第1147話 「尊時」

 「まだ出て来てないのに危ない気配が凄いんだけど……」

 「そうね。 聖剣も危険を訴えているわ」


 アスピザルはそう呟き、夜ノ森はそれに同意する。

 二人が居る場所は後方――山脈の中だ。 夜ノ森はここで聖剣から魔力を吐き出し続け、戦線を維持する事に注力する。 周囲には首途が開発したエル・ザドキの機能を模倣、拡張する為の装置が埋設されており、ここで発生した魔力は全て吸収されて戦場に分配される。


 他の聖剣使い――ヴェルテクスと弘原海も同じ装置が配置された場所で待機となっていた。

 ただ、アスピザルは前線送りとなっているのでこの後、配置につく事となる。

 最後に話をしておこうと思い、こうして二人の時間を持つ事にしたのだ。


 「何だかんだとここまで来たけど、多分これを越えたらずっとって訳じゃないだろうけどしばらくは安心だし頑張ろう」

 「そうね。 前に出ないから私は比較的安全だけど前線に出るんでしょ? 大丈夫?」

 「後ろからチクチク削るだけだから前衛が崩壊しない限りは大丈夫かな」


 裏を返せば前線が突破されれば真っ先に危険に晒されるという事だ。 

 夜ノ森の言いたい事を察したのかアスピザルは肩を竦めて見せる。


 「そこは気にしなくてもいいよ。 多分だけど山脈まで攻め込まれるようならもう負けまで秒読みだ。 そうなったら終わりだよ」

 「……そう、ね。 後は彼に託すことになるのだろうけど……。 本当に大丈夫なの? 寧ろ神剣攻略に戦力を割いた方が――」

 「その話も結構出たし、ファティマさんも言ったらしいよ? ただ、例の最上位の「無限光の英雄アイン・ソフ・オウル」って呼称されているのは戦って勝てる相手じゃないみたいだから無駄死にさせるよりは引き付ける方に集中した方がいいってさ。 何でも歴代の在りし日の英雄の劣化品が無限湧きするらしいから誰が行っても死ぬし、下手に聖剣使いを連れて行ったら取られる危険も大きいしね。 敵の習性を考えたら単独で行く方がマシだってさ」


 全ての聖剣が奪われれば世界が滅ぶ上、魔力の供給源として重要な役目を担う聖剣は動かせない。

 今回はサベージですら連れていかないつもりらしく、本当に一人で向かうつもりのようだ。

 その点に夜ノ森は強い不安を覚えており、この作戦に対する大きな懸念でもあった。

 

 「まぁ、突破して神剣を手に入れるのが勝利条件でタウミエルの撃破は必須じゃないから――っていうか倒しても無駄らしいからさっと行って帰って来るのが最適解らしいよ」

 

 夜ノ森はそもそも到達できるかを心配していたが、アスピザルの懸念は別にあった。

 何となくだがローは神剣への挑戦に成功しそうな気はしており、手に入る状況にさえ持って行ければ大丈夫なんじゃないかと思っていたのだ。 今までも何だかんだと危ない場面こそあったがしぶとく生き残ってきた彼の力は信用に値する。


 ――が、問題はその後だ。

 

 果たしてローはちゃんと帰って来る・・・・・のだろうか? いや来れるのか?といった疑問があった。 神剣を失えば例の大穴の向こうがどうなるのか? それ以前にこの世界がどうなるのか?

 勝ったとしても自分達は生き残れるのだろうか? そんな疑問が絶えなかった。

 

 アスピザルはもうローが成功する事を前提で物事を考えており、その点を疑う事はしない――というよりはできない。 そもそも勝てなければ死ぬのだから負けた時の事は考えても仕方がない。

 なら、ローが勝つ事を前提に自分が生き残れるように立ち回る事を考えるべきだ。


 アスピザルはオラトリアムでの生活を気に入っており、ダーザイン食堂も軌道に乗って事業としての規模も拡大して色々と面白くなって来た所だった。

 そんな生活が理不尽に奪われる事は許容できない。 何としても生き残って仲間達と平和に店をやるんだ。 その為なら自分にできる最大限の努力をしよう。 アスピザルはそう考えていたのだ。


 だが、勝てたとして世界はそのまま存続するのだろうか? もしかしたら何をしても滅ぶのではないのだろうか? そんな不安だけは脳裏から払拭できなかった。 それとは別にローの今後に向けて考えている事を聞かされているのでそれが実行された場合の不安もまた存在したが――

 

 ――それでも――


 「大丈夫って信じようよ。 さて、そろそろ僕は行くね。 これを最後にする気はないからさよならは言わないよ?」

 「えぇ、また後でね。 アス君」

 「また後でね。 梓」


 アスピザルはそう言ってその場を後にした。




 夜ノ森とアスピザルが話をしている頃、弘原海わだつみは無言で空を見上げていた。

 彼はこの戦いに臨むに当たっての覚悟は決めて来た。 もう、気負いも恐怖も通り過ぎ、その胸中には自らがやるべき事だけがしっかりと存在している。


 ――そして手に感じる温もり。


 彼の指をしっかりと握る少女の姿を視界の正面に収める。


 「エンティカ、そろそろ時間だ。 避難してくれ」

 

 弘原海がそういうとエンティカは握っていた手を放す。

 離れた手の温もりに名残惜しさを覚えつつ下がったエンティカに言うべき事を告げる。


 「――これで最後になるとは思わないけど世の中には絶対はない。 だから、言わせてくれないか?」

 

 エンティカは無言。 何も答えないが足は止まっていた。

 

 「今までありがとう。 君が居てくれたお陰で俺は今まで生きてこれた。 感謝してもしきれない」


 目を閉じれば脳裏に焼き付いた彼女の姿が瞬く。 自分のような人間には過ぎたいい夢だった。

 エンティカと過ごした日々は弘原海にとって美しく輝く星のようだ。

 少なくとも次の瞬間に死んでも何の悔いもないぐらいに充実した毎日。 ただ、強いて心残りを挙げるのであれば最後まで彼女の笑顔を引き出せなかった事だろう。


 可能であれば見たかったがこれ以上は高望みというものだ。


 ――俺は彼女の為に何かできたのだろうか?


 少なくともエンティカにとって、自分と過ごした日々が少しでも価値があったと思ってくれるならそれだけでこの世界に転生した意味はあった。

 今までに経験した出会い、喪失、怒り、虚無、そして運命。 その全てがエンティカに収束しているのなら彼女の存在する世界を守る為に戦うのは必然といっていい。


 そう考え、弘原海はこの戦いに参加できた事に誇らしさすら感じている。

 弘原海 顯壽はエンティカを永遠に愛し続けるだろう。 それが叶わぬ恋だったとしてもそれに殉ずる事に何の悔いがあろうか。

 

 エンティカは弘原海の言葉に特に表情を変える事はしなかったが――


 「――待っています。 ずっと、貴方が帰って来るのを」

 「いや、それは――」


 死ぬ可能性も充分にあり得るのだ。 そんなできないかもしれない約束をするのは――そう言いかけた弘原海の言葉をエンティカは遮る。


 「待っています。 ずっと」


 エンティカはそういうと転移魔石を使って転移。 ジオセントルザムへと消えて行った。

 

 「――そうか。 なら頑張らないと、な」


 彼女の言葉の余りの尊さに弘原海の声が震え――その後、少しだけ泣いた。

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