第1073話 「生残」

 葛西かさい 常行つねゆきだ。

 俺は目の前で起こった光景に深く重い息を吐く。 溜息ではなく、安堵の為だ。

 冗談みたいな物量で攻め込んで来たグノーシスが引き上げて行ったのを見て変な笑いが出た。


 正直、開戦と同時に突っ込んで来たグノーシスの大軍勢を見て「あぁ、これは死ぬな」と絶望していたが、蓋を開ければ何とか生き残る事が出来てしまったのだ。

 味方の布陣と砦の配置から明らかに時間稼ぎを主目的とした防衛戦の構えだった。


 エルマンはこうなる事を見越して、この作戦を取ったのは明らかだ。

 前回のグリゴリ戦の時もそうだったが、エルマンは一体何と手を組んだんだ?

 時間を稼いでいるだけで敵が勝手に引き上げてそのまま勝利。 スポーツと違って制限時間なんて概念のない戦争でこんな状況が起こっている事を踏まえると……。


 ――連中の本国で何かがあったって所か。


 グノーシスの本国であるクロノカイロスは世界の反対側にある大陸そのものを拠点としている大勢力という事しか知らない。 ただ、規模が洒落にならない事だけははっきりと理解していた。

 そんなヤバすぎる敵の本拠を壊滅――まではいかなくても戦力を下げざるを得ないレベルのダメージを与えるような連中は一体何者なのだろうか? グノーシス以上にヤバい連中が居ると想像して気分が重くなる。


 「……今は生き残った事を素直に喜ぶべき、か」


 自分に言い聞かせるようにそう呟くと改めて周囲に視線を巡らせる。

 今回の戦いは防衛戦。 俺は砦の前――戦線の前の方での迎撃役として配置されていた。

 一緒に配置されたのは北間、六串さん、為谷さん。 実質、前線で動ける面子は全員放り込まれた形だ。

 

 聖堂騎士達は指揮を執るのに忙しいので、そういった能力がなくそこそこ強い俺達はこの配置になるのは当然だろう。 かなり危険な位置ではあったが、文句は言えなかった。

 何故なら総大将である聖女が最前線に一人で出ていたからだ。 信じられない事に主力を一人で引き受けると言いだし、開戦と同時に聖剣から剣やら槍やらを生み出して降らせている光景を見れば下手に近くに居れば逆に邪魔になるなとこの配置に納得できた。


 流石に敵の聖剣使いが現れた所で聖女の尋常じゃない密度の攻撃は止まり、突破されてしまったがそれでも聖堂騎士や更に上位の戦力である救世主の大半を抑えていたのは凄まじい。

 お陰で俺達の相手は聖殿騎士以下の格落ち戦力だけになったので、生き残れたのはそのお陰だろう。

 間違いなく聖堂騎士や救世主がもっと混ざっていたら死んでいたなと確信できる。


 それだけ敵の物量は圧倒的だった。 エルマンの用意した策や防御主体の装備を持ったウルスラグナ側の兵のお陰で戦闘規模の割には驚く程に犠牲者が少ない。

 作戦――というよりは籠城に近い戦い方で、ひたすら遠距離攻撃で削って突破して来た連中を俺達前衛が抑えるといった単純なものだった。


 それでもそもそもの物量が違うので突破して来た連中はとにかく多い。

 斬っても斬っても湧いて来る敵戦力。 視線を遠くに向ければ敵陣からは次から次へと押し寄せて来る敵の追加。 視界を埋め尽くさんばかりの数に心が折れそうになったが、逃げる場所などないのでもう考えないようにして無心で敵を斬り続けた。 お陰でもう疲れて動けねぇよ。


 他の面子も同様のようで、北間は持っていた大鎌を杖代わりにしており立っているのがやっとの様子だった。 他の面子も似たような物で、六串さんは防具はボロボロで本人も限界なのか地面に張り付くように倒れている。 戦闘中、何度も味方の盾として攻撃を受け続けていたので、傷もかなり深い。

 

 今は何とか動けていて治癒魔法が使える奴がなけなしの魔力を振り絞って治療に当たっていた。

 為谷さんも立ってはいるが、疲労の色は濃い。 実戦経験がない連中も連れて来てはいたが、流石にここに放り込むのは酷と言う事で砦の中で魔法道具を使っての支援を行っていた。

 

 俺達転生者は魔力だけは有り余っているので、戦闘以外でも魔法道具を扱うバッテリーとして後方でこき使われている事だろう。

 本丸までは攻め込まれていないので心配はしていない。


 ……まぁ、ぶっ倒れているかもしれないがな。


 それぐらいで済んだんだから安いものだろう。 俺は重たい体を引き摺るように北間達に「引き上げるぞ」と声をかける。


 「……あー、きっつい。 ってか俺って生きてるよな?」

 「あぁ、信じられんが生きてるぞ。 これで終わりと思いたいが、まだ何があるか分からんから砦で休もう」

 「そうだな。 ったく、センテゴリフンクスではゾンビの群の相手をさせられ、今度は聖騎士の大軍勢。 次は何と戦らされるんだ?」

 「言うな。 少なくとも今は考えたくもない」


 言いながら北間に肩を貸して歩き出す。 だが、こいつの言う事ももっともだなと冷めた部分でそう思っていた。 どこの誰かは知らないが、俺達を囮にグノーシスを潰すような連中だ。

 それで終わりとは思わない。 正直、俺みたいな一般人レベルの思考しか持っていない奴にはさっぱり理解できないんだが、頭のいい奴は何か凄い事を考えているんだろう。


 それが何なのかは分からないし、分かりたくもない。

 こんな派手な戦争を気軽に起こせる奴の思考を理解するのは他所から来た俺には無理だ。

 精々、頭がおかしいぐらいの感想しか出てこない。


 振り返ると為谷さんはスタスタと砦へ早足で消えて行く。 六串さんはぐったりしているが俺の視線に気が付いたのか大丈夫と手を振っている。

 頷きで返し、最後に視線を更に先へと向けると聖女が敵から奪ったであろう聖剣を持ってこちらに歩いて来ているのが見える。 それを見て本当に終わったんだと胸を撫で下ろした。

 



 「か、葛西さん! 大丈夫ですか!」


 砦に入ると道橋と竹信が慌てて駆け寄って来る。

 かなり必死な様子だったので、何かあったのかとやや訝しむが少し違うようだ。

  

 「よ、良かった。 葛西さん達が居なくなったらって考えたら俺達……」


 道橋の声は震えており、竹信に至っては安心したのか泣き始めてしまう。

 流石にこれは予想していなかったので思わずおいおいと言いつつ反応に困っていた。

 いや、何でこいつ等マジ泣きしてんの? そんな疑問がふっと浮かんだが、二人の様子を眺め――疲れて回らない頭に理解が広がって行く。


 ……そうか、こいつ等は俺達の事が心配だったのか。


 よくよく考えたら異邦人のコミュニティは俺達が回しているようなものなので、その俺達が居なくなればこいつ等は冗談抜きで路頭に迷う事になる。

 そう考えたら不安にもなるか。 感極まったのか道橋まで泣き出したので、思わず苦笑。


 まぁ、命が助かった事とこいつ等を安心させてやった事を素直に喜ぼう。

 

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