第1118話 「言伝」

 「――すまん。 取り乱した」

 

 しばらくワンワンと泣き出したベレンガリアだったが、しばらくすると落ち着いたのか静かになった。

 謝罪しながら渡された布でズビズビと鼻をかむ姉の姿を見てジャスミナは曖昧に首を振る。 母親の話は充分に聞いたので、気分を変える意味でも次の話題へ移るように促す。

 

 「……母が死んだ事は分かったけど、ロッテリゼが死んだのは確かなの?」

 「あぁ、死体を見た訳じゃないが――いや、ツゲ、モロズミ、正直に答えろ。 確認したのか?」


 ジャスミナの質問に否定しようとしたベレンガリアだったが、途中で言葉を引っ込めると後ろにいた配下にそう尋ねる。 虎の方――柘植は言い難そうに視線を逸らした。

 

 「……頼む。 大事な事なんだ」

 

 ベレンガリアがそう言うと柘植は小さく肩を落とす。


 「確かに確認はさせてもらった。 ただ、例の仕掛けの所為で死体は見ていない。 それでも血の飛び散り具合から酷ぇ有様だったのは分かった」

 「……具体的にはどうなっていたんだ?」

 

 ベレンガリアとしてもあまり聞きたくない話ではあったが、ジャスミナと話せるこの機会に色々とはっきりさせておきたいと思っていたので踏み込んだのだ。

 

 「…………恐らくだが腰から上が粉々になっていたと思う。 ありゃ人間の死に方じゃねぇ。 ただ、せめてもの救いは一撃だったから苦痛を感じる暇があったか怪しいぐらいか」

 

 ベレンガリアは「そう、か」と小さく俯き、ジャスミナはやや顔を青くさせる。

 誰よりも生き汚いと思っていた妹があっさりと死んだ。 嘘だとは思わない。

 今更、そんな嘘を吐く意味がないからだ。


 「誰がやったのかは分かっているの?」

 「はっきりとは聞いていないが、誰かの見当はついている」


 それは?と尋ねようとしたが、ベレンガリアは首を横に振る。


 「すまんが言えない相手だ。 ここへ来るに当たってその人物に関しては一切口にしてはならないと釘を刺されている」


 許可を出したヴァレンティーナから念を押されており、破った場合にどうなるのかも告げられていた。

 その為、彼女はその存在に関しての情報を口にできない。 柘植達も理解しているのでベレンガリアに遠隔で周囲の音を消す――起動すると彼女が叫んでも周囲に何も聞こえなくなる魔法道具を持たされていた。

 ちゃんと自制を利かせている事に柘植達はほっと胸を撫で下ろす。


 「そう。 ……話は分かったわ。 それで? ロッテリゼや母の事を教えてくれた事には感謝するけど、わざわざ会いに来た理由は? 見た感じ、地位は高くないけどそれなりの待遇を受けているって感じかしら?」

 「……あぁ、それなんだが……。 自分でも良く分からん。 あの女が死んでロッテリゼが死んで――もう二度と話す機会がなくなった。 そう考えたら最後に残ったお前と一度ぐらいは話しておいた方がいいんじゃないかって思ってな」

 

 ベレンガリアの言葉に嘘はない。 明確な目的があった訳ではなく、妹と――最後に残った肉親と一度ぐらいは話しておくべき。 そんな考えだけでここまで来たのだ。

 いざ、本人を目の前にすると話したい事、話すべき事があまり浮かばずに報告と感情をぶつけるだけとなってしまった。


 ジャスミナは「そう」としか返せずに沈黙。 彼女にも何となくだが姉の気持ちが分かった。

 全てを失って目標を見失った今、肉親と話す事で憎しみ以外の何かを得られるのかもしれないと。

 

 「その、姉さんは今、どうしているの?」

 「私か? ……そうだな。 ある組織で技術屋みたいな事をやっている。 地位はそんなに高くないが、まぁ、その、やる事をやったらそこそこ自由の利く立ち位置だ」

 

 何度も命の危険にさらされた結果、多少は自覚できたのか話を盛るような事はしなかった。

 

 「基本的に日がな一日、召喚用の魔法陣の研究と依頼に合わせた改良だな。 そっちはどうだ?」

 「アイオーン教団で誰でもできる雑用作業よ。 責任もないから気楽ね」

 「そうか」


 会話が途切れる。 お互いに話したい事を纏めている訳ではなかったので話す事がなくなると自然と沈黙してしまうのだ。 周囲の者達も仲良く話す間柄でもないので誰も言葉を発しない。

 完全に話が途切れた段階で柘植が小さく「お嬢、そろそろ」と囁く。 どうやら時間が来たようだ。


 「すまんがそろそろ戻らないと駄目なようだ」

 「……また会える?」


 ジャスミナは自然とそんな言葉が出た事に自分でも驚くが、ベレンガリアの表情は優れない。

 

 「分からん。 これから忙しくなるだろうから会えたとしてもかなり先になると思う」

 「忙しさの理由を聞いても?」

 

 ベレンガリアはちらりと振り返ると柘植が小さく首を振る。


 「詳しくは言えない。 ただ、この先に恐ろしい事が起こるとだけしか……」

 「それは私達にそれとも……」

 「私達すべてにだ」


 ベレンガリアは立ち上がると「話せてよかった」とだけ言い残して柘植達を連れて去って行った。

 しばらくの間、ジャスミナは黙っていたがややって北間が「大丈夫か?」と声をかけるとジャスミナは複雑な表情で振り返る。


 「……なんか聞いてた話と違ってたな」

 「私も驚いたわ。 だって会話が成立していたのだもの」


 ジャスミナが最も驚いたのはベレンガリアの態度だ。

 感情的になる所は相変わらずだったが、相手とまともに会話しようとする意志があった事だった。

 以前であれば言いたい事を喚き散らして終わりだろう。 それがなかった点だけで見ても姉が相応の苦労を重ねて来た事が伝わった。


 ジャスミナは大きく息を吐くと座っていた椅子に背を預ける。

 ベレンガリアの変化にも驚いたが、母と妹が死んでいた事も驚きだった。

 

 「エルマンが言っていた話もあながち嘘じゃなさそうね」

 「――世界の滅びって奴か?」

 

 ここ最近の話ではあるが、葛西から少しだけ聞いた事がある。

 近い将来、最大の戦いがあると。 そしてそれに敗北すると世界が滅ぶらしい。

 冗談だろうと言いたかったが、葛西の口調は真剣そのもので嘘とは思えなかった。


 「――実際の所、どうなんですかね?」


 北間が尋ねたのはカウンター席で飲み食いしていたエルマンだ。

 

 「少なくとも得体のしれない化け物と戦う事にはなりそうだ。 時期を見て聖女から正式な通達が出るから詳しくはそこで聞かせる事になるな。 悪いが今は調整中なんで詳しくは話せん」


 エルマンは残った料理と酒を一気に流し込むと「引き上げるぞ」と二人に声をかけて店から出る。

 ジャスミナはさっきまでベレンガリアの座っていた席を一瞥。 彼女は分からないと言っていたが、恐らくだがもう二度と会うことはないだろう。 そんな予感がしていた。


 出来れば外れて欲しいと内心で祈りながらジャスミナは北間を連れて店を後にした。

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