第1086話 「歪始」

 「……つまり人間以外に使えねぇって事か」

 「そうなるのぅ」


 ヴェルテクスの質問に教皇は平然と答える。 その態度に一瞬、怒りを浮かべるが舌打ちして沈黙した。

 教皇の話が一段落した所で場が静まり返る。 この空気で率先して口を開ける奴がいなかったのか、誰も口を開こうと――いや、してはいるが言いだし辛いといった雰囲気を出していた。

 

 アスピザルはヴェルテクスを気にしており、エゼルベルトも何か言いたげな表情を浮かべている。

 

 ……話が進まんな。


 個々人で聞きたい事が偏っているので、どうも質問の内容があちこちに飛んで行くな。

 

 「どちらにせよ知り得る限りの情報を共有する場なので、最初から話をして質問を挟む形にしてはいかがでしょうか?」


 話をさっさと進めたいと考えたのかファティマがそう提案する。

 

 「儂は構わんが、皆はそれで良いのか?」

  

 反対意見はないので教皇はそれでいいのかと大きく頷く。


 「では、グノーシス教団の成り立ちから順に話していくとしよう」



 ――グノーシス教団。

 

 当初の設立目的は世界を襲う滅び――世界ノ影タウミエルをどうにかする為の対策と研究を行う組織として立ち上げられたらしい。 当初は教団ではなかったようだが、記録も残っていないようだし教団扱いでいいだろう。

 少なくとも初代の教皇や法王は本気でどうにかしたいと考えていたようだ。

 例の開発組織であるエメスも元々はグノーシスの開発や研究部門として存在していたらしい。


 例のオブジェクトは発足前に発見されており、この時点で使用法もある程度ではあるがものにはできていたようだ。 その辺がはっきりしないのは教皇自身が実際に見聞きした訳ではないので、やや信憑性に欠けるといった所か。


 当時のグノーシスの連中も今の教皇と同様に勝ち目がないと考えていたようで、研究と並行して次の世界へ成果を持ち越せるようにと聖剣の確保などに動いていたようだ。

 何度も繰り返しているだけあって聖剣を効率よく回収する為のノウハウはここらで形にはなったようだな。


 オブジェクトを動かす為にも聖剣は必要だが、一気に回収すると辺獄の氾濫を誘発して滅びが加速する。 その為、段階的に回収する事によって氾濫を抑えつつ聖剣と魔剣を用いて生存枠を増やすと。

 要するに周回して勝ち筋を見つけ出そうとしていた訳だ。


 嘘か本当かは不明だが最初は騙すような真似はしていなかったらしい。

 世界中に事情を説明して次の世界に希望を託し、残った連中は勝機がない戦いに挑んだとの事。

 

 ……まぁ、方法としては決して悪くはない。


 勝てないなら勝てる手段が見つかるまで粘る。 それだけタウミエルが厄介な相手なのだろうが、連中の掲げる目標への道は中々に険しかった。

 これから世界が滅びるので次の世界を一部の人間に託して残りは玉砕しましょうとか言われて素直に頷く奴はそう多くはない。 当然のように自分だけは助かりたいとオブジェクトを奪おうと画策する者が後を絶たなかったようだ。


 理想や大義を語るのは結構だが、共感できない奴にとっては妄言と変わらない。

 徐々にグノーシスはその組織の形態を変化させていった。 教団として形になって来たのはこの頃だな。

 例のオブジェクトで滅びを越えられる奴が少ないので、不完全な形での持越しは研究や知識の継承に悪影響を及ぼす。


 その為、研究の進みは非常に遅い。 教皇や法王も越えられずに代替わりを繰り返す。

 するとどうなるか? 当然、別の人間が代わりを務める事となる。

 当初の目的を掲げた者がいなくなると、行動方針に歪みが生まれるのだ。


 こうしてグノーシス教団は緩やかに歪んでいく事となる。


 ――とは言ってもこれはまだ些細な変化だ。


 問題はその次に起こった出来事。 ある意味ではこれが致命的だったのかもしれない。

 ある日、それは唐突に起こった。 グノーシスの本拠たるクロノカイロスへある存在が現れたのだ。

 そいつらは「グリゴリ」と名乗り、初代教皇や法王の意思によって顕現したと胡散臭い事を言ってグノーシスを裏で操り始めたのだ。


 「あ、ここでグリゴリが出て来るんだ。 何か関係があるとは思っていたけど、割とガッツリ絡んできているね」


 アスピザルの感想も当然だった。 俺としても最初に知った時は驚いたものだ。

 あの連中、最初はグノーシスを仕切っていたらしい。 天使を信仰しているのはグリゴリの使いっ走りをやっていた頃の名残でもあったらしいな。


 「結局、あいつ等って何だったの? 今は素材の生産プラントだけど、普通の天使とは少し違うみたいだし気にはなるね」

 「儂らにもはっきりとした事は分からぬ。 ただ、いくつか仮説は立てられておるが、正しいかは何ともいえん」


 アスピザルの疑問はもっともな話だった。 悪魔も同様だが、基本的に天使は使役されるような存在だ。

 ただ、グリゴリはその範疇から大きく逸脱している。 それは何故か?

 グリゴリに盲目的に従おうと考えなかった奴は色々と調べてはいたようだ。


 まず、連中は胡散臭いが知識量は多く、持ち越しの際に失われた技術などに関する情報も持っていた。

 加えてグノーシスの内情にもある程度は詳しく、何らかの手段で監視していたか元々知っていたかのどちらかだろう。


 そこで調べていた者達はある仮説を立てた。 世界の外の存在だと。

 天使や悪魔の正体と連中が何処から来るのかといった話はあったのだが、グリゴリの出現により本腰を入れて研究されたようだ。


 結果、出て来た仮説は中々に興味深いものだった。

 天使や悪魔は概念的な存在ではないのか? 要するに目的ありきで生まれた存在なので、その範囲内でしか行動ができない。 これは珍獣も似たような事を言っていたので、そこまで驚くような内容ではなかった。


 ならグリゴリは何なんだ?といった疑問が出て来る。 あの連中には明確な自我が存在し、行動に関してもかなり自由度が高い。

 そこで研究していた連中が目を付けたのはグリゴリの保有する知識だ。 失われたものではあったが、元々グノーシスが生み出した技術だった。 つまりグリゴリの知識はグノーシス由来のものなのだ。


 さて、連中はどうやってそんな知識を得たのか? 元々、知っていたと考えるなら候補はそう多くない。


 ――グリゴリの正体は過去に死んだ、または持越しの際に消え失せたグノーシスの関係者ではないのか?


 出てきた結論はそんなものだった。

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