第1161話 「要塞」

 撃つ。 とにかく撃ち続ける。

 ディラン、アレックス達狙撃部隊は魔法で強化された視界で戦場を俯瞰し、狙うべき敵を仕留めていく。

 

 ――改めてみると凄まじい光景だな。


 そんな事を考えながら撃ち込み続ける。 実際、人外となった彼等からしても現実離れした光景だった。

 巨大な穴からドロドロと黒い汚濁のような物が流れている。

 それは洪水の類――見方によっては災害に見えるかもしれないが、悍ましさすら感じるあの闇をそう形容するには少し語弊があるかもしれない。


 様々な姿をした飛行型の群れに奥には数百メートルクラスの巨大な個体が地響きを立てて向かって来る。

 幸か不幸かまだそのサイズで飛行する個体は現れていないが恐らくは時間の問題だろう。

 教皇からの前情報はあったが、彼女自身にタウミエルとの交戦経験がないので知識だけだった。


 その為、彼女の知識にある敵の形状もあやふやなもので確定情報はそう多くはない。

 虚無の尖兵は一から百メートルと非常に幅があり、陸海空と地形を選ばない多種多様の形状をした個体の群れだ。 その為、個別に対策を練る事は難しいので、大火力で数を減らしつつ突破個体を撃破するしかない。


 問題は無限の衛兵以上だ。 こちらは最低でも百メートルクラスの巨体を誇る怪物の群れとしか伝わっていないので、詳細がほぼない状態だった。 唯一はっきりしているのは世界各地に存在した巨大生物と同等以上の巨体を誇ると言う事のみ。 そして最上位種の無限光の英雄はサイズこそ虚無の尖兵に近いが戦闘能力はその比ではない。 出現はまだ先となるが、穴の拡大が更に進めば当然のように現れるらしい。


 ――現在、穴の拡大は止まっている。

 

 それは何故か? 理由は聖剣が健在だからだ。

 世界に存在する九つの聖剣はタウミエルの侵食を防いでいる。 つまりは裏を返せば聖剣さえ健在であるなら穴の拡大は一定の所で頭打ちとなるのだ。


 第一の聖剣を除けば消滅しているのは第九のシャダイ・エルカイとリリト・キスキルのみ。

 これ以上拡大する為には聖剣の消滅が必要となる。 それを理解しているのかいないのか、タウミエルの眷属達は聖剣へと向かっていくのだ。 現在、この戦場に存在する聖剣は五本。


 一つでも奪われれば穴の拡大は更に進む事になるだろう。

 八本の聖剣が健在である今はこれ以上、同時出現量が増えることはない。

 そして敵の出現が最大になった今こそが道を切り開く好機。 ディラン達が見ている中、戦場に動きがあった。 前線が攻撃をしつつ後退を始めたのだ。


 押され始めたのか? 否、場所を空け・・・・・ているのだ・・・・・

 ミカエルの剣が戦場を一気に焼いて敵の勢いを削ぎ。 殿に残ったガブリエルの眷属が敵の前進を防ぐ。

 準備が完了したと同時に戦場に光が満ちた。 事前に地中に仕込んでいた転移魔石がその効力を発揮。

 

 対になっている存在を召喚する。

 現れたのは全長百メートルを軽く超え、無限の衛兵と比べても見劣りしない巨大な存在。

 ただ、決定的に違うのはその全てが武骨な鋼で構成されている事だろう。

 角ばった四肢と胴体。 辛うじて人型には見えるが、積み木で作ったかのような歪さがあった。


 「ひ、うひひ、ひひひひひ、待っとった。 この時を待っとったぞぉぉぉ!」


 その操縦席で首途は狂気に満ちた笑い声をあげる。

 これこそが彼が研究所という自らの城を手に入れてから長い時間をかけて作り上げた決戦兵器。


 歩行要塞インデペンデンス・デイ。

 実用性や採算の全てを無視してひたすらに予算と素材を注ぎ込んだ彼のロマンの結晶だった。 

 今までに得た全ての技術を盛り込んだそれは特定の戦局で凄まじい能力を発揮する。

 

 当然ながら欠点も多い。 いや、多すぎる。 まず、操作性が劣悪で、エグリゴリシリーズと同様の操縦システムを用いてもまともに動かないので制御端末として数百人分の脳を組み込んでおり、それらが首途と一緒に乗り込んだハムザの指示に従う形でこの巨体を操作する。


 そしてその大きすぎる巨体故に歩くだけで内部に凄まじい衝撃と振動が襲い掛かり、並の人間なら一歩歩いただけで命に係わる。 転生者である首途と耐える為に改造を受けたハムザはその肉体で欠点を強引に乗り越えた。 加えて動きも鈍重。 とどめに腕を持ち上げるだけでエグリゴリシリーズの最大火力と同等以上の魔力を持って行く劣悪過ぎる燃費と数え上げればキリがない。


 それを知った時のファティマは失敗作と断じて廃棄しろといいたくなる程だった。

 実行されなかったのは全ての費用を首途が自費で賄っていたからだ。

 誰が見ても欠陥品というであろうこの武骨な兵器はこの戦場においてその性能を最大限に見せつける。


 「一番武装、発射準備! 狙いは付けんでええのは楽でええな。 真上以外のどこを狙っても当たるわ!」

 「そうですな! 待ちきれませんぞ所長! 早く、早く発射しましょう!」


 首途が命令を下しハムザは子供のようにキラキラと輝いた眼で早く早くとせがむ。

 命令を受けた人型要塞はゆっくりと腕を持ち上げる。

 同時に胴体の一部である背面パーツが分離。 空中を浮遊して組み上がる。


 傍から見れば長方形の箱のような物を腕に乗せているように見えるだろう。

 完了と同時に先端から巨大な魔石が射出。 空中でその効果を発揮。

 空間に巨大な筒が転移されて接続。 魔法とグリゴリの固有能力――ガドリエルの精製能力で細かいパーツをその場で作成して固定。 完成したのは本体の全長と同等の長さの砲身だ。


 これこそがこの兵器の主砲。 規格外兵装一号 殲滅砲バーティカル・リミット。

 その名の通り全てを焼き尽くさんといった製作者の望みを具現化したその兵器はこの場に存在する何よりも膨大な魔力を充填。 内蔵した超巨大魔石と聖剣からの魔力供給を得て起動。


 あまりの熱と魔力に周囲の空間が歪む。

 首途は魔力の充填完了を今か今かと待ち焦がれ、完了した瞬間、即座にそのトリガーを引く。

 指向性を与えられ、解き放たれたその破壊力は文字通り大陸を揺るがした。

 

 轟音なんて表現では生温い、暴力的な何かが戦場に叩きつけられる。

 今まで見て来た天使由来の光線や魔剣の攻撃が可愛らしいと言えるレベルの巨大な熱の奔流が射線上にいた存在の悉くを消滅させた。


 数百メートルクラスの無限の衛兵ですら一瞬たりとも耐え切れずに消し飛び、虚無の尖兵に至っては余波だけで跡形もなく蒸発した。

 

 「ぎゃーっはっはっは! 見てみぃハムザ! 跡形もないぞ!」

 「ははははははははははは! 最高! 最高ですね所長! 最高の光景です! 我々の技術は世界すら焼き尽くせると証明されましたな!」


 二人は目の前に広がる光景に満足し、ひたすらに狂ったような笑い声をあげる。

 ひとしきり笑った後、首途は小さく呟いた。


 「さーて、これで道は付いたな。 後は頑張りや兄ちゃん」

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