対象としての優先度はかなり低くなる。


 ならば何故、出て来るペースが落ちる?

 彼女の明晰な頭脳には瞬く間に複数の可能性が浮かび上がった。

 そしてその内の一つは正解となる。 あまり実現して欲しくない現実ではあったがそれは――


 「はは、見てみぃハムザ! 面白くなってきたなぁ!」

 「おぉ、これは素晴らしい!」


 最初に声を上げたのは首途とハムザだ。 出現したそれを見て二人は喜びの声を上げる。

 現れたのは無限の衛兵であり、大きさ自体は他とそう変わらない。

 ただ、他と決定的に違う点が一つだけあったのだ。


 ――数を犠牲にして質を上げる事だ。


 今までできた個体は生き物とその装飾品の再現体。 人であれば装備品まで限定的に再現されている。

 だが、今回出て来た存在はそんな生易しいものではなかった。

 最初に穴から出て来たのは巨大な先端で、どう見ても生き物の器官から逸脱したそれは紛れもなく船首・・だ。 現れたのは飛行する巨大な戦艦――それも転生者のいた世界のそれに酷似している。


 巨大な威容に凄まじい破壊力を秘めているであろう主砲に空中戦を想定している為か喫水線の下にまで砲塔が備わっていた。 どう見てもサイズが五百メートル近くあるそれは当然のように制空権を得んと空を進み、ゆっくりとその砲を首途のインデペンデンス・デイへと向ける。


 それを見て首途は獰猛に笑う。


 「なんや、やる気かい。 上等じゃぁ! やるぞハムザ! 面白くなってきたなぁ!」

 「まったくですなぁ! 規格外兵装は魔力のチャージまで少しかかるので使えませんが、内蔵武装は問題なく使えます。 返り討ちですな!」

 

 胸部装甲が次々と展開し、主砲に比べれば小型の砲が大量に顔を出す。

 同時に両肩部分のパーツが発光し、膨大な魔力が循環していく。

 

 「発射と同時にシールド展開と二番兵装の転移準備。 三十秒稼いで鼻っ面に喰らわせたるぞ!」

 

 戦艦は他からの無数の砲火に晒されているが、巨大生物を模した個体と違って装甲まで再現しているのか攻撃の通りが明らかに悪かった。 効果がない訳ではないが、ダメージをあまり受けていないのだ。

 両者の攻撃準備が完了する。


 「撃てやぁ!」


 ――発射。


 歩行要塞からの攻撃と戦艦の艦砲射撃はほぼ同時。 無数の火線は戦艦を襲い、戦艦の主砲――再現されたであろう魔力を固めた砲弾が真っ直ぐに飛んでくる。

 互いに命中。 歩行要塞による無数の砲撃は戦艦の下部装甲と砲塔をいくつか破壊し、戦艦が放った砲弾は展開された障壁を貫通して歩行要塞の巨体の一部を破壊。


 「損害軽微! 大した事はありませんなぁ!」

 「がっはっは! パチモンの癖にやるやんけ!」


 歩行要塞インデペンデンス・デイは首途の今まで得た物の集大成だ。

 その中にはエグリゴリシリーズで得たノウハウも含まれる。 砲弾は両肩の魔法陣から展開される防御障壁を貫通し、その胴体の一部を損壊させたが移植したガドリエルの固有能力を利用して自己修復を開始。

 

 戦艦は尚も砲撃を繰り返すが、砲塔の損壊に伴って攻撃の密度が低下している。

 障壁の密度を操作して砲弾を受け止めつつ、先程と同様に腕を持ち上げて構え攻撃体勢に移行。

 

 「所長、準備できました! 行けます!」

 

 突き出した腕が変形を始める。 手の平を中心に割れるように展開し、転移によって開いた部分に巨大な送風機のような物がその姿を現した。 先程の主砲発射の時と同様に魔力を充填して起動。

 ゆっくりと回転を始め瞬く間にその速度を急速に上げていく。

 

 「ぶっとべや!」


 規格外兵装二号 粉砕送風機 ツイスター。

 巨大な送風機から竜巻のようなものを発生させて対象を斬り刻む。

 テスト運用時に山が粉々になる程の破壊力を発揮したそれは凄まじく、戦艦の重装甲を突破して形状を維持できない程に破壊する。

 

 「がっはっは、見たか――と言いたいところやねんけど、ちょっと時間かかり過ぎやったなぁ」


 勝利の余韻に浸りたかったが黒い穴からは追加の戦艦が姿を現していたからだ。

 信じがたい事に形状とサイズが違う船――巡洋艦や駆逐艦らしき形状をした船が次々と出現する。

 一隻撃沈するのにもこれだけの手間がかかったのだ。 これ以上、出て来られると不味い。


 エグリゴリシリーズも戦艦群を優先して狙おうとしていたが、そうはさせてくれないようだ。

 戦艦の間を縫うように既存の個体に混ざって戦闘機――デザイン的には古い複葉機や飛行艇、様々な時代から取り寄せたかのように統一感のない機体群が出現する。


 それだけではなく流線型をした謎の飛行物体やUFOのような形状をした意味不明な軌道を描く機体。

 設計思想の段階でこの世界の物ではない鋼の異形――それを模倣した存在が姿を現すのだ。

 これこそがタウミエルの本領。 数多の世界を滅ぼし、その情報を集積して武器とする世界を滅ぼす為の装置。


 相対した者に絶望を齎す終焉――その本領となる。

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