第1137話 「台本」

 こんにちは。 梼原ゆすはら 有鹿あるかです。

 変化した環境も積み重なれば慣れた日常に変わる。 わたしの変わった毎日も完全に馴染んで気にならなくなった。

 仕事の内容自体には変化はなく、寧ろ物の配置が整理されたので移動の手間が減って随分と楽だ。


 そんなわたしの日常に一つだけ分かり易い変化があった。


 「いやぁ、今日もよろしく頼みますよ!」

 

 場所はシュドラス山の内部に設けられた一室。 ここは瓢箪山さんの仕事場である収録スタジオだ。

 周囲は防音素材の壁に机。 その上にはマイクが二つと台本が乗っている。

 本来は瓢箪山さんが適当に喋るだけなのだけど、わたしに気を使って今日はこんな話をしますよといった内容が纏めてある小さな冊子が用意されていた。


 瓢箪山さんはわたしが来るととても機嫌よく迎えてくれる。

 台本の用意も割と手間がかかっているはずなのに「梼原さんが来るなら喜んで用意させて頂きます」と毎回用意してくれていた。 どうも彼はわたしに可能な限り来てほしいらしく、終わった後さり気なく「次はいつ来れそうですか?」と聞いて来る。


 悪いけど毎回聞かれるのはちょっと勘弁してほしいかなとは思っていたけど、瓢箪山さんがあまりにも必死なのでついつい予定を確認しますねと返事をしてしまう。

 それを聞く度に彼がとても嬉しそうにお願いしますと何度も頷くのだ。


 軽く周囲を見回すと壁の一部が切り取られておりガラスのようなもので仕切られている。

 そこから見える隣の部屋からは番組の責任者であるグアダルーペさんがじっとこちら側を見ていた。

 表情は特に浮かんでいないけど、瓢箪山さんは怖いのか頑なにそちらを見ない。


 当然だけど防音されているので向こうに声は届かないけど、瓢箪山さんとわたしはマイクとは別に通信魔石を持たされているので向こうとの言葉のやり取りはできる。

 放送に流せない事を言えば注意が入るようになっているんだけど、今回は収録なので後で編集する事も可能なので気持ち的にはかなり楽だ。


 ……後は貰える賃金が結構、高いから――まぁ、ちょっとぐらいならいいかなって……。


 お金はいくらあっても足りないし、最近は銀行が出来たので管理も楽になった。

 最近のオラトリアムの発展具合は本当に凄い。 首都であるジオセントルザムはもう完全に映画とかで見るような別世界の要塞みたいになっており、街を囲んでいる大きな壁の上には列車が走っている。


 最初見た時はちょっとだけ驚いたけど、ロボットみたいな何かが空を飛んでいるのに比べればもう些細な事だった。 空中で分離や変形合体を見れば耐性もつくよね。

 その列車だけど今はジオセントルザムの周囲とその南側へ物を運ぶだけになっているけど将来的には大陸全土に線路を引く予定らしい。 ちょっと前に会ったハムザさんが早口でそう言っていたから多分間違いないと思う。


 ジオセントルザムの中は配達関係で中に入ったけどこっちも凄い。

 ヴァーサリイ大陸から持ってきた首途さんの研究所がそのままあるけど、規模が段違いに大きくなっていてもうわたしの語彙力じゃ凄いしか言えない事になっていた。


 サブリナさんの教会も元々あったらしい大聖堂っていう大きな建物とその裏にはまた増えた戦勝記念オベリスクが並んでいる。

 偶にしか見に行けないから良く分からないけどオベリスクは定期的に清掃されているのかいつもピカピカだった。 ロートフェルト教会と呼ばれる領主――じゃなくてもう国王なのかな?――を崇め奉る所だ。

 

 ローさんは所謂、現人神とかそんな感じの扱いらしい。 正直、今でも苦手意識は抜けないので話す事すら不可能な身分になってくれるのは個人的には良い事だと思っていたりする。

 取りあえず思う所はありませんよアピールの為に教会に多めに寄付しておいたので、何かあったらサブリナさんに庇って貰おうと思っている。 正直、それを込みでのお布施だ。 寄付額が大きいと偶に会食とかに呼んでくれるので出席して好感度をアップして危険を回避!


 わたしはわたしの生活を守る為に努力とお金を惜しまない。

 今はお金に困ってないので安全が買えるなら安いとすら思っていた。

 ただ、それはオラトリアムが成立している間だけだ。 ここ最近の軍備拡張をみれば大きな戦いが近づいている事が分かる。 わたしの日常は負ければ崩れる砂上の楼閣なのかもしれないけど、出来る事がない以上は祈る事しかできなかった。


 ……どうかこの生活がいつまでも続きますようにと。


 「――今日はこんな感じで行こうと思ってます」

 「うん。 いいと思う」


 いけないと意識を瓢箪山さんとの打ち合わせに戻す。

 最初の時はほぼぶっつけ本番だったけど、二回目以降は台本のお陰で連絡事項の詳細や雑談の時に振る話の方向性について書かれているので返しなどを事前に用意できるのは気楽だ。 こうして収録直前にも打ち合わせをしておけば緊張も解けるし、ついでに言うなら収録なので失敗しても撮り直せばいい。 最初の頃は緊張で噛んだりしていたけど、その度に瓢箪山さんは笑って許してくれる。ただ、それに甘えるのは良くないので気を付けてはいる。


 「ところでジオセントルザムは色々進んでるけど、こっちって何かやってるの?」

 

 打ち合わせも済み、収録まで時間があるのでちょっとした話題を振ると瓢箪山さんはチラリとグアダルーペさんの方を見たけど少し悩む素振を見せた。

 一応、軍備拡張は誰でも知っているから振っても問題ないと思ったんだけど、不味かったかな?


 「ぶっちゃけるとこっちではあんまりやってませんね。 基本的に装備関係はジオセントルザムでやっているので演習の時は結構派手な出入りはあるけど、基本的にはシュドラス山はこの辺の管理が主な仕事になります。 後は北側――海の向こうからの襲撃に備える感じですね」

 「あ、そう言えば前に海戦があったって聞いたかなぁ」

 「多分それですね。 俺も終わった後に聞いたんですけど、海岸の防衛隊の面子は見ているだけで終わったらしいですよ」

 「あー……」


 どうなったのか何となくだけど察してしまった。 海の方へは数える程しか行った事がないけど、大きな船が凄まじい量の餌を海に撒いているのを見ていたので何か居るんだろうなというのは察していた。

 間違いなく攻めて来たであろう人達は海の藻屑になったんだろうなぁ……。


 「あっちも準備できたみたいなんでそろそろ始めますか。 今日もよろしくお願いします」

 「うん。 よろしくね!」


 グアダルーペさんからそろそろ始めなさいと指示が入り、今日のオラトリアムラジオの収録が始まった。 

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