第1135話 「入込」
首途にとって聖剣は開発した兵器群を運用するに当たって必須といえる代物だった。
その為、可能な限り数が減る可能性を排除したいのだ。
オラトリアムで最も聖剣に執着しているのは彼なのかもしれない。 それ程までに首途は聖剣の保有数を気にしていた。
――儂としてはガリズ・ヨッドも欲しかってんけどなぁ……。
――その話は前にケリが着いただろうが。
聖剣を優先して狙って来るらしいので全てを一ヶ所に固める事は危険である事と一定時間、踏み止まって貰う必要があるのである程度の戦力拡充は必須だ。
ただでさえグノーシス戦で戦力が減っているのだ。 ダーク・エルフや獣人、周辺国家から戦力をかき集めて数を盛ったのだが、数だけで個々の戦力的には救世主や聖堂騎士に大きく劣るのでどこまで戦えるのかは非常に怪しかった。 その為、ハーキュリーズの聖剣はそのままアイオーン教団の戦力として扱わせる事になったのだ。 密かに使い道を考えていた首途は珍しく抵抗したが、ローに諦めろと言われればそれ以上は無理だった。
ただ、首途がここまで引き摺る理由も彼は理解していたので、宥める方向で受け流していた。
タウミエルの始末が付けば良くも悪くもオラトリアムは腰を落ち着ける事となる。
方針としては他の大陸には干渉せずに手に入れたクロノカイロスを新たなオラトリアムとして発展させていく事にしたのだ。
一部はグノーシスに成り代わって世界を統べるべきとの意見もあったが、無闇に管理する土地を増やしても面倒事の種になりかねないと判断されてこの大陸だけで満足するべきと結論が出た。
ヴェルテクスとしてもこれ以上、手を広げる意味も必要性も感じなかったので決定に異論はない。
要するにオラトリアムは他の大陸から完全に手を引くので、アイオーン教団に対する干渉も最低限に留める事になりそうだった。
つまりは聖剣を回収するつもりもないので、アイオーン教団が保有している物は全てそのままとなる。
――連中にくれてやるのが惜しいのは分からんでもないが諦めろ。
――でもなぁ……聖剣がもう一本あったらアレの動力、丸ごと賄えたんやぞ。 諦めきれんわ!
魔剣は全てローが持って行くので論外。
オラトリアムで保有している聖剣はパンゲアの体内にあるエロヒム・ザフキ。
夜ノ森、弘原海の保有しているエル・ザドキ、アドナイ・メレク。 そしてヴェルテクスが手に入れたエロハ・ミーカル。 それに当日に戦力として組み込む予定のクリステラのエロヒム・ギボール。
合計で五本。 ただ、クリステラはあくまで他所から借りる戦力なので、聖剣を動力としては扱わずに遊撃戦力として組み込む予定だった。
要はオラトリアムの戦力としての勘定に入れない。 実質、四本でやり繰りする必要がある。
聖剣が吐き出す魔力量に関しても研究が進んでいるので、どれだけ絞り出せるのかがはっきりしていた。
四本あればどれだけの数の兵器を運用できるのかの数字も出せているので、首途としては魔力源はいくらあっても足りないと考えている。 それにより運用できる戦力の上限が見えてしまうのだ。
だからこそ首途は聖剣に執着しており、こうして息子相手に愚痴を漏らしていた。
ヴェルテクスとしても首途の願いは叶えてやりたいが、今回ばかりは我慢して貰うしかない。
特に首途が地下で完成させた最終兵器はエグリゴリシリーズとは比較にならないぐらいに燃費が悪かったので、密かに組み込んで使ってやろうと企んでいた事もあってその為の布石にローが尋ねて来た時にはなるべく地下を見せて有用性をアピールしていたのだが――
――本音を見透かされたんじゃねぇか?
――む、それを言われると弱いなぁ。
――ローの奴は単純だから定期的に見せて有用性を印象付けるって手は悪くなかったと思うが、ファティマ辺りには見透かされていただろうからそれもあっただろ。
ファティマが首途を妬んでいる事はある程度近くに居る者からすれば一目瞭然で、ヴェルテクスに言わせればそうなるのは当然の流れだった。
ロー自身の眷属に対する認識もあったが、あそこまで露骨に干渉して来ようとする相手は鬱陶しいだろう。 本人がどこまで自覚があるのかは不明だが、首途の研究所に入り浸っている理由の一つだろうと考えていた。
――いや、別に兄ちゃんを軽んじている訳やないぞ?
――そんな事は分かってるが、余った金を教会に突っ込むのは入れ込み過ぎだ。
首途がローの事を気に入っているのは分かり切っているが、ロートフェルト教会という怪しい組織に寄付しているのは行き過ぎだと思っていた。
ついでに道を歩くと信徒らしき者達にやたらと挨拶されるのも鬱陶しいのでいい加減にしろと思っていた。
――いや、どうせ余ってて使わんし。 最近は研究所の掃除に人を寄越してくれるから助かっとるぞ。
――あぁ、そうかよ。
首途からすれば余った金を放り込む先で見返りに雑用をやってくれる人員を寄越してくれる便利な組織程度の認識だった。 多額の寄付をしている事もあってサブリナや教皇からの受けが非常に良く、集会や会食に是非と誘われていたのだ。
一度だけ様子を見に行ったのだが、自分の父親が真っ黒なガウンみたいな法衣を羽織って大勢から拍手喝采を浴びている様は流石のヴェルテクスも心配になる光景だった。
怪しい宗教に嵌まっているようにも見えるが、首途からすれば近所付き合い程度の認識だったのでそこまで危険な関係ではなかったのだ。 首途としても日頃の感謝の気持ちを形にする意味合いもあったのだが、寄付額はトップクラスなので自然とこうなってしまったのだ。
金をばら撒いているだけあって、教会側も首途相手にはいい顔をしたいと思っているのか研究所の業務に協力しようと人材を派遣していた。
流石に専門知識を要求される作業はできないので清掃や食事の用意など細かい雑用のみになるが、研究所の者達からすれば余計な手間を省いてくれるので歓迎している。
こうして研究所と教会は良好な関係を築いていたのだったが――
――この際だから言っとくが、いい加減に神像とかいう怪しい像を部屋に並べるの止めろ。
教会が新しく作る度に神像と呼ばれているローの像を定期的に持って帰って来るので数が増えて来たのだ。
――いや、何かくれるっていうから貰うてんけどあかんか? めっちゃ出来がええぞ。 表情までしっかり再現されとるし関節もグリグリ動くようになってなぁ。
――……もういい。 ただ、像を放り込んだ部屋をローの奴には見せるなよ? 下手したら来なくなるぞ。
ヴェルテクスはこれはどうにもならないかと内心で大きく溜息を吐いた。
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