第1117話 「涙流」

 数日後、北間はある場所に来ていた。

 王都から少し離れた街の一角。 一緒に来ていたエルマンは待ち合わせの酒場を見て何故か凄まじく嫌そうな顔をしており、ジャスミナは緊張しているのか表情は硬い。

 

 北間がジャスミナから頼まれた事は姉と会う際の付き添いだ。

 一応は護衛という名目だが、彼女にとって一人で会うには勇気がいる相手だったので北間としても断る理由はなかった。

 約束の時間には少し早く到着したのでジャスミナはテーブル席で落ち着きがなさそうにそわそわしている。


 エルマンは話に参加する気はないようでカウンター席で注文を行うと酒を飲み始めていた。

 北間はおいおいと思いながらも周囲を見回すとジャスミナと店員数名以外は誰もいないガラガラの店内。

 今回の為に貸し切られたのは明らかだ。 好きに注文していいとの事だったので、北間も適当に軽く食べられる物を頼んでつまみながら待っていた。


 今回の付き添いに当たって仕事に穴を開けたのでフォローしてくれた葛西には随分と迷惑をかけてしまった。 どこかで埋め合わせをしないとなと思いながら出された料理を適当に口に運ぶ。

 しばらくすると外から誰かが近づいてくる気配。 エルマンは何かを思い出したのかビクリと身体を震わせていた。 それにやや訝しみながらも北間は視線を入口へと向ける。


 ――お出ましか。


 話には聞いていたのでヤバそうだなと思いつつ、実物はどんな感じなのだろうなといった好奇心もあった。

 入ってきたのは三人。 後ろの二人は北間と同じ転生者で、ベースは虎と象だろう。

 そして先頭にいる女が件の姉のようだ。 顔の造形自体はジャスミナと似通っているが、獣人と人間といった種族の差なのか彼女に比べれば小柄だ。


 髪などもきっちりと結っており、高そうな服を身に着けている事も相まって気合が入っている事が伝わる。

 ジャスミナの姉――ベレンガリアも緊張しているのか表情が強張っている事が良く分かった。

 彼女はギクシャクとした動きでジャスミナの向かいの席に着き、護衛の二人は少し離れた位置へと移動。 護衛という事になっている北間も席を立ってそっとジャスミナの背後に立つ。


 沈黙。 二人はしばらくの間、無言の時間を過ごす。

 

 「その、なんだ? 久しぶり、だな」


 最初に口を開いたのはベレンガリアだ。 明らかに緊張しており、声がやや上擦っている。

 ジャスミナも同様なのか「え、えぇ」とこちらも緊張しているのか言葉がつっかえていた。

 ベレンガリアは悩むように表情を変えながら言葉を探しており、ジャスミナは黙ってそれを待っていた。 やがて頭をバリバリと掻き、整っていた髪が乱れるが、ベレンガリアは気にした素振りを見せずに口を開く。

 

 「――まずは言っておかなければならない事がある。 母とロッテリゼが死んだ」

 

 それを聞いてジャスミナの目が大きく見開かれる。

 この話は北間にとっても少し驚きだった。 ジャスミナの話では妹の方は何があっても生き残る強かさがあると聞いていたからだ。


 「そう。 ロッテリゼが死んだ事も驚きだけどあの女、やっぱり生きていたのね」

 「あぁ、体を乗り換えて死を偽装していたようだ。 久しぶりに見たが、全く変わっていなかった」

 「本当に死んだの?」

 「最後まで見ていないが、恨んでいる奴が死んだ方がマシなぐらいの拷問にかけていたよ。 どちらにせよあの状態じゃ間違いなく死んでいるし、拷問していた連中が殺害報告もしていたので間違いない」

 「……方々で恨みを買っていたし当然の報いかも知れないわね」

 「あぁ、みっともなく私に助けを求めていたよ」


 ベレンガリアの口調には何の感情も込められておらず、淡々と事実だけを告げていた。

 その無感動さが彼女の言葉が真実だと雄弁に語っており、母と妹の死をジャスミナに意識させる。

 

 「助けを求められてどうしたの?」


 あまり意味のない質問ではあったが、ジャスミナなりに母の事を知りたかったのかもしれない。

 ベレンガリアはそれを聞いて自嘲気味に笑うと鼻を鳴らす。

 

 「途中で見てられなくて抜けたよ。 ――私にとって母は技術者として越えるべき壁と認識していた。 ジオセントルザムにある施設にあった資料を見てそれも吹き飛んだ。 あの女は私達にしたり顔で教えていた召喚技術もそうだが、保有している知識のほぼ全てが独力で得た物じゃなかった。 笑ってしまうだろ? あのクソ女、私は凄い技術者でございますって顔しといてやってた事は他人の成果を掠め取って自分の物にする事だけ。 技術者としてはただの無能だった」


 ベレンガリアは泣き笑いのような表情を浮かべており、自身で処理できない大きな感情を抱えているようだった。

 ジャスミナは技術者としての道は早々に諦めたので母親が嘘塗れな事にはそこまでの憤りは覚えなかったが、今までの人生の大半を研究や開発に注いできたベレンガリアからすれば許せない事だったのだ。

 我慢できなくなったのかベレンガリアの言葉は止まらない。


 「何で気付いたのかって? 召喚関係はそれなりに齧っていたのだろうが、体裁こそ整っているだけで根幹部分が全く同じだった。 つまりあの女は真似はできても基礎部分を弄る程の技術がないんだ!」


 ベレンガリアはふざけやがってと怒りに顔を歪める。

 北間はそれを聞いて何となくだが察した。


 ――母親は猿真似ばかりが得意なパクリ女って事か。


 彼は母親の事をそう認識し、ベレンガリアの怒りの理由も理解した。

 少なくとも彼女は母親に思う所があって努力していた部分もあったのはよく伝わる。

 

 「魔導外骨格ソルセル・スクレット銃杖ガンロッド魔導書グリモワール、転生者に対する興奮剤。 全部テュケ、ホルトゥナ、ヒストリアから吸い上げたものを何の捻りもなく、そのまま使っていやがった! 信じられるか!? つまりはあの女は開発能力がないから概要だけ流して、私達に面倒な開発を押し付けたんだ! 私もアメリアもエゼルベルトも皆、あの女の為に技術を貢がされていたんだぞ! ふざけるな! 馬鹿にしやがって! 馬鹿にしやがって!!」

 「ちょっと、姉さん。 落ち着いて……」


 テンションが明後日の方向へ飛んでいるベレンガリアにジャスミナや護衛の二人が宥めようとしていたが――ベレンガリアの目から流れた涙が全員の動きを止めた。


 「――何より、何よりも、あいつ、わた、わたし、私の名前を、憶えてもいなかったんだ……」


 しゃくりをあげながら話すベレンガリア。

 護衛の一人――虎の方が思わずベレンガリアの肩に手を置こうとしていたが、辛そうに顔を背けると拳を握る。 象の方も大きく俯く。

 その態度でこの二人もその現場に居合わせていた事が北間にも分かった。

 

 「さ、さいごに、きいたんだ。 なまえ、名前を憶えているかって。 あの女、しばらく黙った後、わたしのことをロッテリゼってよんだんだ。 なんなんだよ、わたしはむすめじゃないのかよ。 おなかをいためてうんだんだろう? じぶんでなまえをつけたんじゃないのかよ? なんでおぼえてないんだよぉ……」


 ベレンガリアはそこまで言うと子供のように泣き出した。 

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