第1136話 「昼食」

 葛西かさい 常行つねゆきだ。

 最近は人も増えて賑やかになり、大規模な戦闘に駆り出される事もない平和な日々が続いていた。

 侵攻して来たグノーシス教団の生き残りの組み込みも終わった事もあり、今のところではあるが大きな案件は特にない。


 決着が着いた後、グノーシス教団の生き残りの大半がアイオーン教団へ鞍替えする事になった。

 その数は万を軽く越える。 本来ならそんな数の聖騎士を受け入れる余裕はないのだが、ここ最近の大規模戦闘で大きく数を減らしていたのでその穴埋めをする形で組み込まれた。


 それにより深刻な人手不足が大幅に解消される事となった。

 救世主はほぼ全滅で生き残った面子も本国が陥落した事を信じなかった連中と戻ったのだ。

 クロノカイロスへと向かった連中がどうなったのかは知らない。 一度、エルマンに聞いたが力なく首を振るとそっと目を逸らされたので察してしまった。


 ……あぁ、皆殺しにされたんだな。


 馬鹿な連中だとは思わない。 戻った連中からすればグノーシス教団は欠かせない寄る辺なのだろう。

 俺もアイオーン教団が滅んだら路頭に迷う事になるので他人事ではないからだ。

 ――ともあれ、人が増えたので全体的な負担が減り、戦力的には一息つけるとエルマンも喜んでいた。


 城塞聖堂からの出入りを禁じられていた枢機卿の少女達も外に出られるようになっており、楽しそうに連れたって出かけている姿を見てほっと胸を撫で下ろす。 特にモンセラートは一時、臥せっていたので元気な姿を見られた――が、近くの物陰から彼女へ熱い視線を向けている生き物がいたのは努めて気にしない事にした。 一応、報告はしたがエルマンには顔を覆って絞り出すように「放置しろ」と言われたので、俺も見なかった事にしたのだ。


 ゴキブリみたいな挙動で建物の壁面を這い上がって行ったのはきっと気の所為だろう。

 俺はきっと疲れているんだ間違いない。

 ただ、俺の憩いの場である「影踏亭」が奪われたのは少し不満ではあった。 そのまま行ってもいいのだが、出くわすとモンセラートが弄って来るのでここ最近は時間をずらして飯を食っている。


 北間と食いに行ったりもしているので、最近は客の入りもいいとミーナが喜んでいるので良い事なのかもしれない。 今日も仕事を前倒しで片付けて時間をずらし、影踏亭へ向かう。

 

 「あ、カサイ君だ! いらっしゃーい!」

 

 店に入るとミーナが声をかけて来たので、俺は小さく手を上げて挨拶して奥の席へ向かう。 客入りは昼時を過ぎているのでまばらだ。

 忙しい時間に入ると混むようになってきたので、これぐらい静かな方が落ち着く。

 

 「最近、来る時間が遅くなったね。 聖堂騎士様って結構、自由が利くの?」

 「まぁな、やる事やってればこの程度は許されるんだよ」

 「ふーん。 カサイ君って見た目によらずに偉いんだね!」


 そんな大層なものじゃないと返しながら料理を注文。 ミーナは元気よく復唱した後、店の奥へと消える。 しばらくすると二人分の食事を持って来ると何故か向かい側に座った。


 「おいおい、客の前で飯食うのかよ」

 「いいじゃない。 さっきのでお客さんはカサイ君だけになったし」


 いつも通り鎧の口部分を開いて料理を口に運ぶ。 ミーナは相変わらず隙あらば俺の素顔を見ようと観察してくるが無駄だ。 この鎧には色々と仕掛けが施されているので兜を外さないと俺の素顔は見えない。

 ミーナから見れば鎧の開いた部分が真っ暗な闇に見えるはずだ。 


 「うーん。 この距離でも駄目かー」

 「悪いが素顔を見せる気はないぞ」

 「えー! そろそろ見たいなぁ」


 俺は応えずに肩を竦めて見せる。

 止めとけ。 気持ち悪い人型カメレオンの顔なんぞ見ても食欲が消え失せるだけだ。

 ミーナは諦めたのか話題を変えて来た。


 「そう言えばあの子! 元気になって良かったね! 友達も連れて来て楽しそうだったよ!」

 「あぁ、モンセラートの事か。 そうだな。 俺達も気を揉んでたが、元気になって本当に良かった」


 あいつは何かと目立つからな。 良くも悪くも存在感があるので居なくなったり調子が悪かったりすると周りにも分かり易く影響が出る。

 

 「それとカサイ君の友達も来てたよ!」

 「北間だろ? 偶に使ってるって聞いたな。 美味いって褒めてたぞ」

 「あ、そうなんだ! 嬉しいなぁ! それでね。 その友達なんだけど、女の人を連れて来てたよ! 恋人さんかな?」

 

 女?と一瞬、首を捻りかけたがジャスミナの事だろうと理解した。 

 定期的に出かけているみたいだが、あまり色っぽい関係ではなさそうだ。 一度だけ冷やかした事があったが苦笑で返された。 あまり触って欲しくなさそうだったのでそれ以降は触れる事はしなくなった事もあって思い至るのが遅れたのだ。


 センテゴリフンクスから逃げる時に色々あったと聞いてはいたので、いい関係にでもなったのかと最初は思っていたのだが――考えて内心で溜息を吐く。

 

 「友達である事は間違いないが、デリケート――まぁ、ちょっと難しい時期だからあんまり触ってやるな」


 この辺は俺の勝手な推測が混ざるが、恐らくジャスミナを三波に重ねてあれこれと世話を焼いているのだろう。 今でこそある程度落ち着いたが、帰ってきた直後から別人のように訓練に打ち込むようになった。 それ自体は良い傾向だとは思うが、鬼気迫るその様子は流石に心配になる。


 何度か三波の事を口にしていたので好きにさせるしかなかったのだ。

 これに関して言えば無事に帰って来ると無根拠にそう信じていた俺の落ち度で責められるべきは――いや、もう「たられば」はあまり意味がないか。 心の傷は自身で乗り越えなくてはならない。

 

 ――外からできるのはその手助けだけなのだから。

  

 グノーシス教団との決着は着き、エルマンからもしばらくは大きな戦いはないと言われた。

 本来なら安心したい所だがエルマンの憔悴した表情と「しばらくは」に不安が募る。

 事実、この後には戦闘こそないが大規模な演習が定期的に入るらしい。


 ……あぁ、嫌な予感しかしねぇ……。


 詳細は時期が来れば教えるとの事だったが、もう大半の人間が察しているので確認作業以上の意味はない。 間違いなくフシャクシャスラに現れたとされる黒い連中だ。

 特に北間は三波の仇と思っているらしく、かなりやる気を出す事だろう。


 ジャスミナのお陰で随分と落ち着いたが、俺の方でも気を付けた方がいいのかもしれない。

 ここ最近、厳しい戦いばかりだったのでそろそろ命の危険の心配をしなくて済むようになりたいものだ。


 俺は嬉し気に話を続けるミーナに相槌を打ちながらそう思った。

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