第1123話 「恋噂」

 「へー、じゃあその話が成立したらエルマンもついに結婚って事になるのね」

 「本人はあまり乗り気ではありませんでしたが、断れないとも言っていたので時間の問題でしょう」


 場所は城塞聖堂の一角。 食堂として使用されている部屋で縦に長いテーブルに数名が席に着いて運ばれた食事を楽しみながら会話に花を咲かせていた。

 食事に参加しているのは聖女とクリステラ、モンセラートとイヴォンに誘われて同席しているマルゴジャーテの五人だ。 マルゴジャーテが誘われたのは早く馴染めるようにとの配慮だったが、そんな必要もない程に彼女はモンセラート達と打ち解けていた。


 問題はもう一人のフェレイラにある。

 今回も食事に誘いはしたのだが、モンセラートと面と向かって話せない謎の体質のお陰で欠席となった。

 特に嫌っているという訳ではないと本人も語っていたので、モンセラートもあまり気にしないようにしている。


 ――だが――


 聖女はちらりとモンセラートの背後――窓に視線を向けると張り付くように彼女の後頭部に熱い視線を向けている存在が居た。 そのフェレイラだ。

 彼女は面と向かってはモンセラートと話せないが、彼女の傍には居たいようでこうして一定の距離を保って張り付いているのだ。 彼女の恐ろしい所は自身の存在をモンセラートに一切気付かせない事だろう。

 

 聖女の視線に気が付いたモンセラートが首を傾げて振り返ると同時にフェレイラの姿が消える。

 何もない窓の外の景色を見てモンセラートは「どうかした?」と視線で問いかけるが、聖女はやや顔を引きつらせて何でもないと首を振った。 クリステラも当然察してはいるが、本人には語らず無視。


 周りとしてはモンセラートに告げ口の一つでもすると考えられていたが一切行わなかった。

 これは誰にも語っていない事だったので本人の中で完結している事実ではあったが、彼女がフェレイラに干渉しない事にはある理由があったのだ。

 

 フェレイラという少女から過去にいたある人物を想起させられた。

 顔が似ている訳でもなく、容姿を比較しても似ても似つかないだろう。 だが、その粘つく――ではなく、憧憬の籠った眼差しはかつて自身の世話をしてくれていた二人の聖騎士見習いが思い起こされ「思えば彼女達には何もしてやれなかった」と無意識に重ね合わせた結果、好きにさせる選択を取らせたのだ。


 一応、料理は差し入れておいたので、食事に参加している扱いになるのかもしれない。

 聖女はそんな事を考えながら会話に耳を傾ける。 主に喋っているのはモンセラートとクリステラだ。

 数度の話題の変遷を経て、今はエルマンのお見合いの話となっている。


 どこから漏れたのかいつの間にか城塞聖堂内では周知の事実となっていた。

 本来の彼ならこんな状況になる事を許さなかったが、慣れない事もあってこういったらしくない状況を作ってしまったようだ。

 

 特にモンセラートは興味があるのかしきりに周囲へどう思うかを尋ねていた。

 

 「知った時はどう思ったの? 私としてはあのエルマンがそわそわしているからすっごく気になるのよね!」


 モンセラートは好奇心に輝いた瞳で周囲に意見を尋ねる。


 「私としてはあまり縁のない話だったのでそうですかとしか言えませんでした」

 「――その、素敵な事じゃないかと」


 良く分からないと首を傾げるクリステラと結婚に理想を抱いているのかやや美化したかのような感想を抱くイヴォン。

 

 「エルマンさんなら遅かれ早かれこういった話はあると思っていたから驚きはそこまでじゃなかったかな?」

 「――というかまだ結婚していなかったのね。 私は二、三人の妻がいると思っていたわ」


 立場があるのなら結婚は半ば義務では?と思っている聖女はあっさりと、付き合いの浅いマルゴジャーテはまだだったのかと少し呆れ気味の感想を述べる。


 「そうよねぇ。 エルマンぐらいの立場になると結婚していない方が不自然だったのよね。 まぁ、アイオーン自体が発足してそこまで経っていないから外から見ればエルマンは成りあがり者になるのかしら?」

 「うーん。 元々、聖堂騎士だったからしようと思えばいつでもできたと思うんだけどな……」

 「そこなのよ! エルマンが結婚に抵抗を示す理由に何か心当たりはないかしら!」


 聖騎士は一般的に見ても高給取りだ。 その最高峰たる聖堂騎士ともなるとその給金はかなりの額になる。 実際、クリステラの総資産はそこそこの屋敷を軽く建てられ、長期間維持できる程だ。

 エルマンも緊急時の隠れ家にとウルスラグナのあちこちに家を持っており、管理に人を雇っている。


 その為、金に困っている事はなく、家庭を持ったとしても充分に養えるのだ。

 

 「単に忙しくて縁談を進める余裕がなかっただけでは?」

 「それもあると思うわ! ただ、エルマンの事だから慎重に考えすぎて恋に憶病になっていると私は考えるのよ!」


 割と当たっていると聖女は思ったが、モンセラートが楽しそうだったのでそのまま答えを言わずに黙って様子を見守る。

 

 「恋ねぇ。 自由恋愛が許されるのは聖殿騎士ぐらいまでじゃないの? グノーシスだったら聖堂騎士以上になると関係強化や箔をつける為にそこそこ大きな家に婿入りや嫁入りって話はよく聞くし、枢機卿なんて引く手数多よ? 昔の話だけど十人ぐらいの奥さんがいた枢機卿も居たって話は聞いた事あるわね」

 「うわ、そんなの居たの? ――というかマルゴジャーテ、どこでそんな話を仕入れて来たのよ」

 

 モンセラートのやや引き気味の表情にマルゴジャーテは肩を竦める。


 「以前、私の世話役だった修道女が噂好きでね。 こういった話や誰かの秘密が大好きで、よく話してくれたのよ」

 「ふーん。 よく破綻しなかったわね!」

 「いえ、破綻したそうよ? 大きな屋敷に大量の使用人。 十人の奥さんに産ませた大量の子供――人間って頭数が揃えば何かしらの問題が起きやすくなるから「自分こそが正妻、自分の産んだ子供こそが跡継ぎに相応しい」とかになって後は刃傷沙汰。 随分と派手にやったらしくて、隠す事も出来なかったそうよ。 最後には当人が本国に召還されてそれっきり、噂によれば信仰心を試されて足りなかったとか」

 「うわ、夢のない話ねぇ……」


 聖女はモンセラート達の楽しそうな様子を眩しそうに目を細めて見つめる。

 特にモンセラートは元気になってから本当に良く笑うようになった。

 死にかけた時の事を知っている身としては本当に良かったと心からそう思っており、クリステラも同じ思いを抱いているのか嬉しそうに彼女の話に相槌を打ち、意見を口にしていた。


 ――本当に良かった。


 心からそう思ったが、この先に起こるであろう戦いの事を思えば素直に喜べない。

 それだけが少しだけ残念だった。

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