第1085話 「箱舟」

 ――箱舟。


 グノーシス教団ではそう呼称されている謎の鉱物で構成された物体の呼称だ。

 連中がそう呼ぶ前は「洞」と呼ばれていたらしい。

 どういったものかと考えると後者の方が呼称としては適切なのかもしれんな。


 「あれは誰がどうやって作ったのかは不明じゃ。 だが、使用方法だけは分かっておった」

 「で? 使えるのか? 使えないのか?」

 

 ヴェルテクスはさっさと結論を言えと促す。 

 奴にしては珍しく急かすな。 焦りが透けて見える。

 大方、最悪の場合に備えて首途の退路を確保する為だろうが……。

 

 「使えはする。 だが、人間にしか扱えない・・・・・・・・・ぞ?」

 「……どういう事だ」


 教皇の言葉にヴェルテクスの声が低くなる。

 明らかに人間以外には扱えないといっているような物だからだ。 そして転生者は人間・・に含まれるのかといった問題がある。 奴は教皇の返しでそこまで思い至ったのだろう、表情が露骨に険しくなった。


 「箱舟の構造や機能を我等は十全に扱う事ができない。 その上で聞いて欲しいのじゃが、アレは生き物を魔力へ分解し内部へ格納する機能を備えておる。 じゃが、人間以外は入れても出る事はできん」


 教皇の言う通り、アレは生き物を魔力――というよりは魔力に似たエネルギーに変換して保存しておく機能を備えている。 地下を制圧した際にファウスティナとかいう女に起こった現象がそれだな。

 要はあの女は体を分解してオブジェクト内に逃げ込んだ訳だ。


 さて、あのオブジェクト。 単純なシェルターとしてだけでなく他にもそれなりに便利な機能を備えていた。 正確に言えば機能を利用した悪用と言った所か。

 生物を魔力に分解できるのでその過程にエメスが開発した怪しげな装置を噛ませると干渉する事が出来る。 具体的に何ができるかだが、薬物なり魔法なりで精神を破壊した肉体にエネルギー化した人間を流し込むと体を乗っ取る事が出来るようだ。 教皇、法王、後は捕えているラディータとかいう聖剣使いはこれを使って体を乗り換えている。


 興味深い点はただ乗り換えるだけでなく、乗っ取り先の人間の魂を取り込む事で寿命を伸ばしているようだ。 人格の変異や分裂を防ぐ意味でも事前に破壊しているという訳だ。

 教皇の見た目にも納得だな。 それともう一点、分解は魂にまで及んでいるので連中お得意の機密漏洩防止措置の解除もこれで行うらしい。

 

 制約を科すだけで解除方法が存在しないというのも妙だとは思ったが、しっかりと手段はあったようだ。 グノーシスにとってあれは逃げ出す手段であると同時に自らの寿命を伸ばす為の命綱も兼ねていた。

 身内に隠すのも無理もない話だ。 下手に知られれば奪うなり恩恵に預かろうと考える奴が後を絶たないだろう。


 ……で、知っている奴は後で使わせる事と引き換えに裏切防止の措置を受けると。


 携挙の詳細を知れば否応のない話だな。

 さて、この怪しげな代物だが、こうして機能を列挙するとメリットしかないように見えるが残念ながらそうでもない。 割と深刻なレベルの欠点が存在したのだ。

 

 まずは格納機能。 エネルギー体として内部へ入り世界の滅びをやり過ごす。

 主な用途としては非常に分かりやすい代物ではあるが、問題はそのエネルギー体となった生物にある。

 果たして生き物は肉体を失った状態で自我を保っていられるのか?


 答えは条件付きで可能だ。 どうもあの状態になると自己の認識が曖昧になるらしい。

 ただ、訓練や慣れである程度は耐える事は可能ではあるがいつまでもは無理だ。

 教皇が延命に利用するだけで早々に引き籠らない理由はこれだな。


 その為、中に入っている時間は可能な限り短くしておきたいそうだ。

 具体的なタイミングとしては滅びる直前――例のタウミエルがこっちに出て来るのに合わせて逃げ込む予定だったらしい。


 訓練次第で耐えられるとはいっても絶対はないので、入ったはいいがそのまま自分が誰か分からなくなってただの魔力の塊になってくたばる奴も多いらしい。 実際、前の世界が滅んだ後に出て来られたのは中に入った半分にも満たないようだ。 そして転生者や他種族はどうも機能の適用外らしく、構造的に近いエルフはギリギリ適用内らしい。

 

 教皇の知っている限りではあるが、転生者が出て来られた例は皆無との事。

 仮説としては人間以外では保存する機能がまともに働かずにエネルギーとして吸収されてしまうのではと考えられている。 転生者が飼われているのはこの辺も理由に含まれているが今はいいか。


 転生者の生還率はゼロとして、普通の人間ではどうなのか? 統計を取っている訳ではないが持ち越せる人員としては多くても三割から四割となる。

 つまりは百人入れても滅びを越えられるのは多くても三十から四十ぐらいだ。 場合によっては二割を切る。 それは入っている期間が長ければ長い程に顕著となるようだ。 

 それを知ってなるほどと納得できる点も多い。 その程度の人員しか連れて行けないなら、技術の継承も不完全になるのも無理のない話だ。 どういった物があったのかは知っているが、仕組みなどの詳細を知っている奴を連れて来れなければ再現が非常に難しくなる。


 問題はまだある。 あのオブジェクトのキャパシティだ。

 必死に隠すだけあって大した人数は入らない。 使えば使う程に枠が減って行くので、気軽に扱えないのだ。 さて、ならその問題をどう解決するのか?

 

 一応ではあるが方法は存在する。 聖剣だ。

 正確には魔剣でも代用は効くが、効率には天と地ほどの差が出る。

 あれは内部に魔力を供給すると入る量が増加するのだ。 つまり、魔力を突っ込めば突っ込んだ分だけ入る人数――脱出枠が増える。


 その為に龍脈の真上に配置されていたのだが、あのオブジェクトは外部からの干渉に強く普通のやり方では魔力を供給できない。 実際、並の方法では傷一つつかんからな。


 ……その割には上半分がぽっきり折れているように見えるデザインだったが。


 例外は聖剣だ。 教皇は魔剣でも可能と考えていたらしいな。

 だからこそあそこまで必死になって守っていた訳だ。


 俺は手を握って開く。 恐らく破壊したいのなら第七轆轤を利用したアレでも行けるだろうが……。

 

 ――話を戻そう。


 あのオブジェクトの周囲に存在する台座に聖剣なり魔剣なりを突き刺すとそこから魔力を吸い上げるらしい。 つまり聖剣と魔剣がないと内部への魔力供給ができずに枠の拡張ができないのだ。

 一応、他で代用できないかと色々と研究はしていたがあまり芳しくなかった。


 連中が必死に聖剣を欲しがる理由だな。 滅びを乗り越えた後の事を考えると頭数は多い方がいい。

 ただ、事情は明かせないので、裏切れないようにした連中を操りつつ宗教上の建前を用意して回収する大義名分を作ると。


 ……中々に良くできている。

 

 そのやり方に俺は素直に感心した。

 神託だの何だのと言っておけば細かい部分が曖昧でも押し通せるからな。

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