第1162話 「内部」
発射後、インデペンデンス・デイの腕のあちこちから冷却の際に発生した蒸気が噴き出す。
排熱しつつ、焼けた砲身が転移によって姿を消す。 内蔵魔力の大半を吐き出した巨大な歩行要塞はその動きを止め、内蔵されている魔石から絞り出すように魔力を取り込んで動力を確保。 次の敵へと備えて力を蓄える。
巨大すぎる砲――バーティカル・リミットの破壊力は凄まじく、射線上の全てを悉く焼き払った。
放置しておけば追加が出現するが、今この瞬間だけは戦場に敵はほとんど存在しない。
それを見計らって山脈を中心にあちこちから巨大な筒――ミサイルを思わせる何かが転移で大量に出現。
指示を出したファティマは若干の躊躇いを見せた後、決定的な指示を下す。
「発射しなさい」
無数の筒は魔力を推進力に飛翔。 光の尾を引きながら穴へと飛んで行った。
魔力駆動推進筒 アルマゲドン。 設計当初――というより初期コンセプトはミサイルだ。
グリゴリの一件を踏まえ、他の大陸へ一方的に攻撃する為に開発された兵器だったのだが、今回は運搬と囮に使う。
今回発射された数は二千。 その全てが同じ形状と同程度の魔力放出量だ。
その内の一つにローが乗り込み。 タウミエルの本体――神剣まで飛んで行く予定となる。
今の攻撃でできた再生産までの隙を突き、鞘で魔力の漏出を抑える事で本命の位置を誤魔化す。
実際、飛翔しているミサイルの群れのどれにローが乗り込んでいるのかは分からなくなっていた。
最大限に上手く行けば内部に突入後、無傷で神剣に辿り着けはするだろうが、そこまで上手く行くとは誰も思っていない。 何故なら内部は外と違い、穴の拡大による制限がないので「無限光の英雄」が無条件で出現するからだ。
それをさせない為にオラトリアムの総軍が囮となり、内部に突入したミサイルの群れは魔石を利用したデコイを大量にばら撒いて敵の狙いを撹乱する。
まともにやっても勝てないのは目に見えているので下手に戦力を連れて行くよりは突破する事だけに全てを傾けたのだ。 どちらにしても誰を連れて行っても死ぬ事が目に見えている上、下手に聖剣使いを投入すれば奪われた際に穴の拡大を誘発するので二重の意味で随伴を付ける事が難しい。
その為、ローはサベージすらもこちら側に残したのだ。
置いて行かれる形になったサベージはジオセントルザムの王城近くに居た。 空へと飛翔する光の尾を黙って見つめ続ける。
そこにどんな感情が込められているのかは不明だが、見えなくなるまでずっと見つめ続け――完全に見えなくなった所で踵を返すと何処かへと去って行った。
魔石越しにその光景を眺めていたファティマも穴の向こうへと消えていくミサイルの群れを祈るような気持ちで見つめ続ける。 次々と呑み込まれてその姿を消して行き、全てのミサイルが消えた。
そして入れ替わるように虚無の尖兵と無限の衛兵の群れが出現。 再度侵攻を開始する。
聖剣がある以上、最優先の攻撃対象は囮であるオラトリアムの軍勢と山脈だ。
敵を引き付ければ引き付ける程にローの方へ向かう敵の数は減る。 勝利を得る為にも彼等は更なる奮起をし、首途が操る歩行要塞は敵を迎え討つべく新たな武装を展開した。
――ようやく突入か。
簡素なシートで魔石による外の映像を見つめながらローはぼんやりとそう考えた。
敵の侵攻ペースは何とか想定内に納まったが、こちらの火力も無限ではないので急いで片を付ける必要がある。 彼の目的は神剣を手に入れる事だ。
そのまま制御できるなら御の字だろうが、上手く行かなければ分離か最悪、破壊を狙う事になる。
破壊に関しては怪しいが、分離に関しては薄いが勝算があった。
全てのミサイルは彼の操る親機を中心に一定の範囲を飛ぶように速度を調整する機能が搭載されている。 正確にはローが制御用に作成した脳を埋め込んで最低限の思考能力を与えているので、命令して速度の調整を行わせているだけなのだが。
本物の脳を埋め込んで思考能力を与え、生体CPUとして利用するのは早い段階で考えられていたが外付けの思考能力ではあまり複雑な行動を取らせる事が難しかったので誰かがリアルタイムで指示を出すか減速や加速などの単純な命令だけを行う状況下での採用となった。
開発こそ間に合わなかったが将来的にはエグリゴリシリーズなどに組み込んで操縦のアシストにと考えられている。
ローを乗せたミサイルは光の尾を引きながら真っ直ぐに空を飛翔。 操縦している側としても真っ直ぐに飛ぶ以外にやる事がないのでこうしてどうでもいい事を考える余裕があったのだ。
そして先頭を飛んでいたミサイルが穴に接触し、そのまま突入。 それに続く形でローの操る本体も内部へと侵入を果たした。
「――ほぅ」
中は光すら差さないような闇なのかと彼は考えていたが、思わず声を漏らすほど幻想的な光景だった。
内部は薄っすらと明るく、明滅するようにあちこちに光の蔦のような物が見える。
日光や月光の入り込む余地のないこの空間で視界が確保できる程度に明るい理由はこれだろう。
周囲には何もなく、ただただ広大な空間が広がっていた。
どれだけ目を凝らしても果てが見えず、何もないので距離感が掴めない。
ローは一瞬、何処へ向かうべきか迷ったが、それも杞憂に終わる。
この何もない広々とした空間に一点。 異彩を放つ何かが遠くに見えた。
恐らくだがあれが目当ての神剣が存在する場所だろう。 それ以外に何も見えないのだからそうなのだろうと単純に考え、ローはそこを目指して飛翔。 これから世界で一番危険な場所へ向かうというのに彼の心は少しだけ穏やかだった。
この穴の内部――グノーシスの者達は世界の根幹と定義しているこの空間はある意味では前人未到だ。
少なくともこの世界の生き物は誰一人この空間に足を踏み入れた事がない。 そういう意味では未踏の地ではあった。 誰も見る事の出来ない幻想的な光景は少しだけ彼に新鮮さを与えたのだ。
「――そろそろか」
魔剣が危機を訴えるように明滅。 それを確認した彼は周囲へと意識を向けた。
この地に足を踏み入れた大量の異物に
排除するべく眷属を生み出す。 ただ、オラトリアムの狙い通り、最優先の目標は外にいる軍勢と聖剣だ。
その為、最小の数での迎撃を選択。 結果、神剣から少し離れた位置にそれらは出現した。
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