第1148話 「愛情」
――待ちきれんぞ! なぁ、ヴェル坊!
――あぁ、そうかよ。 そりゃよかったな。
通信魔石を使って首途と会話しているヴェルテクスは面倒な絡み方をしやがってと若干、苛つきながらも興奮している父親をクールダウンさせる意味もあって聞かざるを得なかった。
彼の現在地は山脈の南側――前線に近い位置だ。 役目は他の聖剣使いと同様に戦場への魔力供給となる。
他と同様に比較的ではあるが安全な配置だった。 そして話している首途の配置なのだが――
――お前が乗り込む必要があったのか?
――あったり前やろうが、儂の最高傑作やぞ! 一番いい席で見んでどうすんねん。
――空から記録映像でも撮れ。
――冗談言うなや、ついでに兄ちゃんがタウミエルとかいう化け物を始末して帰って来る所も見いひんとあかんしな!
何を言っても無駄と理解はしていたが言わずにはいられなかった。
首途は本来なら安全な研究所に引っ込んでいる予定だったのだが、何を血迷ったのか地下で完成された決戦兵器に乗り込んで最前線で戦うと言いだしたのだ。
投入はタイミングを見てとなっているので即座に危険とはならないが、最終的には最も危険な配置となる。 首途の作った兵器がどんな物かをヴェルテクスも知っていたので並の相手――グノーシスと同等程度の相手ならここまでは言わなかったが、今回ばかりは相手が悪い。
恐らく危険になっても逃げない――いや、撃破される状況になれば逃げられないだろう。
だからこそ不要なリスクは冒して欲しくなかったのだ。
当の首途は子供のようにキラキラした目でタウミエルが早く来ないかと待っている状況を見れば身内なのに狂ってるなと擁護のしようがない。
結局の所、死なせない為にも自分がベストを尽くすしかないのだ。
ヴェルテクスはそう結論付けると内心で小さく溜息を吐く。
――止めても聞かねぇだろうが、最低限指示には従え。 独断専行は絶対にするなよ。
――そこは心配ない。 兄ちゃんの面子を潰す訳にはいかんからな。 呼ばれるまでは大人しくしとる。
本当かよと言いたかったがもう自分に止められる段階になかったので首途の自制心を信じるしかなかった。
ヴェルテクス。 彼が生まれた時から持っていたのはその名前だけだった。
実の父親も母親も顔を知らない――正確には思い出せない。 気が付けば子供の頃から独りきりで生きており、捨てられた事だけは理解していた。
最初は魔物の目を盗んでその辺の虫や野草、木の実などを食って生きていたが、成長に合わせて食っていく事が難しくなってくる。 そうなると取れる選択肢はそう多くない。
人里へ下りるのだ。 彼の居た位置はウルスラグナの外れ――東の未開拓領域。
当時、その近辺の治安は最悪で領主は税収にならない者達や犯罪を減らす事より、採算が見込めるものに投資する事を選んだようだ。 それに東側はユルシュルという大きな領により支配されており、そこへの賄賂も必要だったので東側の領は王国全体で見ても裕福とは言えなかった。
治安の悪化により、弱者は容易く尊厳を、命を奪われる。 幼い頃から聡いヴェルテクスは子供心にここに居たら死ぬと感じていたのだろう。 早い段階で人里から離れて生きる事を選んだのだ。
子供が一人で生きていくにはこの世界は厳しすぎた。 それでも彼は日々を必死に生きていたのだが――ある日に限界は訪れる。 彼は空腹に耐えきれずに倒れたのだ。
結局、人里には下りなかった。 彼にとって人間は魔物以上に恐ろしい存在だったからだ。
生きる事しか考えられず、常に空腹と命の危険に怯える毎日。 この絶望を形にしたような日々から解放されたい。 彼の胸にはそんな願いだけがあった。
それも終わる――ヴェルテクスは自らの終わりを意識した時、見た事もない異形が彼を覗き込んでいたのだ。 明らかに人間とは異なるが魔物でもない理解を越えた存在。
それが後に父親となる首途との出会いだった。 最初は言葉が通じずに意思疎通が全く取れなかったが、身振り手振りでお互いが敵ではないと理解した二人は助け合って生きる事を選択。
転生者である首途の戦闘能力は非常に高く。 魔物を仕留める事も容易となった。
地理を熟知したヴェルテクスが獲物を探し、首途が仕留める。 そして得た肉は二人で分け合う。
共に過ごす日々が数か月を過ぎた所で首途が言葉を覚え始め、会話も成立した所で少しずつだがお互いの事情が見えて来た。
最初に彼らが行った事はこの世界での立ち位置を得る事だ。 異形の首途とまだ子供のヴェルテクス。
そんな二人にこの世界が優しい訳がない。 何らかの形で悪意として襲って来るだろう。
だからこそヴェルテクスは冒険者になる事を選んだのだ。 その頃にはヴェルテクスは首途の事を信頼し、首途もヴェルテクスを信頼していた。
最初はヴェルテクスが請けた依頼を二人で達成し、報酬を受け取り等級を上げる事を目指す。
特に討伐依頼を受注できるようになった後は首途の戦闘能力もあって驚く程、スムーズに事は進んだ。
――が、世の中には出る杭は打たれるという言葉ある。 成功者は目立ち、妬まれるのは世の常だ。
首途の存在が知られてしまったのだ。 相手は偶に組んで依頼をこなす冒険者。
ヴェルテクス達のおこぼれで糊口を凌いでいた底辺の男だった。
男は首途の存在を知り、ヴェルテクスの弱みを発見。 当初は穏便に済ませようとヴェルテクスは金を掴ませて口を塞ごうとしたが、一度でも譲歩すれば相手はどこまでも付け込んで来る。
この金で見た事は忘れると約束したにもかかわらず男は再度金銭を要求して来たのだ。
ヴェルテクスはやはり人間は信用できないと人の悪意を再確認し、その日初めての殺人を行った。
首途をダシにされた事は彼にとっても驚く程不快だったので、脅迫して来た男は生まれて来た事を後悔するぐらいに徹底的に痛めつけて殺した。
その後、様子がおかしかった事を看破され事情を知る事になった首途は自分は一人でも大丈夫だと言いかけたが、ヴェルテクスにはそれだけは許容できなかった。
彼にとって信用できる人間は首途だけなのだ。 失う事は考えられなかった。
そして同時に首途はヴェルテクスの命を救った恩人であり、様々な事を――家族の温かさを教えてくれた
戦闘能力はあるが世界の悪意に晒されれば容易く死んでしまうであろう父親を守れるのは自分しかいない。 これこそが彼が力を求める事になった原点であり、世界で唯一の家族へ向ける愛情だった。
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