第1083話 「昔今」
「お前、初めからこの話をするつもりだったのか?」
「あぁ、その通りだ。 いい加減にお前も限界が近いようなのでな。 鬱屈したものを吐き出す手段を模索するという意味でも新しい人間関係の構築や環境へ手を加えるのは悪い事ではない筈だ」
俺がやや呆れ気味に呟くとルチャーノは悪びれもせずに即答。
こいつなりに気を使ってくれている事は伝わって来るので余計な事をとも言い辛かった。
「……まさかとは思うがもう候補まで絞ってるんじゃないだろうな」
「そうだな。 基本どれも大人しいが長女は最低限の自己主張はするので、円滑に関係を結びたいというのなら無難だ。 次女より下も問題はないだろうが長女よりは少し扱い辛いかもしれん。 淑女として夫に恥をかかせる真似はそうそうしない筈なので、顔の好みで選んでもいいぞ」
「おい、いくら何でももう少しだな……」
あまり他人を物扱いするような物言いは好きではない。 ルチャーノの言葉は彼女達の人格を軽視していると感じられるからだ。
いや、考え方としては正しいのは理解している。 地位の高い人物にとって婚約やその先にある結婚は個人の感情以外で成立する場合が殆どだ。 恋だの愛だのとは無縁の世界。
その辺は俺も散々見聞きしてきたので理解できないという訳ではない。 ただ、自分がそれに巻き込まれるとは思わなかった。
「お前が何と言おうが現実は変わらない。 お前はアイオーン教団の有力者で取り込む事に価値がある。 王族を差し出しても釣り合いが取れる程度にはな」
「……そうかよ」
おかしいな。 俺はふと昔を思い出す。
冒険者として細々と食い繋いでいた頃だ。 腕っぷしにはそれなりに自信もあり、剣も槍も器用に扱えていると自負していた。 客観的に見てもそこそこやれる方なんじゃないだろうか?
ただ、冒険者といった稼業はあまり儲からない。 手っ取り早く稼ぐには単独で動かなければならないが、危険は激増する。 逆に仲間を増やすと安全にはなるが取り分は減る。
取り分が減ると金がないので生活が苦しくなる。 生活が苦しくなると心は荒む。
荒んだ心は金に執着する。 その結果はなにか? 金銭絡みの揉め事だ。
当時の俺はそんな生活にうんざりしていた。 金は欲しいが組んだ連中の機嫌を取る必要もある。
冒険者は自由業と言えば聞こえはいいが後ろ盾もない半端者の集まりだ。
そんな連中にお行儀の良さを期待するのは間違っているのは理解している。
だが、それでも決めた事を踏み倒して自己の利益や快楽を追求する輩の相手はとにかく面倒だった。
宥めすかし、どうにもならない奴は可能な限り穏便に消えて貰い、そうやって日々を生きる人生に疲れていたのかもしれない。
そんなある日の事だった。 不意に聖騎士になろうと考えたのは。
細かい切っ掛けは思い出せないが、安定した生活を求めてグノーシスの門を叩いた事だけは覚えていた。 お上品な聖騎士になる事に抵抗がなかった訳ではなかったが、収入が不安定な冒険者をやっているよりはマシかと思ったのだ。
……とにかく金が欲しかった。
その一念で聖騎士として活動し、聖殿騎士にでもなれれば食うに困らない。
金さえ手に入るなら少々の苦労は我慢できる。 何はなくとも金、金、金だ。
――と、思っていた時期が俺にもあった。
聖騎士になって順調に仕事をこなし、聖殿騎士になって食うに困らない程度の稼ぎが入るようになり、友人知人も増え、自らの立ち位置が定まってきた頃に積み上げた功績が認められ聖堂騎士に。
当初はこれで裕福な暮らしができると気楽な事を考えたものだ。
いざなって見るとご覧の有様だ。 面倒臭い同僚に振り回されるのはまだ我慢できた。
問題はその後だ。 羽振りの良いオラトリアムへ布教活動を行った所から俺の人生は狂い始めた。
ムスリム霊山では死にかけ、ゲリーベで問題を起こしたクリステラを匿い、王都では大騒動に巻き込まれ、とどめにアイオーン教団の発足と苦労の連続――いや、日に日に状況が悪くなっていった。
何故か問題を処理すればするほど更に大きな問題が発生するので、気が付けば健康状態に影響が出る程に状況が悪化していたのだ。
今日になって痛い程に痛感した。 昔は金で大抵のものは買えると思っていたが、金に困らない立ち位置になった今なら言える事がある。
健康に平穏な生活。 そして心の安息。
間違いなくこれらは金貨を山のように積んだとしても手に入ることはないだろう。
欲しくなくなった途端、金や地位が転がり込み。 気が付けばルチャーノから王族との結婚を勧められる事になった。
「……遠い所に来ちまったなぁ……」
思わずそんな事を呟く。 正直、予想外の提案に上手く頭が回らない。
現実逃避みたいな事を考えてしまったのはその所為かもしれないな。
「はぁ、まぁいい。 とにかく早い所、相手を選んでくれ。 流石に時間が経ちすぎると出し難くなるのでな」
「おい、断るって選択肢はないのか?」
「断れると思っていたのか?」
さも当たり前のようにそう口にするルチャーノに俺は何も返せなかった。
実際、断るのは少し難しい話ではある。 この国と教団の今後を考えるならしておくべきだろうな。
顔と名前は頭に入っているが、性格などは掴み切れていない。
「………………取りあえず。 今度時間を作って個別に話をする」
せめてもの抵抗で先延ばしにする事しかできなかった。
ルチャーノはその返事に満足したのか小さく笑って見せる。
「まぁ、そう嫌がるな。 案外、家族を得ると気持ちや物の見方が変わると聞く。 ――知り合いの商人からの受け売りだがな」
「分かった。 少し先にちょっと遠出する事になっていてな。 戻った後でどうだ?」
「いいだろう。 取りあえず、全員と見合いでもしてさっさと決めてくれ」
「……おいおい、敬うべき王族じゃないのか?」
「私の仕事はこの国の維持だ。 必要であるなら王族であろうとも他所へ売り飛ばすとも」
ルチャーノは何の躊躇もなくそんな事を言い切る。
この国にとって必要なのは王家であって王族ではない。 現王の兄弟が残っている以上、予備として置いておけばいい。 そして女はその予備としての重要度も低いので、こうして嫁がせるという訳だ。
本来なら送り込む先にはオラトリアムが適切なのだろうが、あそこはファティマという恐ろしい女がいるのでルチャーノも送り込もうとは思わないのだろう。
俺がルチャーノの立場なら間違っても嫁がせようなんて言える訳がない。
……そうなると必然的に俺と言う事になるのか。
考えれば考える程、逃げ場がなかった。
おかしいな。 悩みを吐き出しに来たのに新しい悩みが増えてしまったぞ。
俺は上機嫌なルチャーノを尻目に運ばれて来た料理を食って気持ちを持ち直す事にした。
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