第1156話 「壁越」

 「うわ、マジかよ。 これ、もう入られるんじゃないか?」


 北間が思わずそう呟く。 葛西も同じ感想で、内心でやや頬を引き攣らせていた。

 黒い軍勢が大地を侵食するように迫って来る光景は異様としか言えない。

 葛西に言わせればグノーシスの侵攻も大概だったが、これはそんな次元じゃなかった。


 生き物ではないとは聞いていたが、想像以上に悍ましい存在だ。

 最初は特に問題はなかった。 事前に兵器群による広範囲攻撃で敵を釘付けにする予定だったのだが――


 ――それも早々に破綻が見え始めていた。


 突っ込んで来る敵の種類と数が想定を軽く越えて来たのだ。 当然ながら空からの攻めに対する備えは怠ってはいなかったが、これはいくら何でも無理じゃないかと思ってしまう。 前線に降り注ぐ攻撃はその密度を大きく落とす。

 その理由は鳥のような形状をした個体と空から強襲している竜のような個体の群れが途切れることなく向かって来るので攻撃が上に集中してしまうのだ。 結果、地上への攻撃が薄くなる。


 「なぁ葛西。 さっきから気になってたんだが、あれって同じデザインの奴一匹も居ないよな」

 「……みたいだな」


 言われて葛西が敵へと目を凝らすと確かに全てデザインが違う。 視線を落として突っ込んでく歩兵の方も似たデザインの全身鎧こそ多いが明らかに体格や形状が違う点を見ると同一個体ではない。

 

 「無限湧きって聞いてたから同じ奴がローテ組んで来るのかって思ってたんだが……」

 「おいおい、これ全部違う奴って事か」


 確認はできていないが倒した個体は復活して突撃している軍勢の最後尾に戻るのかは不明だが、これまでの敵の変遷を見ればどんどん強くなっていっているのは明らかだ。

 

 「あぁ、これヤバいなぁ。 壁の方はしばらく保ちそうな感じだが、これ叩き落す方の処理が追いつかないぞ」

 

 北間だけでなく近くに居る者達も各々武器を握る手に力を込める。

 彼等の位置はハーキュリーズよりやや後ろとなるので出番は少し後なのだが、そんな事を言っていられる状況じゃなさそうだった。 空と最前線の防壁に注目が集まっているが、葛西の視線は遠くに向かっていた。 歩兵の侵攻を防ぐ為に進軍経路を分断したのだが、開けた大穴を埋めるように地面がせり上がってきたのだ。


 「げ、穴埋まってるぞ。 魔法か何かか? どうなってるんだ?」

 「よく見ろ。 もっとヤバいのが後ろから来てるぞ」

 「――うわ、マジかよ……」


 葛西が指差した先を見た北間が引き攣った声を上げる。

 何故なら後方から馬のような個体に騎乗した騎兵らしき者達が突っ込んで来たからだ。

 全身鎧に突進用の長槍。 馬も防具を身に着けているのか、全身鎧を身に纏ったかのようなデザインだ。

 

 当然ながら歩兵より遥かに足が速いので攻撃を次々と突破。 防壁を攻撃したり、個体によっては鉤付きのロープのような物を投げてよじ登ろうとしている。

 変化はそれだけに留まらない。 騎兵の出現に続くように今度は馬に引かれるタイプの戦車が次々と現れる。 最初は一頭引きだったが、次第に二頭引き、三頭引きと頑丈そうな個体が現れて続々と出現。


 的が大きい分、攻撃に曝されて次々と撃破されているが後続が絶える事なく現れ、先に斃れた個体は消滅するので障害物にもならない。

 

 「これ、他人事だったら凄ぇとか言って驚く所なんだろうけど、これから俺達あいつ等と戦るのか――あぁ、逃げ出してぇ……」

 

 北間の意見に全面的に同意したい所だが、逃げられない以上は現実逃避でしかない。

 振り返ると六串と為谷は無言で武器を構えており、割り切っているのか表面上は恐怖を感じているようには見えないが他の面子はそうでもなかった。


 最近、実働の訓練が形になりつつあった道橋と竹信は呼吸が荒く、持っている武器を握って自らを必死に鼓舞しているようだった。 残りのメンバーは完全に腰が引けており、一部は使えるのか怪しいレベルで怯えている。


 「あぁクソッ、そろそろ出番だ。 準備しろ!」


 葛西がそう叫ぶと同時に虚無の尖兵が数体、防壁を登り切ったのだ。

 視線を下げるとハーキュリーズ達が既に行動を開始していた。 防壁の上は人で埋まっているので戦うのなら突破してきた後になる。 そして最悪な事に敵の出現個体も更に強化されていた。

 

 戦車が多いのだが、引いている動物が象だったり馬ぐらいのサイズの虎だったりと明らかに危険そうだった。 それに加え、戦車自体もどんどん大型になり、とどめには巨大な杭――恐らく城門などを破壊する為の攻城兵器まで現れたのだ。


 巨大であればある程に動きは遅いが、耐久性に優れているのか少々の攻撃では斃れなくなった。

 そして下手に集中すると――

 竜型の一体が対空攻撃を掻い潜ってブレスを発射。 センテゴリフンクスの街へと光線が閃く。


 ――空が疎かとなる。


 


 「――このっ!」


 聖女は咄嗟に聖剣によって生み出された水銀を操作。 巨大な盾を作り出して闇色の光線を防ぐ。 かつてここで似た攻撃を受けはしたが、あれに比べると遥かに威力は低い。

 ただ、無視できるものでもないので防御に力を割く。 それが破綻の始まりだった。


 防御に処理を割くと攻撃が疎かになる。 そして攻撃が疎かになると敵に付け入る隙を与えてしまう。

 彼女がいるのは街の中心に存在する最も巨大な建物――指揮所の上だったので戦場全体を俯瞰できる。

 それにより敵の規模が見えてしまうのだ。 光線を防いでできた隙を突いて他の個体が一斉にブレスを発射。 どうにか防ごうとするが全てを防ぎきれずに数発が街へと命中し、あちこちで爆発が起こる。


 ――が、街の高層建築や兵器群は問題なく起動している。


 虚無の尖兵などの戦力群――無を冠する者達は魔力の塊で実体がない事は早い段階で掴んでいたので魔力攻撃に対する備えは徹底していた。

 建物には魔石を利用した防御機構をこれでもかと内蔵して防御力を強化。 それにより光線攻撃にも耐える事は出来ているがその耐久も無限ではない。


 ――いくら何でも数が違いすぎる!


 聖女は内心で厳しいと思いながらも聖剣を操る為に集中を切らさない。

 戦闘に関する流れはかなり細かく想定されており、様々な状況に柔軟に対応できるようにはしていた。

 振り返ると街の北側に巨大な魔法陣が出現。


 「もう使わされるのか……」


 本来ならもっと後に使う予定の仕掛けだった。 街の北側に配置した凄腕の魔法使い達、百数十名による大規模魔法。 原型は<爆発>という魔法だが、指向性と効果範囲をかなり弄っているのでもはや面影はない。 極太の真っ赤な火柱が空を一気に焼き尽くし、竜の群れを一掃。 その侵攻を一気に押し返す事となる。

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