第1124話 「察事」

 食事も片が付き、モンセラート達が就寝の為に各々部屋へ戻った後、聖女とクリステラはその場に残っていた。

 聖女が何かを言った訳ではなく、何となくこのような状況になったのだ。

 

 「――クリステラさんはどこまで知っているの?」

 

 聖女の質問にクリステラは僅かな沈黙の後に答えを口にする。


 「エルマン聖堂騎士程ではありませんが一通りは」

 「……それは質問したら答えてくれる?」

 「いえ、私に情報の取り扱いは難しいとの事で、何も話すなと言われました」

 「はは、信用されてない訳じゃないけど心配はされてるって所かな?」

 「そうかもしれません。 私では知らずに重要な事を漏らしてしまうかもしれないので、何も話さない方がいいとの判断のようです」


 聖女は苦笑。 エルマンも肝心な部分は曖昧に答えているので、聖女は未だに肝心な事を知らなかったのだ。 おもむろに腰の聖剣に視線を落とす。

 何となくだが彼女は察し始めていた。 聖剣を手にしてから自分に起こっている変化に。

 モンセラートの話ではエロヒム・ツァバオトは所有者に幸運を齎す。 ヴァルデマルにも同じ質問したが、彼からは少し違った答えが返って来た。


 ――使用者にとっての幸運を手繰り寄せるがその結果、周囲へ不運を齎す事もあると。


 それを聞いて聖女はなるほどと納得する部分も多かった。

 あくまで使用者に対しての幸運である以上、敵対者には不運な事でしかない。

 それが顕著に現れた例がハーキュリーズだろう。 先の戦いでの事は聖女自身も話したのだが、とにかくハーキュリーズに都合の悪い事が立て続けに起こった。


 小さな事なら簡単な判断ミスや大きな事なら持っていた転移魔石の破損と数え上げればキリがない。

 本人曰く「あそこまでやり難い戦いは初めてだった」との事。

 以上を踏まえれば自身の知らない所で聖剣が何らかの干渉をしているのは明らかだった。


 だからこそ思ってしまうのだ。 何故、自分はその勢力について知る機会を逸してしまっているのか?

 恐らく知る事自体が不都合なのだろう。 薄々は察していたのだが、無意識に知る事を拒んでいたのかもしれない。


 ――オラトリアム。


 それこそがエルマンを裏で操っている組織の正体だ。 確かにオラトリアムである事を知れば聖女は大きく動揺し、もっと時期が早ければ直接足を運んで事情を問い質す可能性が高かった。

 事実、オラトリアムに干渉しようとすると何故か先送りになったり、別の用事が入ってしまうのだ。


 最も分かり易いのは最初に資金援助を求めた時だろう。

 本来なら聖女とエルマンで向かう予定だったのだが、グノーシスからの来客――辺獄の領域バラルフラーム攻略の話が入ったので結局、向かったのは身軽なエルマンだけとなった。

 

 そして聖女自身もまだ早いと思っていた事もあって気にもしなかった事が思い至る事を阻む結果となったのだ。 オラトリアムに触れない事が自身の幸運に繋がる。

 聖女にはその点が理解できなかったが、知らない間に力を付けてグリゴリ、グノーシスを打倒する程の勢力となっている事だけは理解できた。


 外から見て経済的に潤っている事だけは知っていたのだが、具体的にどう立て直したのかは謎だ。

 領の舵取りをファティマに任せたから? それは要因としては大きかったかもしれない。

 彼女は非常に有能な人物だ。 傾いた領の経営を立て直すぐらいは簡単にやってのけるとは思う。

 

 ――しかしそれ以上は難しい。


 少なくとも聖女になる前の彼女が旅立った時点では収穫量や取引先の減少と資金源となる物や者が殆ど存在していなかった。 負債もあったのでゼロどころかマイナスからの立て直し。

 どんなに頑張っても多少、上向かせる程度が限界のはずだった。  


 ――にもかかわらず、結果はどうだ?


 作物の品質と収穫量が爆発的に増加。 売り上げは天井知らずに跳ね上がった。

 それを聞きつけて次々と取引を行おうと商人が集まって行き、気が付けば自前で商会を運営。

 勢力を凄まじい早さで拡大していった。 いや、ここまで行くと拡大というよりは侵食・・といった方が適切かもしれない。 最初の頃は凄いとしか感じなかったが、深く考えれば考える程に不自然さが際立つ。 ファティマは一体、何をやったのだろうか?


 疑問は尽きないが最も気になった事は彼女の相棒だった存在――ローの所在だ。

 彼は一体どこへ行ってしまったのだろうか? そしてオラトリアムの現状をどこまで知っているのだろうか? 恐らく――いや、間違いなくオラトリアムは表には出せない事をやっている。

 

 少なくともグリゴリとグノーシスを壊滅させた以上、エルフやクロノカイロスの国民を虐殺と言っていい程の数を殺しているはずだ。 そうでもなければあのグノーシスが折れるはずがない。

 最低でも組織としての体裁を整える事すら不可能な状態まで叩き潰されたのだ。 そしてグリゴリに至っては和解は不可能。 その為、殲滅した事は想像に難くない。


 何をしたのかは理解できるが、一体どうやってといった疑問は――徐々に彼女の中で形になりつつあった。 主だった勢力が消滅し、保有している力に関しての情報が集まれば自然と候補が絞られる。

 特にグリゴリの圧倒的とも言える力は聖剣でもなければ対抗は難しい。 ならば聖剣を保有しているのか? 可能性は高い。 そしてもう一つの可能性もまた存在した。


 ――魔剣。


 クリステラの腰にも一本あるそれは、辺獄の領域――フシャクシャスラで恐ろしさの片鱗を見た事もあって自然と選択肢に上って来る。 聖女は無意識に自身の腕を撫でた。

 かつて自身を苦しめた呪いのような痛み。 聖剣の力を以ってしても完治に長い時間を要したあの火傷。

 

 あの闇を凝縮した攻撃は魔剣による物だと理屈ではなく感覚で理解出来た。

 グリゴリを打倒する力。 魔剣。 そしてフシャクシャスラとセンテゴリフンクスでの惨劇。

 そして短い時間ではあったが言葉を交わした枢機卿の少女。


 様々な情報が脳裏に渦を巻いた。 これだけ揃えばいくら察しが悪くても気が付く。 つまり、あの襲撃はオラトリアムによるものだったのだ。 あれだけの攻撃手段があればグリゴリの撃破も充分に可能だろう。

 そしてその直後にグノーシスへ襲撃があった事を考えれば以前から敵対していた事は明白。


 オラトリアムにとってグノーシスが敵であるならセンテゴリフンクスは滅ぼすべき敵拠点でしかない。

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