第1154話 「闇溢」

 ……あぁ、遂にこの日が来ちまったか。


 俺――エルマンは小さく溜息を吐く。 場所はセンテゴリフンクス内の指揮所。

 その建物の屋上だ。 日が沈みかけていたので夕日が少し眩しいそこに居るのは俺ともう一人――

 

 「ではエルマン聖堂騎士。 行ってきます」

 「あぁ、お前なら大丈夫だとは思うが死ぬんじゃないぞ」

 

 ――クリステラは大きく頷くと持たされた転移魔石を起動。

 その姿が消失し、代わりに対になっている大振りな魔石が現れた。 俺はそれを拾い上げると懐に入れて建物の中へ戻る。


 ……これで始まる前にやるべき事は終わった。


 後はこの先の展開――俺達がどこまで粘れるかにかかっている。

 布陣は済んでいるので、後は敵が出て来るのを待つだけだ。

 何かの間違いで来なくならないかなと現実逃避をしているが、そんな事にはならないんだろうなぁ畜生。


 あちこちの建物の屋上に設置された巨大な射出兵器が次々と起動。 指揮所に戻った頃には一声かければ即座に攻撃が始まる状態になっていた。

 指揮所内部――部屋の中央には巨大な魔石があり、外の様子が映し出されているのをヒエダは黙って眺め、映し出された外の様子へ視線を注いでいる。 俺も用意された席に着いた。

 

 『そろそろらしいぞ』


 通訳がヒエダの言葉を訳す。 そしてその言葉を証明するかのように映し出された風景に変化が現れる。

 街の南側――かつてフシャクシャスラからの侵攻があった位置の空間が捻じれたように歪む。

 以前なら辺獄の風景が侵食する形で現れたらしいが今回は違った。 歪みを起点にまるで何かで塗り潰されたかのように闇が広がる。


 今は夕刻で沈みかけた太陽による光が当たってはいるが、闇は光を拒むように何も見通せない。

 

 『来るぞ!』

 

 ヒエダが鋭い声を上げたと同時に闇から爆発するように何かが噴出した。 大量の何かではあるが密度が濃すぎて塊にしか見えない。 目を凝らすとのっぺりとした出来の悪い人型の人形のような存在が大量に突っ込んで来ているのが分かる。

 

 ……あれが噂の「虚無の尖兵アイン」か。

 

 造形は似たり寄ったりだが、様々な武器のような物を手にしており、人間離れした速さでセンテゴリフンクスへと殺到していた。 出現と同時に攻撃命令が発せられ、一斉攻撃が開始。

 魔法、弓矢、巨大な石。 そして聖女による水銀と銅の武具による飽和攻撃。 同時に進路上に配置された無人の砦に設置された兵器群が起動して攻撃を開始する。


 凄まじい数と密度の攻撃が大地に降り注ぎ――爆発。

 こうしてセンテゴリフンクスでの戦いは幕を開けた。


 ……あぁ、クソ。 始まっちまった。


 何とか乗り切れますようにと俺は祈るような気持ちでその光景を見つめ続ける。   

  



 戦闘の序盤はほぼ想定通りの内容だった。

 現れた虚無の尖兵アインの群れを遠距離攻撃で薙ぎ払う。 とにかく攻撃を続けて近寄らせないのが彼等に徹底された指示だった。

 

 圧倒的とも言える攻撃に曝され虚無の尖兵アインが次々と消滅していく。

 

 「近寄らせるな! 撃って撃って撃ちまくれ!」


 街のあちこちでそんな声が響き渡る。 射出兵器を操作している者達は一刻も早く次を撃ちだす事しか考えておらず、急かされなくても全力で攻撃を繰り返す。

 彼らも理解していたのだ。 あの影を近寄らせると恐ろしい事になると。


 距離があるので最低限の冷静さを保ってはいるが、その表情は恐怖に引き攣っていた。

 それでも彼らは恐怖に支配はされない。 今の彼らには分かり易い希望があったからだ。

 水銀の槍が虚無の尖兵アインを貫き、銅の剣が切り裂く。 全体の攻撃の一部を担っている彼女の姿は全軍の士気を上げるのに一役買っている。

  

 ――聖女が居れば何とかなるのではないか?


 そう思わせるだけでも彼女の存在は大きい。 高密度の攻撃で着弾地点には凄まじい量の粉塵が舞っており、視界は利き辛い。 だが、来ている事ははっきりしているので、無理に狙いを付ける必要はなかった。

 そんな中、人々の期待を一身に背負っている聖女は内心で不味いと危機感を抱いていた。


 聖剣が危機を訴え続け、敵の接近を常に警告し続けているのだ。

 そしてそれを証明するかのように戦場に変化が訪れる。 粉塵を突っ切って敵の姿が現れた。

 攻撃は出現地点を中心に広い範囲で撒いているのだが、それを突破して進んできているのだ。


 突破した先頭の虚無の尖兵アイン達は武器を片手に真っ直ぐに突っ込む。

 大型の兵器群は威力がある分、発射角度を簡単に変えられない。

 つまりはある程度近づかれると直接当てられなくなるのだ。 そこで出番なのは杖などで武装した魔法を扱える者達だ。 大軍勢を止める事は難しいが取りこぼしを仕留めるぐらいなら問題はない。


 聖女も突破して来た個体を優先して攻撃を仕掛けている。

 不味いと思っているのはもう兵器による攻撃を掻い潜った個体が存在する事だった。

 この攻撃密度なら半日は釘付けにできると期待されていたが、始まってそう時間も経っていない内に距離の三割近くを踏破されているのだ。 この調子だと取り付かれるまでそう時間はかからない。


 「これは思ったよりも厳しいかも……」


 思わず口の中で呟く。

 攻撃は通用している。 だが、一部個体は飛んで来た魔法や聖剣から生み出された武具を叩き落しているのだ。 大抵の個体は一つか二つ迎撃すればそのまま捌き切れずに貫かれて撃破できるが、それが積み重なれば前に斃れた個体より一歩前へ出られる。


 それを繰り返す事で徐々に距離を詰めて来ているのだ。 グノーシスとの戦いも前衛を犠牲にする形で前に進んでいたが虚無の尖兵アインは死への恐怖や躊躇が存在しないので踏み込む足は速い。

 

 ――いや、速すぎる。


 聖女は狙いを変える。 無理に撃破を狙わずに足を止める事に集中。

 水銀の板を大量に生み出して虚無の尖兵アインの鼻先に障害物として突き立てる。

 攻撃に対しての反応は良かったが、障害物に対する反応は薄い。 壁にぶち当たって動きが止まり、抉れた地面に足を取られて転倒する。


 そこを狙って攻撃が飛ぶ。 虚無の尖兵アインの耐久性はそう高くない。

 魔法なら数発喰らえば消し飛ぶがいくらなんでも多すぎる。

 今の所はどうにかなっているが、白兵戦になるまでそう遠くないだろう。


 聖女はちらりと視線を落とすとハーキュリーズを筆頭にグノーシスの生き残りや獣人、転生者などの白兵戦に長けた者達が出番を待っている。 本来ならもっと後になる筈の出番をだ。

 ハーキュリーズ達も出番が近いのを察しているのか既に戦闘体勢に入っていた。


 突破されてしまえば遮るように聳え立っている壁に取りつかれ、壁を越えられればそのまま街の中での乱戦だ。 そこまで進んでしまうと個々人でどうにか切り抜けなければならない。

 早々に破綻の見え始めた現在の膠着に聖女は歯噛みしつつ、聖剣を振るい続ける。

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