第1155話 「這寄」

 「思ったより侵攻が早いな」


 凄まじい攻撃に曝されながらもそれを突破して来る虚無の尖兵の群れにハーキュリーズはそう呟く。

 最大限、上手く行けばあの状態で半日は稼ぎたいとエルマンは言っていたが、ここまで簡単に突破されているようでは取り付かれるのは時間の問題だ。 センテゴリフンクスの南側には分厚い壁と巨大な門が新造されている。 材質はタイタン鋼という世界最高峰の硬さを誇っている代物で、聖剣でも持ち出さないと破壊に時間がかかるはずなので突破するには登る方が早い。


 当然ながら想定はされているので登ってきた瞬間に上で控えている者達に叩き落される事になる。

 それも対処できる数であればだ。 ハーキュリーズとその部下達が居るのは少し高い場所で街の南側を見れる位置だった。


 腰の聖剣は危機を訴え続けており、一目で危険な相手と分かる――というよりあれ相手に斬り込む事をあまり考えたくない。 ハーキュリーズは聖剣の特性上、一対一には滅法強いが相手の数が多すぎる場合は捌き切れずに処理に困る事になる。 権能で補ってはいるが限度はあるので、彼としては敵に囲まれる状況は余り歓迎したくない。


 元同僚のラディータがこういった戦いを得意としていたが、恐らくこの世にはいないのでただのない物ねだりにしかならなかった。

 ハーキュリーズの視線の先では虚無の尖兵の群れが薙ぎ払われながらも徐々に近づいて来る光景が広がっている。 死どころか恐怖すら抱かないその軍勢の姿は異様な程の不気味さを放っており、彼の見ている先で無人の砦が呑み込まれ瞬く間に破壊されており周囲の恐怖を煽る事に一役買っていた。

 

 突破した個体群も聖女の攻撃の前に次々と斃れて行くが、後から後から湧き出してくる。

 事前に聞かされていた通り、本当にこれは終わるのかといった恐ろしさすら感じるほどだ。

 戦況に変化があったのはしばらくしてからだった。 現れる敵に変化が現れたのだ。

 

 最初は人型に武器を持っているだけの人形じみたお粗末なデザインだったが、突破してくる個体の形状に変化が現れる。 鎧のような防具を身に着けた個体だけでなく体格にまで変化が及ぶ。

 そして最大の変化は人型だけではなくなってきたのだ。 ゴブリンやオークのような亜人種に馬や地竜のような魔物の姿をした個体も発生。  


 特に後者の人型を完全に逸脱した個体は足が速いものが多く、攻撃を掻い潜る割合が増加したのだ。

 聖女も危機感を覚えたのか攻撃の密度を上げて接近を拒もうとするが、文字通り人間離れした挙動をする虚無の尖兵の群は一気に距離を詰めて――遂に壁への接触を果たした。


 不幸中の幸いなのは人型ではないので、壁をよじ登る事が難しかった事だろう。

 突破しようと攻撃を繰り返すが、タイタン鋼製の壁は簡単に傷つかない。 その間に上へ居た者達が魔法や弓矢、投石で取り付いて来た個体を撃破。 即座に侵入の可能性を潰す。


 ――不味いな。


 ハーキュリーズは自分達の出番がそう遠くない事を察し始めていた。

 想定よりも早すぎる。 半日どころかまだ日も落ち切っていないのだ。

 ここまで早いと下手をすれば生きて朝を迎える事すら怪しい。 それに人型を逸脱しているのなら――


 「あぁ、クソッ悪い予感ばかり当たる」


 思わず呟きが漏れる。


 ――飛行できる個体が現れてもおかしくない。


 彼の予想は正しく、巨大な鳥のような個体だけでなく竜に近い形状をした大型の個体まで現れ始めたのだ。 鳥は一メートルあるかないか。 竜は全長一~三メートル程度の大きさで、最初に出て来た個体群より大きいのは開いた穴が広がっているからだろう。 造形に変化が出てきているのも同じ理由と考えられる。

 

 そして性質の悪い事に形状毎に動きが大きく異なる点だ。

 鳥型は空中から真っ直ぐに襲いかかる軌道。 竜型は真っ直ぐに急上昇して放物線を描く軌道で上からの強襲を狙う。 これは狙ってやっているのではなく形状に適した攻撃行動を取っているのだとハーキュリーズは考える。 それが正しいのなら竜の動きはかなり不味い。


 考えを証明するように竜型の群は一斉に大きく仰け反り、口腔内に魔力が収束していく。

 ドラゴン・ブレスだ。 竜はあまり出現が確認されない希少種ではあるが、その脅威は広く知れ渡っている。 理由は現れた際に発生する被害が大きすぎるからだ。


 竜の吐息は炎ではなく、魔力を収束させた光線として地上を薙ぎ払う。

 

 ――が、この戦いの指揮を執っている者達からすれば想定の範囲内だ。


 上からの攻撃に対する備えとして配置された兵器群が起動し、即座に迎撃に入る。

 同時に聖女も攻撃の一部を上へと割り振って対処。 狙いは羽。 撃破ではなく撃墜を意識した攻撃だ。

 攻城兵器の攻撃に曝された竜型の虚無の尖兵は次々と撃破されて霧散するか、聖女の攻撃を受けて墜落し、地面に叩きつけられやはり消滅する。


 敵の出鼻を挫く形の見事な迎撃にあちこちで歓声が上がるが、ハーキュリーズは内心で冷たい汗を掻く。 竜型は火力はあるが動きが遅いので迎撃が比較的ではあるが容易。

 問題は鳥型の方だ。 こちらは純粋に動きが速く、真っ直ぐに突っ込んで来るので迎撃が難しい。

 

 こちらは小型なので弓矢や魔法などの個人レベルの火力で対処は可能だが数が多すぎる。

 聖女もそちらに攻撃を割り振る事になるのだ。 するとどうなる?

 地上への攻撃密度が低下するのだ。 それにより壁に取り付く個体が一気に増加。


 ただでさえ、突破してくる敵の質と数が跳ね上がっているにもかかわらず攻撃を散らせばこうなるのは当然だった。 当然ながら兵器群による攻撃は継続しており、衰えはない。

 魔物型ではなく人型も壁に取り付き始める。


 ――あぁ、これは使わされるな。


 ハーキュリーズは沈みかけている日を見つめて苦い表情を浮かべる。

 少し遅れて爆発音。 街へ向かって来る虚無の尖兵の足元が爆発し、巨大な亀裂が地面に発生。

 次々と軍勢を呑み込んでいくが後続は飛び越えるか迂回する事で対処。

 

 事前に仕掛けていた罠だったが、もう使わされてしまった。

 迂回経路も同様に爆発し、巨大な亀裂が発生し敵を呑み込んでいく。 分かり易く移動経路を断絶させる事で侵攻を遅らせつつ、敵を消し飛ばす罠で攻撃を突破した敵が一定数を上回ったら使用する予定だった。


 最初から穴を空けておく案もあったが、敵にどこまでの知能があるかが不明な以上は罠として設置する方が安全と結論が出たのだ。 これである程度の時間は稼げ――


 「――なさそうだな」


 仕掛けた罠に対して敵が取った行動にハーキュリーズは小さく呟いた。

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