第1153話 「進前」

 「あー、相手まだ出て来てねぇのにマジで逃げ出してぇ……」

 「言うのは良いが周りから嫌な顔されたくないなら愚痴るのは日本語にしておけよ」


 そう呟いたのは北間だ。 葛西は内心で同意こそしているが、立場もあるので同調はできない。

 彼らが居るのはセンテゴリフンクスの南側。 彼等の出番は街に入られた後になる。

 アイオーン教団所属の異邦人は全員既に現場入りしていた。


 何をやるかは聞かされているので彼の中には不安しかない状態だ。

 特に詳細を聞かされている葛西達からすればこんな戦場に放り込まれるのは是非とも御免被りたいたところだった。


 ――が、そうもいかない所が宮仕えの悲しい所だ。


 「戦力の大半を連れて行くとかでウルスラグナはほぼ空にするらしいからな。 俺達だけ免除は通らない」

 「いや、まぁ、分かってはいるんだけど、行ける面子は全員ってのはなぁ……」


 北間の歯切れの悪さに葛西はあぁと察する。 ジャスミナも来ている事を気にしているのだろう。

 彼女は完全な非戦闘員だ。 戦力にならないのなら連れて来る必要はないと言いたいのだ。

 最終的に頷いたのはジャスミナ本人だが、明らかに断れる雰囲気ではなかった。


 彼女は捕虜から脱して事務員として所属している事になっているが、完全に信用はされていない。

 その為、適当に理由を付けて連れて来られたのだ。 エルマンの苦労を知っている葛西からすれば無理のない話だと思っているのでどちらの気持ちも理解できる。


 ――いい機会だから聞いてみるか?


 以前にからかって以来、聞く機会を逸してしまったので知っておきたかったのだ。


 「なぁ、結局、お前はジャスミナをどう思ってるんだ?」

 

 聞くと北間は黙り込む。 それを見て葛西は一瞬、地雷を踏んだかと謝ろうとしたが感じから少し違うようだ。 言葉を選ぶように考え込んでいるようだった。


 「俺があいつに惚れてるとか思ってる感じか?」

 「いや、そこまでは思ってないが……」

 「この街の外で三波さんは死んだ。 助けられる位置にいたのは俺だけ、そんな状況で死んだのを指を銜えてみていたのも俺だ。 ――今でも夢に見るよ。 三波さんが訳の分からない木の枝みたいなのに貫かれて死んじまったのを。 俺がもうちょっと訓練に力を入れていたらこんな事にはならなかったのかなってな」

 「行けって言ったのは俺だ。 お前と三波さん――転生者なら大抵の事ならどうにでもなるって高を括っていた俺の所為だ。 加々良さんが死んだのを知ってるのに何でそんな軽く考えちまったんだろうな」


 聖女の護衛で誰かしら送らなければならなかったので死んだのが三波だっただけで面子が違えば他が死んでいたのかもしれないと葛西は考えていた。

 北間の能力を軽く見ているつもりはないが、あの場に居たのが自分であったならここまで気に病む事はなかったのではないかと後悔していた。


 そうなれば北間は腐ったままかもしれないが、ここまで心に深い傷を負うことはなかったはずだ。

 今の北間は頼りになり、自分の後を任せてもいいぐらいに信頼していた。

 代償が三波の死だったのはまったく想定していなかったが。 だからこそ彼女の死の責任は自分にあると葛西は何度も伝えていたのだが、割り切る事はできないようだった。

 

 「そう言ってくれるのはありがたいが、聖女さんの護衛に二人出さなきゃダメだったんだろ? 為谷さんや六串むっさんはヒッキー共が使い物にならなかったから動かせない。 お前はトップなんだから気軽に行ける訳がねぇ。 そうなると残りは俺と三波さんだ。 つまりはどう転んでもこうなってた。 結局、俺の力不足って結論になる」


 葛西はいや、だからと否定しかけたが、今の北間は何を言っても納得しないので言葉を呑み込む。

 

 「ジャスミナに三波さんを重ねているってのは自分でも理解してる。 こんな俺でも誰かを助けられるかもって考えると少しだけ気持ちが楽になるんだ。 一応、見た感じはあいつの為に動いてるように見えるかもしれねぇけど、実際は俺自身の為にやってるだけだ。 ジャスミナも全部じゃないけど察してるみたいだし、今の所はどう頑張ったって付き合うような関係にはなれっこねぇよ」

 「お前はそれでいいのか?」

 「まぁ、まともな関係じゃないから良くないとは思ってる。 いや、別にジャスミナが好みじゃないとかそんな話じゃないぞ? あいつって普通に良い女だからな? それにほら、俺達って見た目的にアレだろ? どっちにしろ無理だろって考えちまうからその辺でもブレーキがかかるのかね?」

 「あぁ、それはあるかもな」


 今となっては当たり前となりつつあるが転生者は異形の存在だ。

 人と異なる姿を受け入れられる存在はそう多くない。 葛西もいつも行っている店にいる娘――ミーナに素顔を見せればどうなるのかを想像すると不安な気持ちになる。 北間は苦笑。


 「ずっと続く訳じゃないとは思うぜ? ジャスミナに好きな奴が出来たならこの関係も終わるんじゃないか?」 

 「……いいのか?」

 「良いも悪いもない。 ジャスミナと疎遠になれば俺は思いっきり落ち込むとは思うが、元気になったあいつを見たら俺はあいつを救えたんだって思える。 だから、そうなったら酒を浴びる程飲んでぐっすり寝るよ。 目が覚めたらちょっと寂しくなった後、前に進めるような気がする」

 「変わったなお前」

 「どうだろうな。 自分じゃ分からねーよ」


 葛西から見ても北間は短い期間――このセンテゴリフンクスへ行っていた間に大きく変わった。

 まるで別人だ。 それに引き換え自分はどうなんだろうなと葛西は自嘲する。

 人に偉そうに指示を出す事だけ達者になった自負はあるが、それ以外はどうだろうか?


 そう考えると置いて行かれたような気持ちになった。 葛西は北間を眩しそうに見つめた後、彼の言葉の矛盾にも気が付いていた。


 ――結局、気があるんじゃないか。


 「だったら告白とかしてみたらどうだ?」

 「は? おいおい、お前俺の話を聞いてたのか?」

 「聞いてた。 だから言ってるんだよ。 ジャスミナに彼氏ができたらって話をするんならそれがお前でもいいじゃないか」

 

 北間は咄嗟に反論できずに黙り込む。 怒っている訳でもないが複雑そうにしていた。


 「……そう、か。 だったらこの戦いが終わったらいっちょやってみるか?」

 「何かこれから死にそうな奴が言いそうなセリフだな」

 「おいおい、お前から振った話だろうが! 死亡フラグ建てるの止めろよ!」

 

 二人はそう言って笑う。 今更逃げる事も出来ないので後は乗り切るだけだった。

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