第1157話 「物量」

  『おいおい、これ相手に籠城戦するのかよ』


 日枝は思わずそう呟いた。 戦況は今の所は膠着状態ではあるが、決して良いとは言えない。

 タウミエルの事を決して軽視しているつもりはなかった。 だが、それを差し引いても初手である程度押さえつけられる。


 ――と期待していたのだが数時間も保たなかったのは予想外だった。


 今もなお続いている砲撃は絶え間なく降り注いでおり、敵の数を減らし続けている。

 だが、敵の出現速度が攻撃を上回っているので、傍から見ると効いているように見えないのだ。

 陸と空から雪崩のように押し寄せて来る敵へと抗っているが、徐々に押し込まれており防壁も越えられ始めていた。 加えて空からの攻撃による被害が出たので、温存しておいた手札を切る必要が出る。


 百数十人規模の大魔法による攻撃は魔導書による強化も合わさって絶大な威力を誇り、空に存在する敵の悉くを焼き尽くした。 この魔法、威力はあるがかなりの集中と消耗を術者に強いるので連発ができない。

 一応、交代要員は用意しているので使おうと思えば後数発は撃てるが、それを使い切ってしまえば本当にジリ貧になる。 指揮官として完璧でなくても最善の行動を取らなくてはならない日枝とエルマンはお互いに割り振られた範囲の戦況を一瞬も見逃すまいと映像に集中していた。


 基本的に獣人と獣人語が扱える者達は日枝が、それ以外をエルマンが担当する形で指揮を執っている。

 正確には彼らを頂点として中間指揮官に連絡を取る形になるので、伝達にタイムラグが発生する事もあり判断は慎重かつ迅速に行わなければならない。


 日枝は呼吸を意識しつつとにかく集中。

 エルマンは胃痛を意識しつつ治癒魔法で誤魔化して体調から強引に目を逸らして集中。

 戦況は空からの攻撃は押し返しはしたが、追加が次々と飛んで来ていた。

 

 しかも性質の悪い事に敵がどんどん大型化していくのも不安を煽る。

 最初は一、二メートル程度で簡単に撃ち落とせるレベルだったのだが、今では五、六メートルまで大型化しており、攻撃の通りも悪く中々撃墜できなくなってきていた。


 兵器による攻撃は基本的に射線が固定されてしまうので、小回りが利く相手や高度を一気に取る相手――真上から襲ってくるタイプの敵相手にはあまり相性が良くなかった。

 それをカバーしていたのが聖女の聖剣だったが、兵器群での攻撃に耐える相手は大型なので攻撃の規模も大きい。 その為、優先的に撃墜する必要があるので自然と偏る。


 結果、討ち漏らした敵の攻撃が街を襲う事となった。 次々と光線が街に突き刺さり、あちこちで爆発が発生。 防壁を越えて来た相手の対処もあってあちこちで被害報告が噴出。


 ――これ無理なんじゃないか?


 エルマンは思わずそんな弱気な事を考えてしまう。

 あのグノーシスの大軍勢すら止めて見せた聖女の攻撃を以てしてもここまで押し込まれる。

 エルマンは敵を甘く見ていたつもりはなかったが、聖女の力を少し過信している事もあって動揺は大きい。

  

 敵は間違いなくこちらを――魔力を発している存在に襲いかかる習性があると聞いていたので人が集まっていれば間違いなく寄って来る上、聖剣が三本ある以上は他に目もくれない。

 他に魔力源を用意して囮を用意する案もあったが、時間稼ぎにすらならないと判断されて没となった。


 その判断は正しかったとエルマンは思う。 あれだけの規模の攻撃を放てる存在を前にすれば一撃で消し飛ばされるのが目に見えている。 物量はほぼ無限、質は時間経過で向上。

 戦えば戦う程に激しくなる攻勢。 とどめに一番嫌になる事実はこの時点で厳しいのに、攻め込んできているのはまだ・・虚無の尖兵アインだけなのだ。


 上位種である無限の衛兵アイン・ソフですらない。 何故、そう言い切れるのか?

 空を飛んでいる竜などがそうではないのかとは思わない。 理由は無限の衛兵は非常に分かり易く他と違うらしいからだ。

 

 『エルマン! 温存は無理だ。 タイミングを見て、街の方の仕掛けを使うぞ!』

 

 日枝の言葉にエルマンは頷く。 言葉は完全に理解していないが何を言っているかは何となく分かる。

 ちょうどエルマンも同じ提案をしようとしていたので、日枝の判断の早さを頼もしく感じながらも部下に指示を出す。


 


 全身鎧を身に着けたようなデザインの虚無の尖兵の首が飛ぶ。

 それでも即死はせずに尚も動こうとするので胴体を袈裟に両断。 それにより消滅する。

 ハーキュリーズは聖剣を片手に街に侵入した敵を仕留めて回っていたが、早々に破綻の二文字が脳裏を過ぎる。 加えて、敵は魔力に群がる事もあって聖剣というこの街で最上位の魔力源があるので、敵は走り回らなくても自然と彼に寄って来るのだ。


 「人型に囚われ過ぎか」


 思わずそう呟く。

 人の形をしているので無意識に人体の急所を狙ってしまうが、形状を維持できなくなるレベルまで破壊しないと撃破できない。


 ――所詮は霧や霞の類か。


 事前に貰っていた前情報の通り、虚無の尖兵は動きこそ鋭いが攻撃自体は単調。

 弱い個体なら一度、やや手強い個体なら二、三打ち合えば目が慣れるので撃破はそう難しくない。

 数が多すぎる事に目を瞑れば簡単な相手とも言える。


 ハーキュリーズの持つ聖剣ガリズ・ヨッドは使用者の感覚を強化する。 個人戦においては聖剣の中では屈指の能力を誇る。 加えて彼の技量も高く、その戦闘能力は世界屈指といえるだろう。

 妙に湾曲した刃を持った相手を切り伏せ、弓矢を構えた敵へ一気に間合いを詰めて両断。


 自分が動けば動く程、敵を引っ張れるのでこの戦場においての役割は大きい。

 彼が下がれば敵も追いかけて来る。 基本的に虚無の尖兵には思考能力は存在せずに残滓のような戦闘技能を振るう人形に近いので、このような釣り出しはかなり有効だ。


 開けた道に出て真っ直ぐに走り、半ばに来た所で左右の建物の窓から魔法や弓矢が襲いかかって虚無の尖兵を跡形もなく吹き飛ばす。 目の前の敵が居なくなった所でハーキュリーズは前線――防壁の近くへ戻って戦い、敵を引き付けて罠にかけて一掃。


 馬鹿正直に追いかけて来る習性を利用した罠だが、回数を繰り返す度に敵の数が増えているので厳しいと思いつつも今の自分にできる事はそれだけなので勝利を信じて戦う事しかできない。

 ハーキュリーズは思考の一部――先の事を考えないようにしつつ聖剣を握る手に力を込めた。

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