第1149話 「子親」

 体の成長と戦闘技能の習得が進むと同時に彼の冒険者ランクも上がり、赤――金を除けば最上位に達した辺りで首途が居なくても安定した結果を出せるようになっていた。

 他人との付き合いもそれなりにだが上手くはいっている。 一定の距離を置き、余計な真似をすれば半殺しにする事で立場を分からせて踏み込ませない。


 効率良く上位の冒険者になるにはパーティーを組むのは必須だ。

 他人を一切信用しないヴェルテクスは適当な相手と組んで殆ど一人で片を付けていた。

 金も溜まってそろそろ食べて行く分には問題なくなった所で、今度は安全を買おうと動き始める。


 拠点を王都へ移す事に決めたのだ。 首途はそろそろ別れるべきではないのかと何度も言っていたが、ヴェルテクスは断固として拒否した。 王都の近くに彼を隠すと今までに溜めた金銭を使用して王都の一角にある巨大な建物を購入。 そこを拠点として生活する事にした。


 巨大で堅牢な建物に首途を隠し、自身は外で冒険者として稼ぐ。 建物の維持の問題もあり、今まで以上に稼ぐ必要があったからだ。 侵入者除けの仕掛けを施す為にかなりの額を投資したのでまだまだ稼がなければならない。 首途としても養ってもらうだけは心苦しいと感じたのか、魔物の解体を行い肉を売る仕事を始めた。 こうして施設の一角を精肉店として開放する事により、少しずつだが生活が安定。


 このまま地道に稼ぐのもいいとは思ったが、金はいくらあっても困ることはない。

 他人は裏切るが金は裏切らない。 何故なら金貨に意志はなく価値を備えてただそこに存在するからだ。

 首途を王都に入れるのに随分と苦労はしたが、中に入れてしまえば後は下手に出歩かない限り安全だろう。


 店も軌道に乗り、経営や収入も安定して来たのでヴェルテクスは少し安心できたが、物事に絶対はない。 その後も彼は貪欲に依頼をこなし、功績を積み重ねていく。

 途中、彼の実力と名声に目を付けた者達とパーティーを結成。名称は「メルキゼデク」彼を含めて合計四人の小さなパーティーだったが、依頼達成率と個々の戦闘能力もあって王国最高のパーティーと呼び声高くは――ならなかった。


 彼と彼のパーティーメンバーは実力こそあったが素行に問題があったのだ。

 特に前衛を務めている男は非常に喧嘩早く、ふとした事で相手を半殺しにする粗暴者だった。

 加えて女癖も悪く、様々な女の所に入り浸っては派手に散財をしてヴェルテクスや他のメンバーに金の無心をしている。 ヴェルテクスは純粋に男の事が嫌いだったので、何度も殺したいと思っていた。

 

 そしてそれは男も同様でヴェルテクスの事を「スカした生意気な男」と認識しており、隙を見て叩きのめし蓄えた財を奪ってやろうと企んでいたのだ。 他の二人は特に思う所はなく、実力もあるのでくっ付いていればおこぼれに預かれると割り切っているのでヴェルテクスが何をしようが気にもせずに問題を起こしても知らない顔。 彼等はヴェルテクスの戦闘能力とそれによって得られる富と名声には興味があったが、彼自身には欠片も興味がなかったからだ。 他人を信じないヴェルテクスとしてもそれは都合が良かった。 万が一にも必要以上に踏み込んで首途の事を知ったならば始末しなければならないからだ。


 潜在的な破綻の可能性を抱えながらもパーティーは問題なく稼働した。

 結成してしばらくの時間が過ぎた頃だ。 王国からある緊急依頼が舞い込んだのは。

 国の外れ未開拓領域の奥地からある魔物が襲来して来たのだ。


 ――それはドラゴン

 

 ランクとしてはそこまで強い方ではなかったが、簡単に屠れる存在ではなかった。

 現れた位置も悪く、当時存在していた有力な戦力であるグノーシスやユルシュルの対応も間に合わず、街や村がいくつか焼かれてしまう。 竜の襲来は珍しくはあったが、前代未聞という訳でもないので備え自体は行っていたのだが、位置と間が悪かったのだ。

 

 偶然、依頼を片付ける為に遠出していたヴェルテクスとその仲間達はその近くにおり、依頼を請ける事となる。 竜は手強く、まだ悪魔の部位移植を行っていなかったヴェルテクスには厳しい相手だった。

 それでも傷つき、仲間が戦闘不能に追い込まれながらもどうにか撃破に成功。


 功績が認められ大々的に褒賞を与える話もあったが当人がそれを嫌い、調べれば分かる程度の有名な事件としてウルスラグナの歴史に刻まれる事となった。

 これにより彼は最上位の冒険者である「金」のランクを与えられる事となったのだ。


 多額の報酬と名誉、冒険者ギルド内での行動の自由。 様々な特権を得る事となったが、同時に潜在的な問題の蠢動を招く事となった。 理由は単純で金へと上がったのはヴェルテクス一人だけだったからだ。

 その結果、メンバーの男はヴェルテクスの事を強く敵視するようになる。 彼を陥れ、弱みを握ろうと動き始めたのだ。 それを察したヴェルテクスは首途の事を知られるようなら消す必要があると考えたのだが、実行に移す事はできずに終わった。


 何故ならそれ以上の問題が発生したからだ。 転生者の存在に関しての前知識があれば、首途の正体に思い至れるだろう。 ヴェルテクスは首途の事に関しては非常に敏感で周囲の変化に聡かった。

 早い段階で忍び寄って来る影の存在に気が付く。 王国の裏で蠢いていた組織――ダーザインとそれを嗾けたテュケと呼称される謎の組織。 首途を狙っている事は明らかで、ヴェルテクスにとっては許容できない者達だった。 彼はこの時点でも王国でも屈指の実力者であったが、あくまで人間の範疇での話だ。

 

 個人では組織に敵わない。 そもそもの手数が違う上、首途の存在は露呈しただけでも命の危険に直結する。 だからといって諦める訳にも逃げる訳にもいかない。 彼は更なる力を手に入れる事を選んだ。

 得た権力をフルに使って王都内を調べ上げ、怪しい拠点を突き留めて襲撃。 悪魔の部位を手に入れたのはこの時で、焦りもあって早々に移植。 自分で体の一部を切除して異物を強引に接合するといった無茶をして自己強化。 唯一の誤算は移植に成功こそしたが馴染むまでに時間がかかった事だ。


 戦闘能力が一時的に大きく落ち込んだ彼は協力者を求めた。

 実力があって、ある程度信用できる存在が――そんな時に彼はある男と出会う。

 それが彼と首途の人生を大きく変える事になったのだが――


 ――とにかくだ。 まずは自分の命の事を考えろ。 最悪、逃げてもいいから生き残れ。


 ――分かっとる。 息子を置いて儂が死ぬ訳ないやろうが。


 ――言ってろ。 しつこいようだが無茶はするな。


 首途は「分かっとる」と返してくるので本当に大丈夫かよとヴェルテクスは溜息を吐いた。

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